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第七夜-3

 

☆5


 何か情報を得たら必ず報告しろよ! と口を酸っぱくして言い募る澤城に礼を言って、朱将は家に入った。庭は何十台ものカラフルなバイクたちに埋め尽くされていて、ここまでくるといっそ壮観である。

「ただいま。」

「あぁ! お帰り朱兄!」出迎えた黄佐は両手に大量のタオルやら何やらを抱えた状態で、怒った声を出した。「朱兄、まぁた部位破壊したでしょ! 昔あんだけやるな、って言ったのに! しかも今回は鼓膜だって? あのねぇ朱兄、今でこそ鼓膜の再生も可能になったけど、数十年前までは成人の鼓膜の修復は不可能だったんだよ! その上精神的にもかなりのダメージ与えたみたいじゃん、どーすんのさ治らなかったら! それにねぇ、」

「あーあーあー、分かった、分かったから。」朱将は無理やり黄佐の喋りを遮った。「仕方ねぇだろ、部位破壊しねぇと通常攻撃入んなかったんだから。」

「一体どこの大型モンスターだよ・・・風の鎧的な? そーゆーの? だったらまぁ、分からなくもないけど。あぁそれはさておき、朱兄も早く上がっちゃって。ったくもー、こんなにたくさん怪我人が来るだなんて聞いてなかったよ! 1人じゃ無理だから友達に応援頼んだ。もうすぐ来ると思うからさ、先に朱兄、手当して着替えて、そんで、ちょっとで良いから手伝って。」

「分かった。・・・悪ぃな。」

「いーよ。さ、早く早く。」

 あっさり答えた黄佐が玄関横の客間につながる襖を開け、足早に入っていく。中は、さながら野戦病院のような様相を呈していた。畳にはブルーシートが敷かれ、その上に怪我人たちがずらりと並んで横たわっている。意識のある連中は朱将の存在に気付いて、「あっ、朱将さん!」「朱の大将!」「お疲れ様っす!」などと銘々に声を上げたが、黄佐に「うるさい、近所迷惑になるから黙れ。」と一喝されて意気消沈した。朱将の弟である上に、病院へ行く金がない連中の応急処置を片端から請け負っている黄佐に、逆らえる者はほぼいない。いるとしたら――「・・・どっ、どこだよここォ! なんだお前ェ、触んなァ!」――それは新入りか、潜りである。

 朱将に投げられて意識を失っていたチビは、目を覚ますなり飛び起きて、すぐ傍にいた黄佐の足を掴むと能力を発動させた。キンッ、と涼しげな音がして、薄い氷が黄佐の足首を包んだ。

「はァっ、はァっ・・・」チビは息を荒くして、黄佐を睨んだ。「全身、凍らされたくなかったら、っ、今すぐ、僕らを、解放しろォ・・・!」

「はいはい、駄々こねないの。」黄佐は歯牙にもかけなかった。突然冷え切った足になど目もくれず、チビの手首を掴むと、「あれ、君、脈すっごい弱いじゃん。どこにあんの? あ、あった。」脈拍を計りながら淡々と言い重ねる。「いい? 怪我人はみな等しく怪我人で、敵も味方もこの際関係ないし、俺の役目は怪我人の応急処置をすることなの。君らの抗争なんて知ったこっちゃないんだ。別に、逃げようと暴れようとご自由にしてくれて構わないけど、頼むから怪我を治してからにしてくれる? ていうかさ、怪我人の分際でよく治療者を脅せたね。ボロっボロのくせしてさ、今の君に何ができるっていうの? まぁ安心してよ、俺に治療が任されてる限り、君らにも彼ら」―と、拓彌たちの方を顎で示す―「にも、療養以外は何もさせないから。・・・はい、脈拍55かー。ちょっと低すぎるね。眩暈とかある?」

 チビは黄佐のマシンガントークに気圧された表情で――さらに、朱将に負わされたダメージと能力の『代償』による影響で――ぼんやりと首肯した。

「ん、じゃあ、横になって安静にしてて。朱兄、そこの毛布1枚投げて。」

「あ、おう。」

 朱将が毛布を放ると、黄佐はそれを危うげなく「さーんきゅ。」とキャッチして、チビに被せた。チビは理解が追い付いていないようで、だからこそ生理的欲求に素直に従うことにしたらしく、のろのろと毛布にくるまって寝転んだ。

 黄佐は手早く凍らされた足にタオルを縛り付けると、「よーし、やるよ!」と一声入れて、あっという間に場の主導権を握った。次々と采配を振るい、動ける者は敵味方関係なく最大限に利用して治療場を整えていく。その様はなかなか板についていて――高校の時から似たようなことをやってきているのだから当然かもしれないが――、朱将は頼りがいを感じると同時、自分の役目の終了を悟って、柱にもたれかかるように座り込んだ。

 大きく欠伸を一つすると―――はぁ、ねみぃ・・・悪ぃな黄佐。後は任せた―――朱将は泥沼へ沈むように眠りに就いた。


☆6


 同回生である刀堂 黄佐から、佐藤 架雅璃(かがり)へ電話があったのは、日付が変わって1時間を数えないほどの頃だった。―――あれ、今日の飲み会、ばっくれたらまずかったのかな? などと思いつつ、やりかけのゲームを置いて、スマートフォンを取る。

「はい、架雅璃。」

『あ、もしもし佐藤? 刀堂だけど。』

「うん、どうしたの、黄佐ちゃん。」

『えっと・・・その、今からってちょっと時間ある?』

「あるけど・・・珍しいね黄佐ちゃん。君の方から僕を誘ってくるなんてさ――」黄佐の声は真剣みを帯びていたが、それを察した上で佐藤は言った。「――そんなに人肌恋しくなっちゃった?」

『人っ・・・』黄佐は、『・・・そんなわけないだろ!』と、もう聞き飽きたはずの佐藤の冗談を華麗に流せず、電話口の向こうで溜め息をついた。『ああもう、変なこと口走んなよ・・・こっちは緊急事態なんだ。30人超えの急患さん達が、大挙して(うち)にいるんだよ。俺1人じゃ到底間に合わないから、少し手伝ってほしいんだけど。』

「うんうん、分かった。」真剣な相手で遊んだ罪悪感も少しだけ手伝って、佐藤は即答した。「いいよ、手伝う。」

『こんな夜遅くに、ごめんな。』

「気にしないでよ黄佐ちゃん。僕と君の仲じゃないか。」

『どんな仲だよ! ・・・とにかく、よろしく頼む。』

「はーい、すぐ行くね。」

 佐藤は、自分の冗談に、いつまでも初々しくツッコミを入れてくれる黄佐が大好きなのだ。だから、通話を終えるなり赤い彗星もびっくりの速さで上着を羽織って、いつも大学へ持っていく大きな鞄を掴むと、玄関へ突進するように駆け出したのだった。原付きの鍵を引っ掴んで、部屋の鍵すら閉めずに――どうせ侵入する輩も、取られて困る物もないのだから、構わない――外階段を駆け下りる。荒々しい足音に驚いたのか、どこかの部屋の誰かが寝ぼけ半分の怒鳴り声を上げた。

 赤いヘルメットを適当に被り、愛用の原付きに鍵を差し込む。アクセルをかける瞬間は、まるで命を吹き込んでいるかのようで好きだ―――魔術師が使う人形みたいで、可愛いよね。それか、真っ赤なお鼻のトナカイさん、かな。ヘッドライトがいい感じにそれっぽい・・・―――ヘッドライトのハイビームがアパート前の小道を奥まで照らして、佐藤は硬直した。それから一瞬の後に、状況を認識すると――女の子が倒れてる!――慌てて原付きを飛び下りた。

 道に倒れ込んだ女の子が1人。その傍で両膝を付いておろおろしている子――深く被ったフードの所為でよく見えないが、おそらく男の子――が1人。佐藤は少年の前にしゃがみ込み、出来るだけ優しく声を掛けた。

「大丈夫? どうしたの?」

 フードがびくりと大きく震えて、奥に隠された目が恐る恐るこちらを窺ったようだった。

 佐藤は柔らかく微笑んでみせた。こんな暗い道で、突然見知らぬ人に声を掛けられたら、誰だって怯えるものだ。佐藤はわざと彼から視線を外し、少女の方を見た。

「この子は、病気か何かかな?」

 フードが小さく、しかし確かに縦に振れた。

 女の子はおそらく小学生くらい。男の子は、中学生くらいかな。どうしてこんな時間に2人だけで出歩いている? ・・・何か、深い事情がある?―――佐藤は聞いた。

「救急車って、呼んだ方が良い?」

 最後まで言い切らない内に、フードは勢いよく横に振れた。―――救急車はアウト。そっか、訳アリか―――確信を得ると、「ちょっと失礼。」と誰にともなく断って、少女の手を取った。

 脈はあるけど弱い。意識はない。発熱。口元に泡の残滓。少し痙攣も残ってる・・・てんかん? や、そうとは限らないか。

「・・・ね、この子ってさ、普段から何かお薬を飲んでたりする?」

 フードは俯いて沈黙した。何か考えているようにも、答えを渋っているようにも見える。しばらく黙って待っていると、やがて少年は何か思い付いたように顎を跳ね上げて、少女が肩から掛けていたポーチに手を突っ込んだ。―――引っ張り出されてきたのは、スティックシュガーである。すがりつくようにそれを差し出されて、佐藤ははたと膝を打った。

「まさか、低血糖症っ?」だとしたら、この状態はかなりまずいのではないだろうか。意識が混濁するのは相当な重症である証。こんな小さな子がこんな状態では、一歩間違えば死んでしまう。

 佐藤は、スティックシュガーを奪うように受け取ると、封を切って、少女の唇の隙間に擦り込むようにしながら流し入れた。これで多少マシにはなるだろうが、如何せん応急過ぎる応急処置だ。さて、どうしたものか・・・。

「・・・ね、救急車ってさ、呼んだら絶対にダメ?」

 フードは寸の間躊躇って、しかしはっきりと頷いた。ダメ元で聞いてみただけとはいえ、佐藤は溜め息を堪え切れず、大きく息を吐いてから頭を掻いた。フードが申し訳なさそうに下を向く。しっかと指を組み合わせた彼の仕草は、神に祈る時のそれとよく似ていた。指を固く組むジェスチャーは、大きなストレスを表しているという。そういえば、彼はここまで一言たりとも発していない。この子も何か問題を抱えているのだろうか・・・。

「・・・じゃあさ、こうしよう。」と、提案する体を装って、その実佐藤は命令を下した。「今から、僕の知り合いの優秀なお医者さん見習いのところへ行く。そこで、この子の症状が改善したら、そのままそこに留まって治療する。反対に、少しでも悪化したら、すぐに救急車を呼ぶ。いいね?」

 小さな無言の首肯が、佐藤の命令を受諾した。

 

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