第八夜-1
【第八夜】刀堂青尉と最終決戦
☆1
青尉がいなくなった。
朱将と黄佐がそのことに気付いたのは、すべての患者を診終え、一眠りし、自然と目を覚ました午前11時のことだった。
「えっとー・・・朱兄?」
「・・・。」
「俺も怒ってるよ? うん。青尉が自分で出ていったにせよ、誰かに攫われたにせよ、確かに怒ってる。もう腸煮えくり返るほど怒ってる。」
「・・・。」
「だけどさ、その・・・ちょっと、落ち着こうか、ねぇ。」
和室のど真ん中で胡坐をかき、ところかまわずあちらこちらへ途方もない量の殺気を放っている朱将に、黄佐以外の人間は声を掛けることすら出来ず、ただただ震えを堪えて事態を静観しているのであった。
黄佐の懇願に少しだけ殺気を緩めた朱将。全員の口から溜め息が漏れる。もはや敵も味方も関係なかった――むしろ、朱将その人が全員に共通の敵だと言われても仕方がない状態であった。
溜め息をついて、黄佐は朱将の正面に座る。
「黄佐。」
「うん。」
「どう見る。」
「・・・とりあえず、状況を整理しておこうか。スマホと鞄が置きっ放しになってたし、友達から連絡が入ってたから、たぶん学校には行ってない。けど、万が一の場合に備えると、賢老君主さんには知られたくないから、確認は取れない。学校に行ってないなら、どこに行ったか。自分で出ていったのなら、俺らが寝てる間に、だったろうね。とすると、どうして出ていった? 出ていく理由が無い、と思う。朱兄と喧嘩したって言っても、あの騒ぎの内容も確かめずに出ていくなんて、青尉らしくない。」
「・・・で?」
「・・・誘拐された、だったら、開いてた窓にも説明が付く、かな。あと、床に足跡がいくつか残ってた。」
「そんなのがあんだったら確定じゃねぇか!」
「いやほら、一応さ、いろんな可能性を考えておくのが捜査の第一歩ってやつだよ。第一、本当に誘拐されたんだとしても、誰がそんなことをしたのか、そんでもって、能力を持ってる青尉をどうやって連れて行ったのか、っていう謎が残るわけなんだし。」
「・・・。」
朱将は大層不服そうに、それでも黄佐の正論には納得せざるを得ず、口をつぐんだ。
「そう、問題は、誰が――正確には、どの組織が、こんなことをしたのか、なんだけど・・・」――と、黄佐は人差し指を立てて、――「まず、『stardust・factory』の連中は候補から外していい。あいつらは一応警察の傘下に入ったわけだからね、犯罪は出来ないし、何よりする必要がない。したとしても、こっちに朱兄がいる以上、すぐに追い詰められる。」
それから、中指を立てて、
「次、『賢老君主』――彼らに関しては正直、よく分からない。けど、学校に根差してる組織だ。誘拐するならとっくに出来たはずだし、何より、家にいる時を狙う理由が分からない。まぁ、自分たちから疑いを外そう、っていう意図があるのかもしれないから、一応保留としておくけどね。」
それで、と黄佐は続けながら、くるりと振り返って片倉を見た。
「一番可能性がありそうなのが、『マッド=コンクェスト』―――君らの親組織だよ。こっちが君らを捕まえたのを見て、取引のために、ちょっと強引な手を使ってでも青尉を攫った――だとしたら、ねぇ?」
黄佐は笑いながら、片倉に詰め寄った。唇は確かに弧を描いているが、その目はまったく笑っていない。片倉は自らの不運を心から呪うのだった―――なんだって一晩に二度も・・・ってかこいつら、何でこうも怖い目ばっかりするんだよ、くそっ!!
「親組織と連絡、取れるよね?」
「とっ・・・取れる・・・。」
「じゃあ早速で悪いけど――」
「待ってください!」
甲高い声が黄佐を遮った。
和室の入り口に、小さな子どもが立っている。その子の肩を掴んで、佐藤が「やー、君、もうちょい休んでてくれないと困るんだけど・・・っていうか、この空気の中によく突っ込んで行けるねぇ凄いなぁ、うん。」などと間の抜けたことを言っていた。
黄佐は彼女の存在をすっかり忘れていた。
「そっか、ご本人様がいるんだっけ。直接聞けばいいじゃんか。」
「・・・誰だ? あのガキ。」
朱将が怪訝な声を上げる。
黄佐が説明しようとした矢先、本人が口を開いた。
「私は、マッド=コンクェストの鳴神速美と言います。あなた方は、トードーアオイさんの、ご兄弟の方々ですか?」
「まぁね。」と、黄佐は立ち上がりかけた朱将を片手で押し留めつつ、努めて穏やかに返答した。「聞いていたなら話が早い。君らがやったのかな?」
速美は首を横に振った。
「いいえ、違います。トードーアオイさんを誘拐するという計画は・・・まぁ、無かったとは言えませんが・・・」
「正直だね。」黄佐は苦笑した。
「これからのお話を信じていただくためです。」速美は襖の縁を強く握りしめた。あああああ、なんというプレッシャーでしょう?! 圧し潰されそうです・・・さすがは、トードーさん一家! 本来ならば一も二もなく逃げ出すところですが・・・―――速美は、自分も助けてもらったことと、並んで鎮座しているマッド=グレムリンのことと、現在危機に陥っている自分の組織のこと、その3つの事実を重石に、緊張を凌いでいた。唾を飲み込み、続ける。
「実を言いますと、我々マッド=コンクェスト第一支部は、昨夜、別の組織によって占領されました。私たちは、その中からどうにかして逃げてきたのです。」
「へーぇ、そうなんだ。それは災難だったね。」黄佐は心にもない言葉を言った。「それが本当なら、確かに君らに誘拐は出来ないだろうね。」
「本当かどうかは、連絡していただければ分かるかと。そしておそらく、占領してきたのは『ユウレカ』の方々です。」
「だから、誘拐もそいつらがやったんじゃないか、って?」
速美は頷いた。そして、まだ疑いを持っている黄佐に相対し、激しく脈打つ鼓動を抑えつけて、言った。
「取引を致しませんか。」
「・・・。」
黄佐は相手の思惑を探ろうと、目を細めた。この子、いったい何を考えている?
「私たちの望みは、マッド=コンクェスト及びマッド=グレムリンの両組織が、解放されることです。トードーアオイさんが『ユウレカ』に攫われたなら、ユウレカを潰せばすべて丸く収まります。」
「うん、それで?」
「もし、協力していただけるのなら、我々もトードーさんを取り戻すのに協力します。その上で――」と、速美は必死に守り抜いた紙の束を掲げた。「――我々が調べ上げた、トードーアオイさんの能力に関する情報の一切を譲渡します。」
「・・・その情報って、そんなに価値が高いものなのかな。」
「もちろん。どの組織もまだ知らない――そして、おそらくですが、トードーアオイさんご自身も知らない情報かと。」
「・・・。」
「ついでに言いますと、我々を襲った組織は、能力者から能力を奪う技術を持っておりました。そんなもの、開発できるとしたら『ユウレカ』だけです。あれさえ無ければ、我々はあんなにアッサリと占領されませんでしたし・・・トードーさんも、誘拐なんかされなかったと思いますよ。」
「・・・なるほどね。」
黄佐は頭を巡らして――この子、年の割に頭が良いな・・・。さて、と。そっちが青尉を取り戻すのに協力してくれるのは当然だろう。別の組織には取られたくないだろうから。ってことは、こっちのメリットは情報のみ。情報は軽んじちゃ駄目だけど、向こうの得を思うと、ちょっと割に合わないかな。ユウレカ、能力を封じる手段、どこまでが本当だ? 全部が本当だとしたら? 全部が、嘘だとしたら? そしたら・・・――慎重に答える。
「協力してもいいけど、その前に1つだけ、いいかな。」
「・・・言われると思いました。何ですか?」
「君が持っているその情報、治療及び保護の代金として、今すぐ渡してもらいたい。この家にいる間の、君ら2人、それからマッド=グレムリンを含めた全員の身の安全も保障するよ。警察にも言わないと約束する。いいかな?」
「・・・わかりました。」
速美は渋々ながら頷いた―――苦渋の決断ですが、仕方ありません。あれだけ盛って価値を高めましたが、情報程度なら渡してしまっても問題ないでしょう。彼らは組織の人間でもありませんし。そんなことより、重要なのはこっちです!
「それで、協力はしていただけるのですか?」
その問いに、黄佐は満面の笑みを浮かべた。
「うん、いいよ。協力しよう――無償でね。」
「えっ?」
「取引だなんて言わなくていいよ。君らはユウレカを追い払いたい。俺らは青尉を取り戻したい。敵は共通なんだ。持ちつ持たれつでいこうじゃん。」
「えっ、あっ、あれ? ん?」
「さぁ、どうする?」
穏やかな黄佐の笑顔に、何か引っかかるところを覚えた速美だったが、結局彼女は「・・・では、よろしくお願いします・・・。」と頭を下げたのだった。
子どもを相手に、黄佐は内心ほくそ笑む。――無料、無償、タダより高いものはない、ってね。――その穏やかな笑みが、実は詐欺師の笑みであることを、速美はまだ知らない。
「さて、それじゃあ、まずは色々と調べないといけないなぁ。―――えーと、君・・・速美ちゃんだっけ? 手始めにマッド=コンクェストについて、色々教えてもらってもいいかな? あ、その前に、その紙ちょうだい。読ませてよ。」
あっという間に主導権を握られてしまったように感じる速美だったが、もはや出来ることは何もなかった。
――まるでその代わりのように、長らく沈黙していた朱将が口を開く。
「・・・腹減った。メシ。」
「・・・朱兄。このタイミングでその主張?」
「腹減った。何にすっか。人数が人数だし・・・。」
弟の言うことなど意にも介さず昼飯について考えだした朱将。
黄佐はすっかり毒気を抜かれて、適当に言った。
「あーもう、カレーでいいんじゃない? 面倒だし。」
「そうだな。それじゃあ、」
頷いた朱将が立ち上がろうと右手を付いて、
「っ・・・。」
ミシリと音を立てた腕に、それでも声一つ上げなかったのは、『さすが』と褒められてしかるべきところだろう。
無言で固まる朱将に、黄佐もまた無言で嘆息した。と同時に昨夜からの疲れと、上下両方の兄弟からかけられる心労と、怪我を無視する似た者兄弟たちへの呆れと、その他諸々のことで意地悪心が疼きだし、じとっとした半眼で兄を見遣る。
「ねぇ、朱兄。」
「・・・。」
「言うべきことがあるよねぇ。」
黄佐の目が据わっていることを確認し、朱将は座り直すと、素直に頭を下げた。
「黄佐、面倒掛けて申し訳ないが、よろしく頼む。」
「りょーかい。―――いい? 俺がいない間、何があっても騒がないでよ。」
最後の方はこの場にいる全員に対して発せられた脅しだった。そのおかげで、黄佐がいなくなった直後にポロリと、「へぇ~、朱将さんでも頭下げるんッスねぇ。初めて見たッス。」と、口を滑らせた良平は、無言でヘッドロックを掛けられただけで、特に命に別状はなく済んだのであった。




