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第三夜-3


☆刀堂家の母


「ちょっと、これ、どういうことよ!」

 午後4時になる少し前。刀堂家の玄関が、壊れる1歩手前の音を立てて開かれ、1人の女性が飛び込んできた。

 今日の夕飯をどうしようかと台所にいた黄佐きすけは、ものすごい剣幕の女性の声にびくりとした。―――あれ、俺、また誰か女の子を怒らせちゃったかな? 何が原因だろう・・・気を付けてはいるんだけどな。

 考えながら台所を出て、「はーい、どちらさまで―――」玄関を覗いたところで、硬直する。

 そこに仁王立ちしていたのは、数年ぶりに見るが、忘れようもないその人だった。長くて真っ直ぐな黒髪。サングラスの下から現れた、ハッキリした二重の大きい目。瞳は黒曜石の如く煌き、その人の心中が怒りにまみれていることを表している。背はそれほど高くない。体形は気遣っているのか、数年前とまったく変わっていなかった。服装にもかなり気を遣っていることが窺える。化粧は濃い目だが、年齢を鑑みれば相応、いやむしろ薄いくらいだろう。30代後半のような若々しさを保っているが、黄佐は彼女の実年齢が50代前半であることを知っている。

そう、彼女は紛れもなく―――

「―――母さん?」

 黄佐たち3兄弟の、母だった。

刀堂 ゆかり。10年ほど前から別居しているが、離婚はしていない。見解の相違と仕事の都合を考慮した結果、そうなったのである。超売れっ子劇作家として、各方面で活躍している。テレビに出ることはないが、芸能界との繋がりは強く、社会的にそれなりの地位を持っている人物である。

「どうしてここに・・・」

 呆然とする黄佐を気にも留めず、紫はさっさと家に上がると、彼に詰め寄って髪を掴んだ。

「いてっ、」

「黄佐! あんたまだ金髪のままなの?! 不良みたいだから止めなさいって何度も言ってるでしょう? まったく・・・何を考えているんだか。そんな子に育てたつもりはないわ、って何回目かしらそう言うの! いい加減にしなさい、せっかく綺麗な黒髪だったのに、もったい無い事この上ないわ! 毛先もこんなに傷んじゃって・・・ちゃんと手入れしてるの?!」

「いてて、ちょ、母さん、母さんっ!」

「なあに?! 何か文句があるなら―――」

「しーっ。」来るなり怒鳴り散らす母に、黄佐は必死で静かにするように頼みこんだ。「上で青尉が寝てるんだ。起きちゃうから、もう少し音量下げて、お願い。」

「・・・。」紫はたいそう不服そうに金髪を放すと、嘆息した。「そう、それよ。私がここへ来た理由は。」

「へ? どれ?」

 紫は、涙目になって髪をさする黄佐を無視して、リビングに入ると、「やだ、何でこんなに散らかってるわけ?」と文句を言いながらソファーに座った。

「青尉が能力者になったのは聞いたけどね。それがこんな酷い怪我をする原因になるとは聞いてないわよ。どういうことか、きちんと説明なさい。」

「え? 母さん、どうしてそのことを?」

 アカウントが無くても見られる動画サイトには、ビルの上から撮影したものしかなく、個人を特定することなど到底できないはずなだ。―――・・・もしかして、ニヤ動のやつがどこかに転載されたのかな?

「動画を見たわ。イヤッフーで特集されてたのよ。」

「え、嘘! イヤッフーで?!」

「本当よ。誰だか知らないけど、ずいぶん近くで巻き込まれた人が撮ってたみたいね。顔までばっちり映ってたわ。肖像権とかプライバシーとかってものは、一体全体どうなっちゃったのかしら。少しは気遣ってくれてもいいと思うけど。まったく、人の迷惑なんて何にも考えていないんだから、困っちゃうわ。それにしても、あの赤メッシュめ。身元調べてぶちのめしてしまいたい! うちの可愛い息子を、あんなに無造作に蹴るなんて! 許せないわよ本当に! 同じ目に遭わすくらいじゃまだ足りないわ! 百倍くらいにして返してやりたいわよ! ああでも、青尉は頑張ってたわね。良い男になってきたじゃない。お母さん安心したわーまともに育ってくれたみたいで。こんな男3人衆に任せきりにするのは正直ちょっと、いやかなり不安だったけど、良かったわ、無事にちゃんと成長してくれて。もしも青尉があんたみたいな金髪になってたり、朱将あけまさみたいな無愛想な奴になってたり、軍武いさむみたいなちゃらんぽらんになってたら、私は迷わずこの家に火ぃ点けて青尉だけ連れ去ってたわ。」

「あー、良かったー青尉がちゃんと成長してくれて。助かったよ。火を点けられちゃあ敵わないからね。赤メッシュに全力でやり返したいってのには、一も二もなく賛同するけど。はい、お茶どうぞ。」

 黄佐は飄々と言い返しながらテーブルに湯飲みを置き、ソファーの横に胡坐をかいた。

「あら、相変わらず気が利くわね。」と、紫はお茶を一口。「こんな調子で女の子誑しこんでるわけ? あんまりやりすぎると、そのうち背後から刺されるわよ。気をつけなさい。」

「肝に銘じておくよ。ま、誑しこんでなんかいないけどね。」

「よく言うわ。ふった女の子から呪いの手紙とか受け取ってたくせに。」

「いつの話だよそれ・・・。母さんの方こそ、お年頃の独身男性に、あんまり気を持たせるようなフリしちゃダメだよ。男なんていくつになっても野獣なんだからさ。最初から相手にしないでおくか、せめて指輪を着けておくとか、そういうことしておかないと。時々見るよ? 母さんのスキャンダル。母さんにその気がないのは分かってるけど、だんだん相手の人が可哀想になってくるね。今日もここに来るまでに誰かにつけられたりしなかった? 母さんの仕事に影響が出るかどうかはどうでもいいけど、母さんと青尉のつながりが世間に知られたら、いろいろ面倒なことになるんじゃない? ただでさえ思いがけず目立っちゃってるんだから、これ以上青尉の心労を増やすような事態にはしないでよ、頼むから。」

「わかってるわよ。あんたもなかなか言うようになったわね。」

「母さんの子ですから。こればっかりは遺伝だね。」

 にこやかに言った黄佐を、紫は思い切り睨みつけて言った。「・・・はぁ、もう、こんな雑談をしてる場合じゃなかったわ。用件はさっき言った通りよ。どうして青尉があんな目に遭ってるわけ?」

 黄佐はひょいと肩を竦めた。「それが、よく分かんないんだよね。」

「分かんないって何よ。そんな中途半端な答えで私が納得するとでも思ってるわけ? だとしたらあんたも相当な甘ちゃんね。成人してるんだから、もう少ししゃきっとしなさい。私が家族のことを任せきってるのは、あんた達を信頼してのことよ? 分かってる? 大切な弟のためを思うなら、寝る間も惜しんで調べなさいよ。」

「もちろん、そうしたさ。でもねー、全然分からないんだよ、これが。」黄佐は伸びをして、弱った笑みを浮かべた。「―――とりあえず、現時点で分かってることは、青尉がどーも“最強の能力者”ってのに近い存在であるらしい、ってことだけ。それを狙って、過激派組織の連中が集まり出してるんだよ。反対に、『stardust・factory』っていう・・・ニュース見た? 警察の一部になった能力者組織なんだけど、そこは、青尉を保護したい、って言ってきてるんだ。たぶん、“最強”が敵の組織に渡っちゃうのが嫌なんだろうね。そんな感じだよ。なんで“最強”って言われるのか、その理由は分からない。調べてみたにはみたんだけど、能力者関連のページって、だいたいが一見さんお断りの会員制でさー。論文とかも、そもそもまず、研究自体ろくに進んでないし、基本的に公表されてる情報が少なすぎるんだよね。能力を調べる能力とかがあれば簡単に分かるんだろうけど、そんなのが都合よくあるとも思えないし。」

「ふぅん、そう・・・。」ゆったりと頷き、黄佐の上を行く連射性能を持つマシンガンが沈黙した。

 黄佐は少々怯えてしまう。―――母さんが黙る時、っていうのは、何か良からぬことを考えている時か、感情が爆発する一歩手前の時・・・。さりげなく、母の手の届く範囲に何か投げる物がないか確認しつつ、何が飛んで来ても迎撃できるような態勢を整える。―――一番の強敵はお茶かな。

「・・・黄佐。」

「あっ、はいっ。」

 挙動不審な黄佐を、紫は睨むように見た。

「私の方でもいろいろ調べてみるわ。何か分かったら、お互いすぐに連絡するようにしましょう。いいわね。」

「・・・・・・。」

 予想外の簡潔な命令に、黄佐はぽかんとした。『俺は無意識のうちにお茶に毒でも入れてしまったのだろうか』と考えてしまったほどびっくりした。

 不機嫌そうに紫が催促する。「返事。」

「―――あっ、はい!」

「よろしい。」紫は鷹揚に頷いて、黄佐の頭に手を置いた。「それから、いい? 私はさっき、弟のためを思うなら全力で、って言ったけど、黄佐は自分の身も守らなきゃ駄目よ。青尉にも、朱将にも、言っておいて。私は戦えないけど、子供を守るために取れる手段はいくつでもあるし、例えそれがどんな手段であっても実行できる覚悟があるわ。仕事に私情を挟まないのが私の主義だけど、私の主義なんかよりあんた達の方が重要よ。軍武だって同じ考えよ、きっと。あんた達はいくつになっても私の子供なんだから、いざとなったら―――いや、いざとなる前に、親を頼りなさい。分かった?」

 黄佐は呆気にとられて、しばし言葉を失っていた。―――似たような台詞を最近聞いた気がする・・・あぁ、あの時か。青尉の学校の先生に向かって、同じようなことを自分で言ったんだっけ。思い出して、微笑みが浮かんでくる。少し照れくさいのを我慢して、黄佐は素直に頷いた。

「うん。ありがとう、母さん。」

 親にとって、子供は一生子供のままだ。図体はでかくなってしまったが、あどけなく笑ったその顔は、記憶の中にある小さい頃のものとなんら変わっていない。変わったのは髪の色くらいだ。紫は何も言わずに黄佐の髪を撫でて、ふと―――何でこの子は髪を染めたりしたのかしら―――と、思い、そのまま鷲掴みにした。

「痛い!」

「どうしてあんたは髪を染めたりしたの! それだから、“御ノ道高校唯一にして最大の汚点”なんて呼ばれるのよ! まったく・・・調子に乗ってチャラチャラしてんじゃないわよ。いい、次に私が来る時までにきちんと染め直しておきなさい!」

「え、それはちょっと、勘弁してくれないかな。金髪はもう俺のアイデンティティの一部になっちゃってるし。」

「そんな薄っぺらいアイデンティティなんてあっても無くても同じよ。そもそも、髪の色で個性を確立させようってその意識が軟弱すぎるわ。いっぺん、お寺で修行でも積んできたらどう? ちょうどいいわ、ついでに煩悩も払ってもらいなさい。」

「俺に丸刈りは似合わないと思うなー。煩悩だって、除夜の鐘だけで充分だよ。」

「ろくに聞きもしないで寝ちゃうくせに?」

「・・・ええと、」

 ヤバい、事実だ、反論できない・・・―――言葉に詰まった(ジャムった)黄佐に容赦なく追撃が加えられる。連射機能で母に負けた彼は、酷いよオーバーキルだ! と心中で叫びながらも刃向えず、朱将が帰ってくるまで、延々と金髪についてなじられ続けたのだった。


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