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第四夜-5

 

☆5


 殺伐とした空気の中、掃除を終わらせて、青尉は南グラウンドへ赴いた。

 青尉はサッカー部だ。練習できないとはいえ無断で休むわけにはいかず、適当な花壇に腰掛けて他の部員たちの着替えが済むのを待つ。部長に事情を説明して、しばらく休むことを伝えなければいけない。部室に直接行っても良かったのだが、もし部長が部室にいなかった時のことを考えるととても行けなかった。サッカー部は部員数がかなり多いため、部室を使えるのは2年だけである。何かと目を付けられている青尉―――連れ込まれたが最後、面倒なことになるのは間違いない。

 教室や外など適当な場所で着替えを済ませた1年生たちがぞくぞく集まってくる。

 その内の2人が隅にいた青尉に気付いて寄ってきた。

「やあ青尉。見たよ動画。大丈夫?」

「やあ青尉。君って能力者だったんだね。」

 ほぼ同じ顔を持つ双子、二ツふたつもり りんらん兄弟だ。余談だが、かつて『パンダみたいだな』と感想を漏らした迂闊な奴が、2人の手によって廃人一歩手前まで追い込まれたことがある。それ以来、2人の名前についてとやかく言う奴はいなくなった。

「よぉ凛、欒。」

「「ごっ機嫌いっかが〜?」」

「すこぶる悪い。」

「「あははっ、だろうね!」」

 しかめっ面になる青尉の前で、双子はケラケラと笑う。

「青尉みたいなサッカー馬鹿にはツラいよね〜。」

「サッカーどころか走ることも出来ないなんて。」

「骨折って、絶対安静で全治3ヶ月くらいかかるんでしょ?」

「なったことないからわかんないけど!」

「能力者ってのもなかなかに大変だね。」

「でも、テロに巻き込まれる確率なんてかなり低いでしょ?」

「災難だったね〜。」

「運が悪かったね〜。」

 青尉は黙って聞いていた。口の動きをきちんと見ていないと、どちらが喋っているのか分からなくなる。ちなみに、先に喋りだしたのが凛なのか欒なのかは分かっていない。

「そういえば、テロに巻き込まれた5組の女の子が今、入院してるらしいね。」

「そうなのか?」

「みたいだよ。爆発を直で受けちゃったって聞いたけど、大丈夫なのかな?」

「――――――」

 双子からの情報に青尉は絶句した。運悪くあの時あの場に居合わせてしまっただけで、入院することになるなんて、なんて災難なことなのだろうか。青尉はその不運な女子のことを思って、胸に何か棘のようなものが刺さるのを感じた。

「とりあえず、骨折程度で済んで良かったね〜青尉。」

「まぁ、休暇ができたと思ってさ、しばらくはゆっくり休んで・・・」凛―――欒だったかもしれない―――が、ふと、明後日の方向を向いて、焦ったように言った。「・・・ごめん、青尉、頑張って。直接は何もできないけど、僕たちは青尉の味方だから。」

「え? ・・・あぁ。」

 青尉も同じ方向を見て、事態を把握し苦笑した。わかったから行け、と片手を振る。凛と欒は申し訳なさそうに片手を小さく上げて、そそくさと青尉から離れていった。

 青尉は立ち上がり、双子が安全圏に入ったのを見届けると、新たに近寄ってきていた5人組に向けて頭を下げた。

「ちわっす先輩。」

「よーお刀堂。災難だったなぁ。いい格好になったじゃんか、ハハハッ!」

 真ん中の1人に同調して、周りが下品な笑い声を上げる。

 本当に、兄貴たちには足を向けて寝れないな・・・―――と思いつつ、青尉はわざと微苦笑を浮かべた―――ポイントは、反感を買わない程度に聞き流し、惨めでない程度にへこへこすること。これは朱将の教えである。朱将は学生時代いろいろとやんちゃした過去があり、その経験から“相手に舐められない術”というものを熟知しているのだ。

 速やかに青尉を囲むような立ち位置を確保させ、追い風を受けた真ん中のリーダー格、2年生の高科たかしな 雅己まさきが、青尉とさして変わらぬ身長差でありながら、精一杯見下ろすような目付きになる。

「お前、能力者なんだって?」

「・・・まぁ一応。」

「へっ、中2くせぇ。」と、高科は鼻を摘まんで、嫌そうに手を振った。「手から炎とか出ちゃうわけ? 無駄に長ぇくせにやけにだせぇ技名とか叫んだりすんの?」

「いや、そんなことしませんよ。」

「へぇー、なんだ、しねぇのかよ。つっまんねぇ。」

 青尉は黙って腹の底へ、だせぇっつったの誰だよ、と吐き捨てた。

「なぁなぁ、これって骨折したんだろ? 全治何ヶ月なわけ?」

「3ヶ月から4ヶ月くらいみたいっす。」

「へぇ! ってことはさぁ、その間サッカーできねぇんだ! かわいそ〜に。せっかく、俺からスタメン奪い取ったのになぁ。ははっ、ざまぁみろ。」

 口を歪めて醜悪に笑う高科に、青尉はついつい我慢できず、皮肉げな笑顔で言ってしまった。

「良かったですね先輩。返り咲くチャンスじゃないですか。」

 高科の笑みがひきつった。

 あ、やっちまった―――と思った青尉だったが、言ってしまった言葉は取り消せない。

「・・・おい、刀堂。てめぇ調子乗ってんじゃねぇぞ。」

 心なしか包囲網が縮まる。こうなってしまってはもう繕えない。青尉は腹を括って無表情になった。

「ちょっと目立ってるからって好き勝手やりやがって。ムカつくんだよ。いっぺん死んでこい。ったく、腕じゃなくて、腰の骨を粉々にされちまえば良かったのになぁ。」

 足ではなく腰の骨の損傷を望む辺りに性格の悪さが現れているように思う青尉だったが、そんなことを悠長に気にしている場合ではなかった。

 不意に高科が距離を詰め、「本当に残念だよ。なぁ!」―――言うなり青尉の左腕を思い切り叩いた。

「っだぁっ!!」

 ギプス越しに折れた骨へ衝撃が伝わり、青尉は思わず叫んだ。反射的に後退り、花壇に足を取られてバランスを崩し無様に尻を突く。

「ギャッハハハハハハッ! だっせぇ!」

 高科たちが指を差して嘲笑する。耳障りな声が鼓膜と一緒に脳みそを揺らし、何かを切った。

「・・・・・・。」

 青尉はそのまま地べたに胡座をかいて踞り、さぁどうやってこの馬鹿5人を切り刻んでやろうかと本気で考え始める。

 そこに、

「おいそこ! 何やってんだお前ら!!」

 正義感溢れる叱責が遠くから飛んできて、青尉を含む6人全員が「「げっ」」と顔をしかめた。

 先生ではない。部長の真道しんどう 義春よしはるだ。

 部長はツカツカと6人の元へ来ると、162センチという誰よりも小さい身長でありながら、誰よりも強い存在感を示し、睨みを効かせた。

「何をみっともないことをやっている! ―――雅己!」

 条件反射で背筋を伸ばしてしまう高科。

「姑みたく1年をいびってる暇があったら、その分練習しろ! 他の4人もだ! だいたいお前らは―――」

「あーはいはい、分かりましたよ部チョー様。」真道の説教を遮り、高科は舌打ちして呟く。「うるっせぇな、ったく・・・。」

 そのまま立ち去ろうとした高科だったが、真道がその腕を掴んだ。真道はやんちゃな弟を諭すように、声音を和らげる。

「雅己。お前は練習すれば、絶対に上手くなるんだ。1度スタメンから下ろされたくらいで、何をそんなに拗ねてんだよ。」

「はぁっ?! 拗ねてねぇーよ! つか、てめぇに何がわかる!」

「分かってるよ。雅己は上手いし、サッカーが大好きなんだよな。―――だけど、一生懸命練習するのがださいと思ってる。だろ?」

「っ・・・。」高科は、自信に満ちた爽やかな笑顔に逆らえなかった。

「ださくなんかねぇよ。それよりも、スタメンから外されてガキみたいに拗ねてる方が、よっぽどダサいと思うぜ。」

「んだとコラ・・・」

「雅己。」

 真道はついと手を伸ばして、高科の額を指先で軽く叩いた。

「俺はまた、雅己と一緒にピッチに立ちてぇんだよ。」

 と、とびっきりの笑顔。

 不覚にも硬直した高科だったが、はっと我に返り、

「っ・・・・・・ぅうるっ、せぇーよっ! くそっ!」

 毒を吐きながら腕を振り払って背を向けた。―――だから義春は苦手なんだ。人の頭とか顔とかほいほい触るし、キザい台詞恥ずかしげもなく言うし・・・。―――1番ムカつくのは、その真道にどうやっても逆らえないことだ。

 まるで能力者だな、と青尉は思う。どんなに荒ぶっている人でも、真道がひょいと頭を撫でれば子犬のように腹を見せる。彼にとってみれば、たくさんいる自分の妹弟をあやす感覚なので、無意識の過剰なスキンシップは男女も場所も問わない。天性のカリスマというべきか、真性のホストというべきか、いつか刺されるんじゃないかと心配になるような逸材だ。

 真道は座ったままでいる青尉を見下ろした。

「さて、青尉?」

「はい。」

「お前もお前だ。ただでさえ目立っちまうのは仕方がないんだから、あまり先輩に喧嘩を売るな。」

「・・・はい。」絡んできたのは向こうの方なのだが。青尉は反論するのを億劫がって頷いた。

 真道は青尉の頭に手を置いて、ポンポンと撫でるように叩く―――泣いてる弟に、よくこうしたっけなぁ。―――思い出に浸りながら、真道は青尉に語りかけた。

「怪我は大丈夫か?」

「大丈夫ですけど、しばらく安静にしてないといけないんで、部活休みます。すみません。」

「いいよ、分かった。ちゃんと休んで、しっかり治してこい。」

「はい。」

「青尉が完璧に復帰するのを待ってるからな。」

 仕上げだと言わんばかりに青尉の髪を掻き回し、最高級の笑顔を残して、真道はグラウンドに下りていった。

 青尉は胡座をかいたまま、ぐしゃぐしゃになった髪を直し、溜め息をつく。青尉は別に、真道のことは苦手でない。真道に仲の良い妹や弟がたくさんいることは知っているし、スキンシップは兄たちがいるために慣れている。

 苦手なのはこの後だ。

 赤面した2人の女子マネージャーが、そわそわしながら青尉に近付いてくる。

「さて、帰るか。」

 青尉は捕まる前に立ち上がって歩き出した。

「あっ、待って刀堂くん!」

「今の、真道先輩とのことを詳しく〜!!」

 青尉は心の中で暴言を吐いた―――うるせぇ、変な視点から見んな。腐女子どもが期待するようなことは何もねぇよ、馬鹿。


 

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