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2-5

 大分不必要な距離を飛び退いてしまったが、上体を逸らして反動を付け、吐き出してきた毒液(多分)は避けられた。

 まだ動悸の激しい心臓のまま、しかし次のモーションを許すのも恐ろしくて、開けてしまった距離を詰めて剣を振るう。


 雫は確実に散ったが自分で分かる、威力が落ちた。俺自身の精神面のせいだ。

 決定打には足りなかったものの、後ろから風の魔力を乗せた久坂の矢が追撃し、返す刀で少し冷静に返って威力の戻った俺の剣がゾンビの首を刎ねて――全体が黒い液体に変わって弾け飛び、消失した。


「……」

「蒼司、大丈夫?」


 大分落ち付きはしたが、まだ軽く息を上げている俺に、あやめが気遣わしげに声を掛けてくる。

 動揺したのも――怯えたのも丸分かりだろうから、気遣われるのも無理はないし、……恥ずかしい。


「大丈夫だ。悪い」

「いいのよ、貴方が大丈夫なら。――気休めにしかならないかもしれないけど、私の光のアニマには自浄作用があるわ。万一毒に侵されても、致命傷までには早々至らないから」

「……あぁ、そうだった、よな。ありがとう、大丈夫だ」


 六属性の基本アニマの属性ぐらいは、ちゃんと覚えたし知っていたのだが、さっぱり頭から消え失せていた。

 それぐらい、黒月の雫から攻撃を食らうのが怖いと思った。

 仕方ないだろう。それが何かを知ってはいても、それぞれの相手は未知の物なんだから。


「椎堂、大丈夫か?」

「あぁ、悪い。助かった」


 ふわり、と俺のやや後ろに優雅に着地して、声を掛けてきた久坂にうなずいて答える。

 嘘ではない。久坂が一撃食らわしてくれたおかげで相手の意識が完全に逸れ、俺も自分を落ちつける事ができたので。

 ……しかし、予想通りだがやっぱり手ェ貸してくれなかったな。相見先輩。


「レベル三程度でその様子じゃ、お前が前衛から転がり落ちる日もそぐそこだな。――戻るぞ」


 いいけどな、別に。どこにいたって拘りがある訳でもない。

 やる力があって、必要だから入れられて、別に拒む程嫌な訳でもないから反抗する気もない。

 それだけだから、俺の場合は。


「はい」


 だが一々嫉妬からの嫌みを相手にするのも馬鹿馬鹿しい。さっさと帰って終わりにしよう。


 儀礼的に目上の相手に対する返事をする俺と久坂の視界の先、相見先輩にとってはその背後に、唐突にぼた、と音を立てて天から大量の黒月の雫が落ちてきた。


 黒月の雫が落ちてくる瞬間を見たのは、初めてだ。

 雫とは言っても、粘度が高くまるでタールの塊の様。


 異形の形を取ったものを斬った時に、散って消える雫は見ているから、粘度が高そうだとは思っていたが、塊で落下して来ると本当に『べちゃりっ』って感じだ。

 水も集まると相当重いが、同じ量の水よりも重そうだった。


「!」


 目を見張る俺と久坂が声を上げるより早く、かなり近くに落ちてきたそれを相見先輩は知覚していて、勢い良く振り返る。


 どうやら後ろに付いている眼は飾りではなく、視えているらしい。

 そこにはすでに、形を成した黒月の雫が在った。


 落ちてくる瞬間と同様、俺は今日初めて、黒月の雫が形を成す瞬間を見た。こんないきなり落ちて来て、即行で形を作るのか。


 形作られた大きさそのものは、それ程でもない。

 全長は今の俺の身長よりほんの少し大きい程度。

 しかし明らかに分かる。大量の雫が圧縮してできた黒月の雫が纏う鎧は、これまでの何よりも硬質。


 鎧の中身は空洞で、やはり空の兜を小脇に抱え、同じく甲冑を着けた軍馬に跨っている。得物はランス。

 ……分かる。知らないけど分かる。これを名付けるなら絶対これだ。


「デュ、デュラハン……!!」

「……だよな」


 掠れた声を上げた久坂に俺も同意する。

 そして問題は、どうするか。


 緊急事態の判断を仰ぐべく、俺は目視するや否や一気に飛びずさって、今度はデュラハンに対して後衛の位置を取った相見先輩を振り返り。


「相見先ぱ……」

「椎堂!!」

「!」


 デュラハンは、目視はできるがそこまで俺の近くにいた訳ではない。


 だから判断を仰ぐぐらいの余裕が十分あると思っていた。

 しかし久坂の切迫した呼び掛けに、それが間違いである事を悟り、振り返ることはせず翼を動かし空へ飛ぶ――が。


「――ぐッ!」

「あっ!」

「くっ!」


 俺とあやめ、凉の悲鳴が重なった。浦賀先輩はさすがと言っていいのか、気付かない程度に息を詰めただけ。


 上に向かって突き出されたデュラハンのランスが尻尾を貫通し、そのまま地上に引き摺り落とされる。

 引き摺り落とされながら入ってきた視界の端で、A・Fの三人も不自然な姿勢で硬直しているのが目に入った。


「っ……!」


 貫通された。

 痛みとショックで体が震えて上手く動けない。起き上がらないと。


「蒼司!」


 俺とリンクしているのだから、当然あやめ達にも衝撃は行ってしまったはずだ。

 いくらA・Aよりは緩和され、末端部位とは言え貫通だ。にも拘らず、一瞬の硬直の後、彼女達はすぐに俺を追って地上に降りて来た。


 傷の具合を確認しなくてはと思うのに、尻尾を動かすのが怖い。

 どうなっているのか、見てしまうのが怖い。


「蒼司、起きろ! 来る!!」

「――ッ!!」


 凉に叱咤され、何とか力を入れて起き上がって振り向いた。その目の前にもうランスの先端。


「ああぁぁああァッ!!」


 夢中で下から振り上げた剣が、幸運にもそれなりの力を持って、ランスを弾きその衝撃で大きく後退して距離を取る。


「な、何やってんだ!! 前衛が下るな! 俺を守るのがテメェの役目だろうがっ!!」


 どうやら下がったそこは、丁度相見先輩のすぐ側だったらしく、俺と同様、あるいはそれ以上の動揺っぷりで、悲鳴じみた怒声が上がった。


 っつか、守れって。

 隊列上、役割上の意味でなら相見の言う事は正しい。


 しかし本来、魔導騎士は守る者であって、守られる者じゃない。

 今の相見の言い方と態度は、完全にただ守られようとしているだけの様に感じてしまった。

 何にしても、構っているような余裕は俺にはない。


「知るか! 何もしねェならどいてろ、邪魔だ!!」

「な、何だと――」


 役に立たないだろう事だけははっきりして、俺はもう期待するのは止める事にした。退くか、戦るかを決めなくては。


(空に逃げりゃ作りの都合上、アッシャーに帰る時間ぐらい稼げそうな気がするが)


 相手の情報がないから絶対に安全だとは言えないが、武器がランスだけなら、ある程度はかわせるんじゃないだろうかと思う。


 久坂は十分な高度まで逃げる事に成功していて、とりあえずの心配はない。

 攻撃する気配もないのは、相見の指示もなく、やはり久坂も迷っているからだろう。

 デュラハンは乗った馬が地面を掻いてスタンバイ中。どうやらあの馬、かなり速い。


「浦賀先輩、あれの情報分かりますか」

「闇属性不死族、レベル十八、デュラハン。二年の中頃から二人から三人で狩るランク。一年が相手にするモノじゃないわ」


 淀みなく返ってきた浦賀先輩の答えに、決めた。


(ならやっぱり、逃げるか)


 アッシャーに帰って吉川に報告するべきだ。その後の判断は任せてしまえばいい。


「相見先輩、逃げましょう」


 どうやら自分で判断はしてくれそうにないので、俺から提案してみる。


「当り前だ!!」


 ……まあ、反対されなくて何よりだ。


「俺と久坂は飛べるから後で還ります。先に――」


 言い掛けた言葉を切ったのは、馬が地を蹴ったからだ。

 今度は正面から迎え撃つ。


「離脱しろ!!」

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