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第六夜-4

☆5


 辰生と別れたのは5時の鐘が鳴る頃だった。結局、いろいろと下らない話をしながらモール内を歩き回って、それで解散となってしまったのだ。もう少しぐだぐだしても良かったのだが、冬の夜は早い。すでに真っ暗になった空を見て、互いの――主に青尉の――事情を考慮し、早めに家路に就くこととしたのだ。

 出来るだけ明るい大通りを歩いて、帰ってくること―――黄ぃ兄の言い付けを守り、少し遠回りになるが、駅前から続く街中の大通りを選ぶ。病院や警察署やデパートやゲームセンターやらが集合している、真夜中まで賑やかな界隈だ。ちょうど帰宅時に重なったらしく、人通りはかなり多かった。

 絶えず連なる軒先を掠めるように、道の隅っこを歩いて行く。真ん中を通るのは何となく気後れするのだ。怪我もしていることだし。

 辰生から教わったことを頭の中で復習しながら――7大組織。ユウレカとM=Cと星屑は仲が悪い。核抑止論。能力者を増やす。増やしてどうするんだ? 足早運輸。JISコーポレーション。賢老君主。基本、どの組織も“最強の能力者”になる術を探している。信号戦隊、ってほんと何なんだよ、意味分かんねぇな・・・ミスター・一匹狼ってのも随分ふざけてるけど。――時折、今日以外のこともつらつらと脳裏に並び立ったりして、青尉はこめかみを押さえた。英語の長文問題みてぇ・・・読んでも読んでも内容が頭に入ってこない。掬うそばから零れ落ちていく、穴の開いたバケツ。

 赤十字の前を通り掛かり、青尉はふと思い出した。―――5組の入院してる子・・・何つったっけ・・・汐海(しおみ)さん? まだ入院してるって言ってたけど、大丈夫なのかな。

 もしもその子が能力に目覚めていたりしたら、どうなるのだろう。自分のように、厄介事しか無い殺伐とした日々を送ることになるのだろうか。そもそも、どうして能力などというものがあるのだろう。これの所為で、いったい何人の人が人生を狂わされたのだろうか―――

 青尉は頭を振って思考を切り替えた。ったく、人の心配してる場合か? 違うだろ。考えるべきことは・・・えーと、なんだっけ。あ、そういや、明日の国語の予習やってねぇ。明日って何日だっけ。にじゅう・・・26日か。ってことは・・・うわ、やべぇ、前の奴からだ。やってかねぇとやばいかなー。あの先生、どういうパターンで当ててくるか分かんねぇからなー。

「青尉くん。」

 突然、名前を呼ばれて――聞き慣れない声に名前を呼ばれるってのは、本当に嫌な感覚だ。背中に毛虫を放り込まれた時みたいな怖気が走る――青尉は反射的にポケットに手をやりながら振り向いた。肋骨が軋んだが知らない振りで、相手を睨む。かなり上の方に相手の顔を見つけ、認識した途端、舌打ちが漏れた。

「・・・なんだ、山瀬か。」

「なんだとは御挨拶だな。」

 そう言えば、病院の隣は警察署だった―――こいつがいてもおかしくはない、と嫌々ながら認め、青尉は戦闘態勢を緩めた。ポケットには手をやったままだが。

 山瀬はにこりと、わざとらしく笑った。

「そんなに警戒するな。これでも警察の端くれだ。何もしやしないよ。」

「・・・。」

 答えない青尉に気を悪くした様子も無く、山瀬は続けた。「今日はずいぶんと、愉快な話をたくさんしていたみたいじゃないか。さぞかし、有意義な休日だっただろう。・・・君が、たつき、と呼んでいた彼は――」

「っ?」

「――かなり、こちらの事情に詳しいようだな。」

「なっ・・・」

「余計な御世話かもしれないが、ああいう友人は大切にした方がいい。客観的な情報や意見は、いつだって貴重なものだ。まぁ、一般人にしては少々――」と、煽る目付きで青尉を見下ろし「――詳しすぎるような気もするが。」

「なんで知ってんだよ! まさかお前ら・・・っ!」

 山瀬は大きな手をひらひらとさせて、青尉の突き刺すような視線を闘牛士のように往なした。

「能力者の万能さは君のよく知るところだろう。その手の能力者であれば、盗聴など容易いことだ。」

「それが警察のやることかっ!」

「何だってするさ、必要となればな。」

 山瀬があまりにも堂々と言うものだから、青尉は呆れて絶句した。本当にコイツはムカつく野郎だ。同級生だったら絶対に、一言もしゃべらないで卒業してただろう。

「それで、どうするんだ?」ムカつく野郎は顎を擦りながら言った。「これで今、君は、自分の置かれている立場がよく分かっただろう? いつまで目を逸らしているつもりだ。どれだけ距離を取ろうとしても、君が能力者で、狙われる存在であるということに変わりはない。潔く認めて、決断しろ。」

「・・・お前に指図される筋合いはねぇよ。」青尉は頑として逆らったが、その声から威勢はほぼ失われていた。山瀬の言うことはいちいち核心を突いていて、あらゆること――俺が嫌がっていることとか、迷っていること――を、すべて見透かされているような気になってくる。それが余計に苛立たしいのである。

 反抗的な青尉の態度をどう見たのか、山瀬は唐突に話を変えた。

「ところで、朱将くんの調子はどうだ?」

「は?」

「捜査は進んでいるようか?」

「・・・朱兄? 捜査?」青尉はきょとんと聞き返した。「なんの話だよ。」

「へぇ、聞いてないのか?」

 山瀬は余裕綽々な物腰で、塀に背をもたれかけた。

「マッド=グレムリン。こいつらのことは、お友達から聞いただろう?」と、挑発的に微笑んで、「3日前だったかな。朱将くんが署に来ていてね、澤城さんに呼ばれたようで、そのことについて話していたんだ。朱将くんは、この辺りの不良連中にずいぶんと顔が利くらしいな。マッド=グレムリンが、この地区の縄張りを奪うつもりでいるらしいと聞いて、それを止めるとか何とか言っていたんだが。」

「見え透いた嘘言ってんじゃねぇよ。」

 青尉の言葉は強腰で否定したが、脳内は否定しきれず混乱の極みに陥っていた。澤城さんの名前が出てきたことも原因の一つだ。彼のことは青尉も知っている。不良関係で何か起きると、いつも朱兄は呼び出されていた――次いで、一昨日のことを思い出す――珍しく拓彌(たくや)さんと飲みに行ったのって、そのことで、か?

「嘘じゃない、事実だ。」山瀬は一蹴し、意外そうな顔になった。「なんだ、本当に聞かされていないのか。君ら兄弟は随分と仲が良さそうだったから、知っているものだとばかり思っていたよ。」

「・・・。」

「まだ嘘だと思うなら、家に帰って聞いてみればいいじゃないか。本人の口から聞けば、信じられるだろう?」

 などと言って微笑する山瀬が非常に癇に障る。青尉は「言われなくても。」と吐き捨てると、踵を返した。

「奴らの目的は、」背中越しに言われ、青尉は足を止めた。「おそらく、半分は戦力増強。もう半分は、君のことだろうな。君のお兄さんを巻き込むつもりか、外堀を埋めるつもりか、まぁそんなところだろう。――」と、厭味ったらしい間をおいて「――必要とあらば、いつでも我々を呼んでくれ。利害は一致しているはずだ。そうだろう?」

 青尉は沈黙を答えとし―――あぁ、もう、うざったい! ―――山瀬の視線を振り切るように早足になって、舌を打った。

 色んなことがもどかしくて、世界中のあらゆることが歯痒くて、どうしようもなく苛々するのを、青尉はすべて怪我の所為にした。走りたいのに走れないから苛々してくるんだ。この怪我さえなかったら、全力疾走していたのに。おそらく、大声で叫びながら。そう思って――やっぱり怪我してて良かったかな、と思い直した――こんな帰宅ラッシュ時に叫びながら全力疾走するなんて、痛すぎる。

 青尉は弱々しく鼻で笑った――現実逃避も甚だしい。

 山瀬のことは信用できないが、もし、万が一、彼の言ったことがすべて事実――朱兄が、能力者組織と戦う準備をしている――だとしたら、どうして俺に話してくれないんだ?

 肋骨の痛みがちくちくと脳味噌に突き刺さる。或いはこの痛みは、心の痛みなのかもしれなかったが、青尉には分かり得ないことだった。


☆6


「・・・ただいま。」

 玄関をくぐると同時に帽子を取って、青尉は家に上がった。居間を通って台所へ向かう。潰されて3分の2くらいになったソファの上で、父・軍武(いさむ)が大いびきをかいていた――本当に、よく寝るなぁ。家の中で見る時は半分以上寝ている気がする。点けっ放しのテレビは夕方の報道番組を垂れ流していて、訳知り顔のコメンテーターが「能力者って言うのはね・・・」などと雄弁さを誇示していた。

 台所のドアを開ける。ガスコンロの前に、作業着姿の朱将が立っていた。母さんが見たら怒るだろうな・・・作業着のままキッチンに立つな! って。

 朱将は弟の帰宅に気付いて、お玉を片手に半身で振り返った。

「おう、おかえり。」

「ただいま。」

「あと10分もしたら夕飯にすっからな。」

「うん――」青尉は後ろ手にドアを閉めた。「――なぁ、朱兄。」

「ん? なんだ。」

 青尉はさっきのことを聞こうと唾を飲んで、「・・・・・・今日の夕飯、何?」出てきたのはまったく違う言葉だった。いざ、朱将の大きな背中を見ていたら、どう切り出したら良いものやらまったく分からなくなってしまったのだ。

 朱将は背中越しに、「鍋。」と一言。

「へぇー、そっかー、鍋かー・・・。」

 青尉の口調が不満げな棒読み調に聞こえて、朱将は軽く睨むように一瞥した。

「なんだよ、何か文句あんのか?」

「えっ、いや、ねぇよ! あるわけねぇじゃん! 俺、鍋好きだし! 今日もー、寒いしな! うん! うん・・・。」

 必死に言い訳しながら、どこか不審げな挙動を見せる青尉に、朱将は小首を傾げた――すっげーそわそわしてんな・・・便所を我慢してるガキみてぇ。――が、結局何も言わずに調理に戻った。

 台所を沈黙が占める。背後から微かに聞こえてくるいびきとテレビ音声に急かされているような気がして、青尉は再び口を切った。

「・・・ところで、あのー・・・そういや、黄ぃ兄は?」

「大学の連中と飲み会だと。」

「あぁ、そうなんだ。」

「何か用事でもあったのか?」

「いや、別に・・・無いけど。」

 と、口を閉ざした青尉。いよいよ話し始めが迷子になってしまった。富士の樹海に落とされたようだ。地図は現在地が分からなければ意味がない。『本日はお日柄もよく~』などというテンプレートは使えない。

 話が終わったにもかかわらず、青尉は台所から離れる気配を見せない。何か飲み物や食べ物を探す様子もなく、ただ立ち尽くしている彼に、朱将は眉根を寄せて、ついに完全に振り返った。

「青尉? どうかしたのか?」

「っ・・・」青尉は肩を震わせ、目線を落とした。ここまできたら言うしかない。聞くしかない。意を決して、「朱兄・・・マッド=グレムリンって連中のこと、知ってるか?」

 少し、間が開いて、朱将は言った。「そいつらがどうした。」

「・・・そいつらが、この辺の不良の縄張りを奪うつもりでいるって聞いたんだ。それで――」青尉はちらりと朱将を盗み見た。「――朱兄が、それを止めようとしてるって。」

 朱将の顔は不機嫌そうな仏頂面で、それだけ見ればいつも通りとしか思えなかった。しかし、

「誰から聞いた。」

 その問いに、青尉はかなり迷って――答えようか、答えまいか。それが問題か? ――しかし正直に答えた。

「・・・山瀬。」

 答えた瞬間、朱将は般若の面を被った。舌打ちが高らかに青尉の鼓膜を打ち据え、「ちっ。っの野郎・・・余計なこと吹きこみやがって・・・。」煮え滾る地獄の釜のような憤怒に満ちた呟きが地を這った。

 うすら寒ささえ覚える静かな激昂。その様は本来怯えを与えるものなのだが、家族には余り効き目がない。ましてや今の青尉にとって、それは、山瀬に与えられた疑念を確信へと導いてしまうものでしかなかった。

「朱兄、本当なのか? 澤城さんに呼ばれたってのは? 拓彌さんと飲みに行ったのってこのためだったのか? 黄ぃ兄は知ってんのか? ・・・なんで、俺には言ってくれなかった?」

 朱将は苛立ちを抑えるように腕を組み、冷淡な調子で「わざわざ怪我人に言うことじゃない。それに、これは俺の仲間の問題だ。お前には関係ないだろ。」

 その言い草に青尉はカッとなった。なんで俺だけ蚊帳の外に置くんだよ! 右手を食卓に叩きつけて、勢いのままに声を張り上げる。

「関係ないわけねぇだろ! 今の俺の状況知ってんだろ! 相手はマッド=コンクェストの仲間だ! 目的が縄張りだけのはずがねぇだろ!」

「それがどうした。」

 一方の朱将はどこまでも落ち着き払っていて、青尉には冷酷な態度にすら思えた。

「そいつらの目的がなんだろうと、喧嘩を売られたのは俺らだ。お前じゃない。余計なことに首を突っ込むな。」

「ふざけんな、ここまで聞いて黙ってられっか!」大声に肋骨が軋んで、青尉はわずかに冷静さを取り戻した。「――朱兄、これは普通の喧嘩じゃねぇんだぞ。相手は能力者だ。危険過ぎる。頼むから・・・俺、こんなだけど、腕1本でも能力は使える。だからっ―――」

 青尉が口をつぐんだのは、朱将が椅子の背を蹴飛ばしたからだった。無造作でありながら強烈な一撃に、椅子は大きく前後に振れたが、凶悪犯を前に『これ以上騒音を立てたら殺される』と怯える人質のごとく、そそくさと居住まいを正した。

 朱将は睨むように青尉を見据えた。

「―――そう言うと思ったから、教えなかったんだ。」

「っ、でも・・・。」

「自分の身一つ守れねぇくせに、出しゃばってくんな!」

 火箸で殴られたような痛みと衝撃を青尉は確かに感じた。一瞬で頭が沸騰して、視界がきゅうと縮まった。目の辺りから何かが零れ落ちそうで、青尉は深く俯く。

「いいな、青尉。怪我人は怪我人らしく、大人しくしてろ。」

 朱将がそう言うのを思い切り引き開けた扉で断ち切り、青尉は台所から飛び出した。居間を抜け、上がり(かまち)に出て、階段を踏み抜くつもりで駆け上がる。

 自分の部屋に入ってドアを力任せに閉めたところで、ようやく青尉は詰めていた息を吐いた。

 ―――出しゃばってくんな!

 五寸釘のごとく脳味噌に打ち込まれた朱将の声が、ずきずきと音を立てて疼く。痛い。熱い。

「・・・っざけんな。そんな言い方あるかよ・・・!」

 青尉は弱々しくベットに倒れこんで踞った。どうして俺は能力者なんかになったんだろう。何のためにこんな力があるんだろう。こんなもの欲しくなかった。これさえ無ければ―――

「―――くそっ。」

 毒づいて、布団を被る。IF能力が無かったら――戦闘もない。怪我もない。サッカーはやれるし、帽子無しで自由に外を歩ける。朱兄と喧嘩もしないで済む――その場合の現在を思うと、涙が溢れてきそうになった。理不尽な展開が何よりも憎い。せめて、辰生が言ったように、明確な理由が――事故に巻き込まれたとか、病気になったとか――あったら、まだ受け入れやすかったのだろう。

 胸元を強く押さえると肋骨が軋んで、何故か、その痛みに安心感を覚えた。


 家を壊そうと画策する怪獣と化した青尉が轟音を引き連れ2階に消え、朱将ははたと我に返った。

「・・・やべぇ。」

 言い過ぎたかも知れねぇ―――意外と青尉はデリケートなんだから、言い過ぎ注意ね、といつだったか黄佐が言っていたのを今になって思い出す。末っ子だからか、歳が離れているからか、拗ねやすいんだと。――ああもう、山瀬が余計なことを言うからだ。すべてはその所為だ。・・・次会ったら、全力でぼこす。

  物騒な決意を固めたところで、怪獣が開けっ放していったドアから軍武が顔を覗かせ「おう? もう飯かぁ?」と(とぼ)けた声で言った。

 

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