第四夜-6
☆6
空が綺麗だ。
ネックウォーマーを失った首筋に寒風が突き刺さってくる。
1月の今、他県では雪が降り積もり、ニュースでは絶えず積雪量や事故などが報道されている。が、青尉が暮らすこの辺りの地域にとって、それはまったく無縁のことだ。
雪など、ここ十年でまともに降ったことが無い。この県の住民たちは、風花が舞っただけでテンションが上がるのだ。温暖、平穏。平和ボケするのも当然である。凶悪事件は少ないが―――――そういえば、山瀬がテロ件数全国一位だと言ってたな。平和ボケ、その所為だろうか?
滑る心配のない道を、のんびり歩く青尉。
一応、何か起きるかもしれない、と警戒していたのだが、不気味なほど何事もなかった。
疑心暗鬼を生ず―――嵐の前の静けさ、のような気がする。
別に何かが起きることを望んでいたわけではない。しかし、夜の鬼ごっこ・星屑の襲撃・爆破テロ、と散々な3日間を過ごした次の日が、ここまで平穏無事に終わってしまうと、反動で拍子抜けなように思われるのだ。
家に繋がる小路へ入る。刀堂家は右に曲がって3軒目の一戸建てだ。
曲がったところで青尉は立ち止まった。
見慣れた金髪の男性が、見慣れない女性と何事か言い合っている。
「あぁ、青尉くん、ちょうどいいとこに帰ってきたねぇ。」
近所のおばさまがうんざりした口調で青尉に言った。
「あれ、どうにかしてきてよ。またなの? 黄佐くん。懲りないねぇ。」
「・・・いつも兄がお騒がせして、すみません。」
「ま、イケメンだから、仕方がないとは思うけどねぇ。」
少し嫌みを含んだ台詞を背中で受けて、青尉は進軍を開始した。―――いくら兄弟とはいえ、男女の痴話喧嘩に首突っ込むとか最悪だ。あとで迷惑料取ろう。
「黄ぃ兄。」
「あ、青尉〜。」
「何やってんの?」
「んー、修羅場、かな?」
乾いた笑い声を上げる黄佐。その腕にすがり付いていた女が甘ったるい声で言った。
「黄ぃくん、この子誰?」
青尉は吹き出しそうになって口を押さえた―――黄ぃくん? 黄ぃくんだって? 似っっっ合わねぇー!!
「俺の弟・・・」黄佐は女の肩を押さえて遠ざけながら答え、青尉を睨んだ。「・・・青尉、お前なに笑ってんだよ。」
「いやだって・・・黄ぃくんって兄貴・・・。」
「草生やすなコラ。」
ぼそぼそと話す兄弟の間に、女は顔を突っ込んできた。
「へぇ〜黄ぃくん、弟くんいるんだぁ。弟くんもカッコイイねぇ、モテるでしょ?」
「そんなことないっすよ。」青尉は一瞥もせず無愛想に答え、黄佐に言った。「黄ぃ兄、今夜のアレ、忘れてないよな? 今から支度しねぇと、間に合わねぇぞ。」
もちろん嘘だが。
「あぁ、そうだったね!」
察した黄佐はすぐに話を合わせて、女の拘束をすり抜けた。
「ごめんね芦原さん、そういうわけだから、お引き取り願えるかな。」
「え〜、黄ぃくんどっか行くの? ねぇねぇ、どこ行くのぉ?」
「芦原さんには関係ないかな。」
さらりと酷いことを言い女の笑みに罅を入れる。唇を尖らせた女が何か言おうとするが、その前に黄佐はにっこりと笑った。
「たまの家族の団欒なんだ。・・・分かってよ、ね?」
「あっ・・・そっかぁ! 黄ぃくんって家族思いなんだね〜。やっさしい〜。それじゃあ仕方ないなぁ。代わりに、今度私と遊んでよ!」
黄佐は笑うだけで答えずに、「そういうわけだから、バイバイ」と一方的に手を振った。
女はちょっと不満そうにしながら、歩きにくそうなハイヒールを高らかに鳴らして、歩き去っていった。
「どうでもいいけど。」青尉は家の鍵を開けながら、背中越しに黄佐に言う。「近所迷惑だから、揉めんなら他所でやってくれ。っつーか、そもそも揉めるような事態にほいほい陥ってんじゃねぇよ。これで何度目だよ、家の前にまで押し掛けられたの。」
「う〜ん、ちょっと片手じゃ足りないかな。」
「両手でも足りないだろ。」
ったく・・・しょんない奴だな。―――青尉は家に入りながら、ふと、柚姫のことを思い出した。
「・・・あのさぁ、黄ぃ兄。」
「んー?」
「黄ぃ兄の好みってどんなん?」
「・・・・・・珍しいね、青尉が女の子のこと聞くなんて。」
「・・・・・・別に、聞いたっていいだろ。」
「いいけどさ。そうさなぁ、俺の好み、ね・・・」―――と黄佐は少し考えてから言った―――「・・・まぁまず、月並みな回答で悪いけど、顔より性格が重要だよね。優しい子が好きかなー。あ、でも優しいだけじゃなくって、しっかり自分の意見を主張できる子がいいな。いい感じの距離感を保ちつつ、上手に気配りしてくれたら尚いいね。時々ケンカとかして、でも基本はおおらかでさっぱりしてる子が好きだなぁ。まぁ、一緒にいて楽しければだいたい何でもいいんだけど。―――あ、そうそう、一番重要なのを忘れてた。」
と黄佐は一旦マシンガンの引き金を放した。
「家族を大切にする女性がいいかな。それが一番だよ。」
「・・・・・・ふぅん。」
青尉は初めて相槌を打って、今聞いた内容を頭の中で反芻した。―――忘れないうちに柚姫へメールを打っておこう。
何だか真剣な顔をしている青尉に、黄佐は飄々と言った。
「柚姫ちゃんによろしく言っといて。」
「おう。・・・え?」すっとんきょうな声が出た。「黄ぃ兄・・・まさか柚姫のこと―――」
「さぁ、どうだろうね〜。」
黄佐は心底愉快そうにはにかみながら、階段の向こうへ消えた。
後には混乱する青尉だけが残され、彼は首を傾げては「意味わかんねぇ・・・。」と呟きながら、携帯を開いたのだった。
「あ、そーだった、青尉ー?」
不意に、二階からひょっこりと顔を出した黄佐に、青尉は生返事を返す。
「んー?」
「今日さー、夕飯スパゲッティにしてもいーいー?」
「俺は別にいいけどー・・・。」
刀堂家の食卓にスパゲッティが並ぶことは滅多にない―――収入源がそれを忌み嫌っているからだ。それなのに黄佐がスパゲッティを出すと言う。と、言う事は、だ。
「朱兄、どっか行くのー?」
「・・・あ、えーっと、何かねー、拓彌さんに誘われて、飲みに行くんだってー。」
「へー。」
珍しいこともあるもんだ、と、青尉は朱将とは全く正反対の友人の顔―――身体中にピアスを付け、髪を橙色に染めた青年―――を脳裏に浮かべながら思った。
「・・・いつも、誘われても行かねぇのに。」
どういう心境の変化だろう? 青尉は少し不思議に思ったが、まぁ朱兄にも飲みたいときくらいあるよなー、と、さして気にも留めなかった。
青尉が追及して来ないのをいいことに、二階では黄佐が大きく安堵の息を吐いた。―――ちょっと口ごもっちゃったけど、バレてないよね? 大丈夫だよね? ・・・良かったー。危ない危ない。何にも考えてなかったよー。・・・でも、まぁ、嘘はついてないから、良いよね?
朱将が不良団のヘッド・拓彌のところへ行ったのは事実である―――それが、対能力者用の作戦会議だとは、口が裂けても言えないけど。黄佐は廊下に立ったまま、頭を掻いた。―――よく、隠し事上手そうだって思われるんだけどさ・・・
「・・・俺って本当は、隠し事苦手なんだよねー。」
「黄ぃ兄ー。」
「っ?!」
唐突に下から声をかけられて、黄佐は肩を跳ね上げた。意識して呼吸をし、平静を装う。
「・・・なにー? どうかしたー?」
「忘れないうちに言っとくよー。俺、明後日、友達と遊びに行って来るからー。」
「あ・・・そうなんだー。 気をつけて行っておいでー。一応、帽子被っていくんだよー。」
「りょーかーい。」
素直な返事を最後に、階下からの声は引っ込んだ。代わりにテレビの音が流れ出す。黄佐は妙に気疲れしてしまって、肩甲骨を伸ばした。
―――まったく、うちの末っ子は暢気なことだ・・・いや、これが普通なのか。
部屋に入りながら、信じてもいない神に祈るように、囁く。
「・・・どうか、ずっと普通でいられますように。」




