2-6
「ぅわ……ッ!!」
悲鳴を上げ、相見は更に後退する。それでいい。
あとはA・Fを還して彼も還った後、俺が空に退避して逃げるだけ――と思っていたのだが。
「えッ!?」
「きゃあッ!!」
後ろからA・Fの女子二人の悲鳴が上がってぎくりとする。しかし後ろを振り返るような余裕はない。
「あやめ!!」
後ろがどうなっているのか見てくれと、デュラハンの突き出した槍を捌きながら、頭を振ってあやめに示す。
口で言わなくても繋がっている今なら、大まかな意志は伝わるはず。
「――……逃げたわ」
信じられない、と言いたげな呆然とした声で、後ろを見たあやめが呟く。
「早いな。だったらもう上に――」
「駄目!!」
自らも逃げるために距離を取ろうとした俺に、切羽詰まった浦賀先輩の悲鳴が上がる。
「絶対やると思ったわ! A・Fとのリンクを切って、自分だけで逃げたのよッ!」
「なっ、何ッ!?」
信じ難くて、思わず後ろを振り向いてしまった。
そこには確かに相見のA・Aはなく、A・F二人が取り残されていた。
あまりの予想外の衝撃ゆえか、二人共呆然として座り込んでいる。
「馬――ッ、馬鹿か――ッ!?」
確かにA・Fが還るのを待つ分、自分が還るのは遅くなる。
A・Fを還す事でA・Aも弱体化して、特にこんな戦闘中は危険度を増す。
だからこそ、相見を先に還そうと思ったのだ。
しかし――しかしまさか、そんな。
A・F単体では無防備なのだ。自分だけでは力を外へと流せない。A・Aという媒介がなければ、身を守る障壁すら存在しない。
そんな状態で一撃でもくらったら確実に死ぬ。レベル一のゴブリンであっても致命傷をくらう。
そしてA・FはA・Aを媒介にアストラルへと入って来るので、自分一人で行き来する術は学ばないのだという。
それも癖をつけてA・Aとの同調を妨げないためだ。
(どうする!?)
後二人、A・Fを抱えるのは俺の許容値では多分オーバー気味だ。
久坂を呼ぶか。俺で受け入れられるか賭けるか。
(駄目だ)
久坂を降ろしたらデュラハンに意志が伝わる。
A・F程じゃないが、久坂も狙い撃たれたらまずい。
弓で槍は防げないし、元々の防御力が俺とは違うから、デュラハンの攻撃をくらわせるのは危険だ。俺でさえ軽く貫通するんだから。
降りて来いなどと、さあ狙って下さいと言わんばかりの真似ができるはずがない。
――となると。
「あやめ、アッシャーに戻れ!」
「え!?」
俺と同じく、どう切り抜けるかで必死に考えていたんだろう。
叫んだ俺の声に、あやめにしては珍しく、頭に意味が入って来なかったのだろう、戸惑いと理解の遅れに瞳を揺らす。
「あやめが一番早い。彼女達は俺の内に入れてから還す!」
「――っ!」
あやめのためらい、そしてそこから来る動揺が伝わってくる。
しかし決断は早かった。
「了解」
拒まれたら許容量過多承知でA・F五人を抱えることになるところだった。多分それもあやめには分かっただろう。
「葉崎、それとそっちの先輩も! 無茶でも俺とリンクしろ!」
「椎堂君……っ」
ほっとしたように呟くと、まず葉崎がうなずいて、呆然としたままだった横の先輩も、葉崎に倣って慌てて意識を集中させる。
葉崎は一回リンクした事あるから大丈夫だが、もう一人のA・Fの人は名前すらお互い知らない。
手間取りはするだろうが、多分優秀な先輩だ、やってくれるはず。
今、俺に浦賀先輩の時のように受け入れようと合わせているような余裕はない。
「久坂! 相見先輩がA・F残して離脱した! 二人をリンクさせたら俺もそっち行くから、離脱しよう! それまで一緒に援護頼む!」
「分かった!」
ギリギリ声の届く範囲で、お互いに叫んで意思確認できた。
良かった、久坂はやってくれる。
俺がその場を動かず立ち塞がったことで、戦う相手と認識したのか、デュラハンの乗る軍馬は嘶きを上げると、地を蹴った。
(来るか……!)
分かってたけど、来なくていいし、来てほしくもない。本当は。けれどここで俺は絶対に退けない。だから、覚悟を決める。
倒すつもりは始めからないので、守ることだけに集中してランスの動きを追い、捌く。
あやめが還って精神障壁が薄くなった分、受けるデュラハンの攻撃が重く感じる。
――いや、感じる、じゃない。実際一撃凌ぐ度に、余波の衝撃だけで装甲越えて肉体の方に傷を負っている。
直撃は食らってないのに、これだ。絶対倒せる相手じゃねえ……!
「椎堂君っ」
それでも久坂が上空から撃ってくれる弓と風系魔術のおかげもあって、何とか軽傷でデュラハンを捌きつつ、数分で葉崎がリンクしたのを感じた。と同時に精神障壁も強化される。
あやめとほぼ同じぐらいか――と何となく思った、あとにちょっと衝撃を受けた。
成程、吉川が使おうとする訳だ。
「時間掛かったな。やり難いか」
葉崎は色々緊張し過ぎで実力出せないタイプだ。一番初めにリンクした時のうろたえっぷりは凄かった。
それでも、初同調のときすら分はかけてなかったのに、今は余裕で数分をかけたということ、そうなんだろう。
「アストラル内でA・A変えるの初めてだったから……」
「そうか」
一度俺と経験済みの葉崎がそうなら、もう一人はもっとかかるだろうな。
――まあ、時間稼ぎをする、という事態が変わった訳じゃない。
「凉、葉崎! 炎剣行くぞ!」
「はい!」
「分かった!」
下位魔術の二重掛け。
単純にその分威力が増し、何より今の俺でも失敗の心配が少ない。
『獄炎の君 力爆ぜる源よ 一振りの刃を我が腕に与えたまえ!』
デュラハンの属性的には有効とまでは言えないが、何度か打ち合わせた感じでは威力の底上げで何とかいけそうな気がする。
今は葉崎もいて、基礎能力も強化されてるから、その分も合わせての計算だ。
ヒュ、と剣を一振りすると、魔術で発生した炎が生む、俺には心地良い熱気が空を切る。