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第一夜-1

 




【第一夜】刀堂青尉とstardust・factory




 

 

☆1


 別に、さして変わったところは見当たらない朝。

 刀堂とうどう 青尉あおいは、持て余すほど大きな欠伸を1つかまし、涙目になりながら自転車を駆っていた。

 昨夜はちょっとばかし面倒なことに巻き込まれて、あまりよく眠れなかったのだ。しからば、本日の授業は睡眠学習とし、身体への負担を極力減らすべし。サーイエッサー、言われずとも。―――青尉は脳内で華麗に敬礼をした。

 20分ほども走れば学校に着く。

『県立東高校』

 無駄に広大な敷地と校舎、東西南北に4つの門と4つの校舎、1つの体育館と3つの校庭。4隅には駐輪場と駐車場。まるで、砦のような様相をしている。南門から北門へは、まっすぐ歩いてたっぷり20分はかかり、駐輪場から教室へは、一番近い部屋でも5分はかかる。校内でかくれんぼでもしようと思ったら、3日は必要だ。下手にやったら遭難しかねない。

 その上、名前も変だ。―――『県立東高校』のどこが変だって? ―――『東』は、ひがし、ではなく、あずま、と読むのだ。

 青尉はいつも、面倒くさい学校だと思っている。

 遅刻ギリギリに敷地内へゆったりと乗り込み、ぎゅうぎゅう詰めになっている駐輪場へ無理矢理自転車を突っ込む。

 予鈴3分前。予鈴が鳴るまでに教室にいなければ、遅刻となる。

 この時間に敷地内に到着する馬鹿は、青尉1人くらいのものだ。―――ついでに、それでいながら遅刻しない大馬鹿チート野郎も。

「さて。」

 青尉は大きく伸びをして、ニヤリと笑った。さぁ、朝のジョギングの時間だ。


☆2


 青尉が教室に入るのを待っていたかのようなタイミングで、チャイムが鳴った。

 隣の席の彼の友人、円谷つぶらや 辰生たつきが、スマートフォンから目を上げた。

「よぉ、少尉。」―――少尉、とは青尉のあだ名である。大尉でも中尉でもないところが彼の彼たる所以だ―――「はよう。」

「はよー。」

「相変わらず、ギリッギリだなぁ。よく間に合うよな、本当に。」

「まぁな。遅刻だけはしねぇつもりだから。」

「じゃあもっと早く起きろよ。」

 ごもっとも。青尉は返事の代わりに欠伸を返した。

「眠そうだな、少尉。」

「うん・・・夜中までゲームやってたから。」

「じゃあ今日は睡眠学習か。」

「その予定。」

「そういやぁさ」

 辰生は突然、話を変えた。青尉は鞄を机上に置いて、彼の方を見た。瞳がキラキラしているのを見て、あぁあの話か、と悟る。

 辰生は能力者に憧れているのだ。

「昨日の夜な、この近くで、能力者同士のぶつかり合いがあったんだって! 北門の近く。塀んところにでっけー、こーんな傷跡があってさぁ、」

「へぇ。」

 青尉は気の無い相槌を打ちながら―――あぁ、やっぱり残ってたか。ってことは、お呼びだしだな。面倒くせぇ・・・。―――と思っていた。

 鞄の中身を机に移す。

「やっぱ凄ぇよな、能力者って! 炎出したり水出したり、テレポートとかマジで便利じゃん! 俺見に行ったんだけど、あのめちゃくちゃ固くて分厚い壁に、貫通直前の傷入れるなんてさぁ、どうやったんだろうな! 本っ当、人間業じゃねぇよな!」

「そうだな。」

「いいなぁ~、俺も能力者になりてぇ~。」

 いろいろと大変だから止めとけ―――青尉は言葉を飲み込んだ。辰生ならば、能力者になっても上手くやっていけそうだ。

 代わりに、

「後天性で突発的に出ることもあんだから―――あるらしいから、可能性は無いわけじゃないだろ。」

「そうだよな! あー、どうにかして、能力者になりてぇなー! どうすりゃいいんだろうな!」

 人間に能力が発現するメカニズムは、いくつか仮説はあるものの、まだ完璧には解明されていない―――と、以前 辰生自身が語っていたじゃないか。

 青尉は肩を竦めてそっぽを向いた。

 再びチャイムが鳴り、担任の神島かしま先生が入ってくる。

「起立、きをつけ、礼」

 やる気のない号令にまばらな挨拶が飛ぶ。

「はい、おはよう。今日の欠席は・・・」

 神島先生は教室を見回し、青尉のところで一瞬目を止めて、

「・・・無しだな。」

 と呟くように言った。

 授業変更がどうとか、委員会がなんだとか、そんなような連絡を簡単に済ませ、神島先生は最後にもう一度青尉を見た。今度は、ばっちり、指差すように。

「刀堂、昼休みに職員室へ来い。」

「・・・うーっす。」

 何やったんだ? と言いたげな目で辰生が青尉を見たのだが、青尉はそれを完全に黙殺した。


☆3


 昼休み。

 「何やったんだよ少尉~!」と、しつこく聞いてくる辰生を適当にはぐらかして、青尉は教室を出た。職員室も遠い。早く行ってさっさと帰ってこないと、弁当を食べる時間が無くなってしまう。

 職員室に行くと、学年主任の杜本もりもとと神島先生が怖い顔で青尉を待っていた。

「来たか、刀堂。・・・まぁ、座れ。」

 簡素な丸椅子を勧められ、大人しく腰掛ける。担任が背後で仁王の立ち姿を真似た。

「―――さて、」

「昨日の夜は家でゲームやってました。」

 先手必勝。青尉は無駄と知りつつそれを実践し、ふてぶてしい態度で杜本先生に向き合った。

 杜本先生はメガネの向こうの意外につぶらな瞳を光らせ、ため息をついた。

「あのな、あのあと誰が応戦したと思ってる? 防犯カメラの映像も残ってるんだ。正直に言うのが身のためだぞ。」

 青尉は人を小馬鹿にしたような仕草で肩をすくめ、開き直った。

「正当防衛ですよ。勧誘があまりにもしつこかったから、はっきりお断りしたんです。そしたら向こうが襲ってきたから、自分の身を守った。ただそれだけのことです。」

「学校の塀にあんな傷まで付けといて、“ただそれだけのこと”か?」

「不可抗力です。死体が残ってるのとどっちが良かったですか?」

 皮肉げに笑うと、杜本先生はしばし押し黙った。それから、絞り出すように言う。

「・・・いつまでも独り身でいるから悪いんだよ。」

「だから、『賢老君主』」―――――――『賢老君主』この街に支部を持つ7大異能力者集団の1つだ。その名の通り、“賢く”て“老獪”な連中が好んで集まっている。“先生”と呼称される奴らはだいたい、ここに入っているのではなかろうか。頭でっかちだが、それなりに強い一団ではある―――――――「に、入れ、と?」

「君の身の安全は保証する。他の輩どもに手出しなんかさせないぞ。」

「聞き飽きましたよ、その文句。」

 話は終わりですか? とそっぽを向きながら言った青尉。

 杜本先生は相変わらずの素っ気なさに歯噛みした。何度勧誘しても、餌をちらつかせても、頑として首を縦に振らない。彼の異能力と運動神経が融合した一騎当千の武力は、組織にとって必要なものだ。『賢老君主』だけじゃない、彼のことを知っている組織はどこも狙っている。

「・・・壁の修理費は持ってやる。」

「校長先生が、ですね? 有難うございます、とお伝えください。」

 言外に、『賢老君主』に恩を着ることは無い、という断固たる意思を込めて、青尉はかるく頭を下げた。

 杜本先生は苦笑した。本当に、一筋縄ではいかない生徒である。組織に守られた能力者たちが蔓延るこの世界で、どこまで一匹狼を貫き通せるのか―――正直、見ものだ。

 青尉が席を立って、背を向けた時、杜本先生の老婆心がふと余計な言葉を呟かせた。

「気を付けろよ。」

「・・・何に、ですか?」

 杜本先生の口調に深刻さを感じて、青尉は振り返った。大きな黒縁メガネがきらりと光る。学校ではあまり見せない、能力者の目になっていた―――常識を忘れた、戦闘を望む目。

「最近、上位組織同士のぶつかり合いが激しくなってきている。それにつられて、配下組織の小競り合いも急増しつつある。そのうち大きな抗争が起きるだろう。・・・お前も他人事じゃないぞ、有名人。」

 まぁ、巻き込まれたところでお前じゃ大丈夫だろうけどな―――目の輝きを和らげた杜本先生に対し、青尉は不敵に笑って、今度はしっかりと頭を下げて感謝を現した。

 

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