第一夜-4
☆7
数十分もしない内に、青尉の兄弟2人が訪ねてきた。青尉によく似た、黙って睨むとかなり怖い顔立ちをしている。凛々しい眉に真っ黒な瞳。はっきりした二重の目は、目尻がすっと尖り冷たげである。青尉との違いと言えば、1人は青尉よりも髪が短く、威圧感がある顔立ち。もう1人は髪を金色に染め、青尉より愛嬌がある顔立ちをしているというくらいか。
その片方―――金髪で愛嬌のある方―――が妙なテンションで、親しげに片手を上げ、誰より早く話し出した。
「やぁーどもども、こんばんは先生方。うちの愚弟がとんだご迷惑をおかけしました! それにしても、教師ってのはなかなかに大変ですなぁ、こんな夜遅くまで、って言ってもまだこの時間じゃあ“遅い”の内に入りませんかね。まぁとにかくこんな夜にバカな男子生徒に付き合って居残りたぁやってられませんよね? いやはや、こんなお綺麗なお姉様までとばっちり喰らわされていらっしゃるとは、なんと罪深き我が弟かな。ところでっ」―――マシンガントークが不意に途切れたのは、もう1人―――短髪の怖い顔の方―――が機関銃の頭をはたいたからだ。
「黄佐、うるさい、黙れ。」
「へーい。」
「すみません、うるさくて。」と、彼は頭を下げた。彼が電話口に出た方だ。「俺は、刀堂 朱将と言います。コイツは黄佐。3人兄弟なんです。」
「はぁ・・・そうなんですか。」
黄佐のトークに圧倒されていた杜本先生が、どうにか相槌を打った。主導権を完全に刀堂兄弟に握られてしまっている。気付いてはいたが、どうやったら取り返せるかも分からない。
イニシアチブを手にした朱将はさっそく本題に入った。
「それで、青尉は?」
「あぁ・・・えっと、」
杜本先生が青尉の寝ているベッドを指し示そうとする前に、「―――兄ちゃん・・・?」弱々しい声が聞こえてきた。カーテンの隙間から、青尉が蒼白い顔を覗かせている。刀堂兄弟は先生方を押し退けてそこに駆け寄った。
「青尉、大丈夫か? 怪我はしてないか? 具合はどうだ?」
「・・・ちょっと、ぼーっとする・・・怪我は、ない・・・。」
「そうか、なら良かった。」
朱将がまず青尉の無事を確認し、安堵の表情を浮かべた。
同じように安心して、黄佐のつぐんでいた口が緩む。ベッド脇の丸椅子に座り、青尉の腹の上に軽く乗しかかると、「青尉よぉ、お前さん油断しただろー。兄ちゃんがあんだけ教えてやったのによ~。」あえて軽薄な口調で言った。「まだまだ、修行が足りませんなぁ~。」
「・・・うん―――」
黄佐と話している内に覚醒してきて、自分の意識が途切れたシーンを思い出したのだろう。青尉の目つきが急に剣呑な光を帯びた。
「―――負けた。」ベッドの上で握った拳に力がこもる。悔しさやら怒りやら、炎のような重たい感情が役目を思い出したように燃え上がる。青尉は歯を食いしばって天井を睨みつけ、血を吐くように言った。「手加減された上に、負けた。・・・あの野郎・・・っ!」
青尉の様子に本当の無事を確信して、黄佐は起き上がり、朱将と顔を見合わせお互いに苦笑し合った―――本気で悔しがっている。まだ、戦う意志がある。心は身体ほど傷ついていないらしい。身体より心の方が治りが遅いことを黄佐も朱将も知っている。また逆に、心さえ無事なら身体の傷など大した問題では無いということも。
黄佐は青尉の額を軽く撫でるように叩いて、軽快に立ち上がった。
「ま、大した怪我がなくて良かった良かった。生きてりゃいつか、汚名返上できるし、な。」唐突に、黄佐は口調を重たくした。「あんまり心配かけるんじゃねぇよ、青尉くんよぉ~。」
「っ・・・うん・・・―――」青尉は幼い子供のように頷き、泣きそうな顔になった。「―――・・・ごめん・・・。」
その様子を見た先生方は心底驚いた。青尉のあんな顔は見たことがない。いつも自信ありげで、不敵で、頭が良いだけにふてぶてしくて生意気で、絶対に弱味を見せない彼が―――なんということだ。家族の力は偉大なり。杜本先生はなんだかじんわりくるものを感じ、神島先生はただただ愕然として、跳野先生はうっとりと憧憬の眼差しで、家庭的なやりとりを見守っていた。
朱将が怖い顔を優しく微笑ませ、青尉の額に手を置いた。
「気にすんな。無事でいてくれて本当に良かった。―――もう少し、寝てろ。親父には俺から言っといてやるから。」
「うん・・・ありがとう・・・。」
「ほらほら、とっとと寝ろ寝ろー。後は兄ちゃんたちに任せとけい!」
「ん・・・。」
再びとろんとし出した目を何度かしぱしぱさせて、青尉は静かに眠りに就いた―――苛立ちも悔しさも、今だけは何もかもを忘れて。眠りは青尉を柔らかく受け入れて、すぐに彼を包み込んだ。
「黄佐、車。」
「うーい。」
「自転車も積んどいてくれるか?」
「へいよ。」
無造作に放られた車の鍵を危うげなくキャッチして、黄佐は保健室を出ていった。
「さて、」わざと保健室に残った朱将は、勿体ぶった仕草で振り返って、先程から沈黙を保っていた先生方を見回した。「少々お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
許可を求めるというよりは異論を認めないというような口調でそう切り出し、杜本先生を見据えた朱将。
杜本先生は少しだけたじろいで、しかしすぐに持ち直した―――こんな若造に気圧されてどうする。杜本先生は腹に力をこめた。
「お聞きしましょう。なんですか?」
「今日、青尉を襲ったのは誰ですか?」
「『stardust・factory』という新興組織に属している2人です。」
「昨日は夜遅くまで追いかけられていたと聞きましたが、それは?」
「また別の組織ですね。確か昨日は『マッド=コンクェスト』という、過激派で知られる7大組織の1つだったと思いますよ。」
「先生方は何か組織に?」
「『賢老君主』という組織に。あまり争い事は好まない組織ですが、老舗組織なので、それなりの権力は持っていますよ。」―――だから入るとお得ですよ・・・と言外にそれとなく匂わせておく。意味は無いかも知れないが。事実、朱将はほとんど何も聞かずに質問を続けた。
「その『賢老君主』さんも、青尉を勧誘しているそうですね。何故ですか?」
「彼の力は、組織にとって重要なのです。一騎当千の能力者が1人いれば、組織の威光は保たれますから。能力自体はそれほど強力なものではありませんが、彼は運動神経も良いのでね。その武力は組織としては放っておけないのです。」
「それだけですか?」朱将は鋭く切り込んだ。「それだけなら、こんなに多くの組織が、こぞってたった1人を追い回したりはしませんよね。貴方が今言った通り」―――朱将は一旦言葉を切って―――「組織には、“最強”が“1人”いれば充分なんでしょう?」冷え冷えとした態度で尋ねた。
杜本先生はぞくりとした―――暖房が切れたのか? やけに背筋が寒いのだが。
「青尉が狙われる“本当の理由”は何ですか?」
「・・・それは、お教え致しかねます。」
「つまり、知ってはいる、ということですね。」
「ええまぁ、一応は。」杜本先生はできる限り短い応答を心掛けた。これ以上墓穴を掘るわけにはいかない。喰えない笑みを浮かべてみせる―――「把握していますよ。」
「・・・そうですか。」
杜本先生の飄々とした態度をどう見たのか、朱将は不穏な空気を纏って頷いた。
「ま、どうでもいいです。・・・何にせよ、俺たちの対応は決まってるんで。」
ちょうどその時、保健室の外扉が開いた。黄佐が柄の悪い立ち姿で扉に半身を寄りかからせ、「おーい、準備できたよー。」と朱将を呼んだ。
朱将は青尉を背負った―――とても軽々と。農業に従事している朱将にとって、この程度の重量は大したものではなかった。
神島先生はそれを見て、負けた、と思った。2人の年齢差は3つもない。肉体労働者と知的労働者の差を思い知らされた気がした。
「この程度の怪我なら見逃しますが―――」出ていく間際に朱将は振り向き、鋭利な眼光で刺すように言った。「―――青尉に何か万が一のことがあったら、相手が何であろうが確実に潰すんで。」
刺された方は―――言語中枢か声帯かどちらか、或いはその両方をやられたのだろう。それで―――言葉を失った。彼は本気でやるだろし、実際やれるんだろうな、と思うには充分過ぎる迫力だった。
朱将が先に出ていって、しかし黄佐はそこに残った。凍り付いた空気を見て愉快そうに鼻を鳴らす。そして誰に問われるまでもなく勝手に喋りだした。
「朱兄は農業やってんだ。うち農家だからさぁ、朱兄長男だし、家継ぐの。まぁ、もう主戦力になってるんだけどね。んでもって俺はぁ、こう見えてもインテリ君でね~、医大生やってんだー。一応、立派な医者の卵、ってわけですよ。さぁここで問題です。“この世で一番怖い職業ってな~んだ?”なぞなぞじゃないよ? ヤーさんとかポリ公とか、ミリタリー系ってわけでもない。もちろん、能力者なんて目じゃないね。俺が思うにさぁ、」不意に黄佐は姿勢を正し、一番近くにいた神島先生に顔を近付けた。神島先生は不覚にも一歩後退った。
黄佐の瞳がゆらりと炎を纏う―――「この世で一番こわ~いのは、医者と農家なんだよね。どっちも、命を扱う職業だから。直接的に、さ。」脅すような声で囁き、神島先生の目に怯えを認めると、黄佐は楽しそうに神島先生と肩を組んだ。軽薄な笑みと口調でつらつらと捲し立てる。
「医者は、人の救い方を知ってる。裏を返せば殺し方も知ってるってことさ。農家は、虫の殺し方を知ってる。つまり、使い方次第で人も殺せるってわけ。まぁ、もちろん、知っててもやらないんだけどね。どっちも、命の大切さは重々理解してるし。―――せんせー方に分かってほしいのは、俺が医者で朱兄が農家で、それぞれの職に見合った理性を持ってるけど、大切なもののためならそれを捨てるくらい造作も無いんだぞ、ってこと。まぁー、なんつーの? 生々しいこと言うとさぁ、俺も朱兄も薬品とか使い慣れてるわけよ。それも、劇毒って呼ばれるようなものまで。家にもいくつかあるから、何処へでも混入させ放題! さらに言うと、朱兄は機械関係強いから、どんな乗り物でも大抵乗りこなすし、チェーンソーとか物凄くでかい剪定鋏とか、簡単に扱えちゃうのさ。俺に関しては、まぁ、ね。実は俺、古今東西さまざまな戦闘に興味があって、暇さえあれば格闘技とか戦争とかいろいろ調べて検証してるわけよ。なんで、大抵の輩には勝てる自信があるのです。ちなみに、青尉に戦い方を教えたのは俺なんだな~。」
外で車のライトが点いて、クラクションが二度鳴った。「おぉっと、朱兄に怒られちまう。」黄佐は神島先生を解放して、「うん、それじゃ、そういうわけで。ちなみに今のは脅しだから、肝に銘じといてね!」と実に明るくピースサインを決めると、スキップするように出ていった。
重いエンジン音が空気を震わし、やがて遠ざかっていく。それが完全に消え去るまで、保健室の中の人々は微動だに出来なかった。
長い溜め息が聞こえた。杜本先生が額に手をやりながら椅子に深く腰掛ける。
「兄弟揃って・・・。」
続く言葉を見失う。しかし、あとの2人には通じたようだ。ともに頷きながら呆れと諦めに首を振り、しこりのように残る恐怖を追い払った。
☆8
3兄弟が帰宅すると、けたたましい音を立てて眠りこける大きな人影が扉を塞いでいた。彼らの父親の軍武である。今夜は会合という名の飲み会だったのだが、予想より早い帰宅だ。そして予想以上の潰れっぷりだ。いつもならばただただ面倒なだけだが、今日に限っては都合が良い――――父親は青尉の能力のことを知っているが、2人の兄以上に過保護なので、今の状況を見られるといろいろ面倒なのだ―――どこかも分からぬ敵の本拠地に、特攻かけるくらいのことは平気でやってのけようとする。それを止めるのに比べたら、酔っ払いの世話くらい楽なもんである。
とはいえ、面倒なことに変わりはない。黄佐は嫌そうに舌を出して肩をすくめた。
「おいおい親父どーん。まぁたあんた、さして強くもないのにがんがん飲んできたんかいな。」
「うー・・・俺ぁそんなぁ飲んじゃいねぇよ~・・・っく。」
「ったく、しょんないやっちゃなぁ。」
金髪をがしがしと掻きむしり、黄佐は父親を引っ張り上げて扉の前からご撤去願った。
「うっわ、酒くせぇ。」
「んだとぅ、だぁれが臭ぇって〇×△※☆~」黄佐の悪態に噛みついた父親だったが、途中から何を言っているのやらさっぱり分からなくなり、またすぐにいびきに戻った。黄佐は嫌そうに歯を剥き出しつつ、朱将に目で示す。
朱将は頷いて、青尉を背負ったまま鍵を開けた。冬の夜は凍えそうなほどに寒く、淡々としていて容赦がない。星が綺麗に見えるのは良いことだが、背中の小さな弟に風邪をひかれては困る―――一応、一家の大黒柱である大きな酔っ払いにも、だ。
優しい兄弟は世話のかかる親子を抱えて、暖かな我が家に帰り着いたのであった。




