第二夜-1
【第二夜】刀堂青尉とマッド=コンクェスト
「おはよう、青尉。」
「おっはよ~!」
「・・・はよ。」
翌朝の彼は、当然のことながら、非常に不機嫌だった―――あぁー・・・身体のあちこちが痛い。目立った外傷は無いけど、青アザになっている箇所がいくつもある。まぁ眠いのはいつものこととして・・・。
悔しさは消えていないが、眠気に負けて影を潜めている。青尉は兄たちの挨拶に、寝ぼけ眼を向けもせず、短く返して食卓についた。
金髪をハーフアップにし青い眼鏡を掛けた黄佐が、新聞から顔を上げた。
「具合はどうだい? 青尉く~ん。」
「・・・眠い。」
「あははっ。そっか、だいじょぶそうだね~。良かった良かった。」
黄佐は呑気に笑いながら新聞紙を器用に畳んだ。
青尉は大きく欠伸をして、涙を滲ませた目を瞬かせると、誰にともなく聞いた。
「・・・親父は?」
「まだ起きてない。昨日、飲みすぎたのが響いてるみたいだ。」朱将が答えながら、鍋とフライパンを両手にやってきた。鍋を置き、目玉焼きを手早く大皿に乗せながらぼやく。「今日は使い物になんねぇな、あのバカ親父。ったく・・・だから飲みすぎんなっつってんのに。」
黄佐が手慣れた様子で味噌汁を取り分ける。「ま、たまには休んだってもいいんじゃない? あんまり毎日やり過ぎると、腰にきちゃうじゃんか。」
「まぁな・・・とはいえ、このままだと腰より先に、肝臓が駄目になりそうだけどな。」
「あ~、うん。それもまた然り、かな。んじゃ~、休肝日と休腰日をそれぞれ作るべきだね、きっと。」
青尉は2人の会話をぼんやりと聞きながら、3人分の箸を取って配った。
朱将がご飯をよそってそれぞれの前に置く。
「んじゃまぁ、食べましょーか!いっただっきま~すっ!」黄佐がきちんと両手を合わせて、無駄に明るく宣言した。
「いただきます。」
「・・・いただきます。」
朱将も、まだまだ眠そうな青尉もちゃんと手を合わせた。彼らの身体に染み付いている習慣である。この一言は、仕事をしている人たちと、すべての動植物の命への、最大の感謝を表すのだから。
黄佐は味噌汁を一口すすってから、ふと思い出して、「あ、そーだそーだ、青尉?」
「・・・なに? 黄ぃ兄。」
「今後、もし昨日の敵に遭ったとしても、いきなり掴みかかったりしちゃ駄目だからね。戦いにおいては感情的になった方が負けやすいから。漫画とかでもよくあるでしょ? “お前っ、お前は、この間のっ・・・よくもやってくれたな! てりゃあっ!!”ドーン!“・・・ふんっ、まったく成長していないな貴様。”“な、何?!”“せっかく永らえた命を無駄にするとは・・・愚かなことよ。”バチバチバチッ“くそっ・・・う、ぐあぁぁぁぁあっ!”みたいな展開。」―――と、黄佐は臨場感たっぷりの1人茶番劇を披露した―――「実力差があっても冷静であれば、負ける可能性は格段に下がるからね。いいかい? とにかく、冷静であるんだよ。」
「・・・・・・わかった。」
小さく答えて、青尉はご飯を口に運び、黄佐の言葉と一緒に咀嚼した。
☆1
青尉は早く起きるのが苦手なのだが、7時にはどうにか起床する。そうしないと、朝飯を食いっぱぐれてしまうからである。7時に起きるのならば、余裕を持って学校へ行けるはずだ。それなのになぜ、遅刻ぎりぎりに学校へ駆け込むことになるのか―――それは、青尉が完全に覚醒するまでが、とても長いからである―――一度、無理して眠い状態のまま家を出た時、家の前の電柱にぶつかって大怪我をしたことがある。
青尉はパジャマのまま、テレビの前に座り込み、ストーブにあたってぼんやりとしていた。チカチカと光り無遠慮に流れていく画面の中で、テンションの高い連中が朝の挨拶を交わしている。―――毎回思うのだが、何て風情の無い光景なんだろう。毎朝毎朝まったく同じで変わりなく、どこの局も似たようなものだし、何の面白味もない。
『毎朝恒例、星占い! いってみよ~!!』
トランペットと思しき音色のファンファーレが鳴り響き、ファンシーなキャラクターたちが踊り出した。占いなんてものに興味は無いが、何となく注目してしまうのは人の性。
『今日の1位は、うお座のあなた! 何をやっても上手くいく、最高の日になるでしょう! 特に恋愛運が最高です! 気になる人がいる方は、積極的にアプローチしてみては? ただ、油断は禁物です。お気をつけて! 2位は、おとめ座のあなた―――』何を基準にしているのか、まったく分からないランキングが上から順に公表されていく。『―――さそり座のあなた! 大きな仕事を任せてもらえそう。ただ、気を付けてください、口は災いの元です。5位は、しし座のあなた! 体調を崩しがちになりそうです。年長者からの助言を、参考にしてみては? 6位は、みずがめ座のあなた! 気を抜くと大きなミスをしそう・・・でも、助けてくれる人がいるはずです! 身だしなみには気をつけて。7位は、かに座のあなた―――』
青尉は、その都度いちいち添えられるアドバイスに“余計なお世話だ。”と突っ込みを入れながら、自分の誕生日と星座を思い出していた。4月の4日生まれは確か、おひつじ座だったか?
おどろおどろしい効果音とともに、羊のキャラクターが画面上でうなだれる。
『今日の12位は・・・ごめんなさ~い、おひつじ座のあなた~! 今日は1日、不運なことが続きそう。思いがけないハプニングに見舞われるかもしれません。怪我にも要注意ですよ~!』
どうして必ず“ごめんなさい”と言うのだろうか? 謝るくらいなら、最初からやらなければいいのに―――と、青尉は顔をしかめた。―――というか、思いがけないハプニングって何なんだよ。縁起でもねぇ。こちとら、“ハプニング”にはもう飽き飽きなんだ。ったく・・・。
『でも大丈夫! いつも通りの―――』
最後まで聞かずに、青尉はテレビの電源を落とした。ハイテンションな甲高い声が、闇の向こうに掻き消える。
信じていないとはいえ不吉な予言を聞いてしまい、すっかり目が覚めてしまった青尉。―――いつもより少し早いけど、もう着替えて、学校に行こう。これ以上、ぼんやりと時間を潰す必要はない。
見る人がいなくなったテレビの向こうでは、相変わらずのテンションで、安っぽい開運法が語られていた。
もしかして聞いていれば、何か違った1日が送れたのかもしれないが、聞かなかった青尉には分かりえないことだった。
『―――いつも通りの行動を心がけてください! お友達や身近な人に、日頃の感謝を伝えると、運勢がアップするでしょう。ラッキーアイテムは、シャープペンの芯です! それでは、今日もよい1日を~!』
☆2
学校への道のりは、約20分かかる。時間に余裕のある青尉は、いつもより気持ちスピードを緩めて走っていた。
焦りは心を憔れさす。慌ては心を荒ぶらせる。忙しさには心が亡くなる。
余裕のある登校が精神的に楽なことは確かで、青尉もそのことは重々承知しているのだが、長年の習慣とはなかなか崩せないものである。だからこそ、たまにこうして早く出たりすると、その有り難みが心に染み入るのだが。
冷たく乾いた風が青尉の進行を待ち構え、両手を広げて伸びてきた黒髪を乱暴に掻き撫でた。
青尉は目を細め、走りながらネックウォーマーを片手で引き上げた。鼻の頭をすっぽり覆い隠す。少々息苦しい上に怪しいのだが、寒さを和らげるためだ、仕方がない。外に行けなくなった息が首もとに下りてきて、少し擽ったかった。
道のりは平坦である。家から路地を抜け駅前の大通りへ、大通りから土手へ入り、土手を抜けると学校だ。
その大通り、建ち並ぶ高層ビルや店と、6車線の広い道路との間を走っていく。街路樹が整然と並ぶ歩道は綺麗な上に広く、自転車が4台並走しても余裕がある。後ろから走ってきた2台の5tトラックが青尉を追い抜いて、歩道橋の手前と向こうの道路の脇に停まった。その運転席と荷台から、ごく普通の格好の人たちが4・5人ずつ出てきて、すぐ近くの路地へ入っていったのが見えた。一瞬、その人達の胸元に見覚えのある模様を見た気がしたが、青尉はそれが何なのか思い出そうとしなかった。
そのまま青尉はトラックの横を素通りし、大通りを南下。突き当りの大きなT字路を左へ曲がった。
いや、曲がりかけた、その時である。
巨大な爆発が平凡な朝をぶち壊した。




