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第二夜-7

 

 まったくもって、意味がわからない展開である。青尉は思わずバックを取り落とした。どうして『stardust・factory』の山瀬が、朱将の前でカーペットに直接正座をしている?

「お前っ、何でウチに―――」普通に驚いた青尉だったが、すぐに気を取り直して言った。「―――とりあえず、一発殴っていいか?」

 山瀬はその巨体を縮めて、青尉を見上げた。

「それはどうか勘弁してくれるか。もう既に、君のご家族から一発ずつ殴られているのでね。」と、山瀬は赤く腫れ上がった頬をさすって小声になる。「・・・久々だよ、一般人に殴られてしばらく起き上がれなかったのは。」

 本気で落ち込んでいるような様子の山瀬を見て、毒気を抜かれたらしい。青尉は、「あ、そ、ご愁傷様。」と冷たく言って、その場に腰を下ろした。

「それで、何でいんの?」

「青尉が家を出た20分後くらいに、訪ねてきたんだよ。」黄佐が答えた。「『stardust・factory』の山瀬だっていうから、昨日のことを確認して、朱兄ぃと一発ずつ殴ったら伸びちゃって。ようやく起き上がったと思ったら、何か爆破テロが起きてて青尉がそれに巻き込まれているって言うから、よーし、もう一発殴ろうか、って考えているところに父さんが起きてきてさ、それで、」

「黄佐。」息継ぎの瞬間に朱将が待ったを掛けた。「説明は俺がするから、先に手当てしてやれ。」

「アイサー! んじゃ青尉、上脱いで。」

「うん。それで・・・」―――青尉はボロボロになった学ランを脱ぎ―――「ええと・・・結局さぁ・・・」―――ワイシャツと下着とを丸めて床に投げた。たくさんの生傷と、バランスのよい筋肉がついた上半身が露になる。ガラス片は思っているより鋭いもので、いくつかは肌に食い込んだまま残っていた。蹴られた腹にも爪先の跡が丸く残り、赤く腫れている。額から流れ出た血が、こびり付いて固まっていた。中でも一番酷いのは左腕だった。打撃を受けた場所を中心に、裂傷が渦を巻いて深々と残っている。―――「何で、山瀬・・・さんが、ここにいるんだ?」

 青尉の怪我を見て目元を険しくさせていた朱将は、自分がどこまで話したかを忘れて呆けた声を出した。

「あぁー・・・どこまで話した?」

 応急処置を始めた黄佐が冷静に答える。「父さんが起きてきたとこだよ。」

「そこか。ええとじゃあ・・・親父が起きてきて、昨日の夜からのことを事細かに話して聞かせたんだ。したら、問答無用でコイツをぶん殴って、その拍子に気持ち悪くして吐き出したもんで、それを始末して、もう一回伸びたコイツが起きるのを待ってたんだよ。で、起きたのが3分前くらい。そしたらコイツが“青尉はきっと救急車に乗ってそのまま病院に行くだろう”とか言うし、それよりも俺らに話があるらしいから、じゃあその話を聞いてやろうって思ってたところに、青尉が帰ってきたんだ。」

「ふぅん、なるほど。―――っぃ、てぇっ!」事態を理解し頷いた青尉が、傷口に染み込んだ消毒液に驚いて叫んだ。

「がまんがっまん~。」

 黄佐はおちゃらけた口調で言うが、目は真剣に患部を診ている。―――チャラいナリしてても、さすがに医者の卵だな。朱将は少し感心して、視線を山瀬へと戻した。

「で、話ってのは?」

「・・・はぁ、ようやく話せるのか。」山瀬はうんざりとした声音で呟いた。―――冷遇されるのは覚悟していたが、まさか、まともに話し始めるまでに3度も殴られるとは思わなかったな。

 正座を胡座に組み換えて、山瀬は話を始めた。

「私がここへ来たのは他でもない。刀堂くん・・・青尉くんに、協力を要請するためだ。」

「協力?」朱将が代表して聞き返す。

「あぁ。」

「何のための。」

「能力者たちを統制するための、だ。青尉くんは先ほど佐久良から聞いたかと思うが、2029年1月21日本日付で、我々『stardust・factory』は警察の麾下きかになった。『マッド=コンクェスト』や『橋留工業組合』のような、過激派と称される能力者組織の取締りや、異能力が関係するトラブルの解決を手助けするのが主な目的だ。何せ、警察の部隊では能力者の制圧は無理だからな。」と、山瀬は小馬鹿にしたように肩をすくめた。「たとえ自衛隊が出てこようと、組織を丸々1つ潰すのは難しいな。おそらく、青尉くん1人止められないだろう。」

 話に出た青尉はつい、自分が自衛隊と戦う姿を想像してしまった―――銃弾は全部防げるだろ。戦車はどうにかできる。ヘリ、は少しキツいか? いや、プロペラに届けばいけるな。戦闘艇は近付ければいける。となると、一番厄介なのは戦闘機だけど・・・。―――あぁ、確かに、能力者を相手にするよりは楽だな、と思った。

「今回の決定では、試験的に、一番テロ被害の多いこの県の県警の麾下につくことになった。実用性が認められたらすぐにでも、全国規模での運用が始まるだろう。」

 山瀬はそこで反応を窺うように言葉を切った。

「・・・それで?」仕方がないなと言いたげな雰囲気を滲ませて、朱将が促した。「それと青尉に何の関係がある?」

「青尉くんには、その一員になってもらいたい。」

 3人とも黙って山瀬を見た。口にしなくとも目が語る―――またその話か、と。

 山瀬はまったく怯まなかった。

「どんなに強い能力であっても、あの人数の能力者テロリスト達を1人で制圧することなどは、本来は不可能なのだ。いろいろと・・・」山瀬はふいに言葉を濁した。「・・・訳あって。私にだってそんな芸当は出来ない。けれど、君はやってしまった。そしてそのことは、世界中に知られてしまった。見てみろ。」と、山瀬はスマートフォンを操作して、3兄弟の前に突き出した。

 いち早く事態を理解した黄佐が、「うわ・・・四ツ葉動画に載せられちゃったか。これはヤバいなー・・・。」と、冷や汗を滲ませた声で言った。

 ビルの上から撮っていたもののようだ。安全圏にいる人特有の呑気な感想が時折聞こえる。ネックウォーマーで顔を隠した人物がコンビニへと吹っ飛ばされ、悲鳴が上がった。青尉は自分がコンビニに突っ込んだ瞬間の映像を客観的に見て、目を逸らした。思い出すだけで身体中が痛くなる。

 山瀬はスマートフォンを懐にしまった。

「これから今以上に、君の周りを組織が彷徨うろつくだろう。7大組織である『賢老君主』や『マッド=コンクェスト』も、本部の連中が本腰を入れてくる。残りの5つ、この県に支部を持たない組織もやってくるだろうな。特に研究組織が、血眼になって君を引き入れようとしてくるだろう。」

 またも、真っ先に反応したのは黄佐だった。「研究組織?」

「あぁ。基本どの組織も、“最強の能力者になる術”を求めてはいるのだが、中でも7大組織の1つ『ユウレカ』―――そこを筆頭にした、あらゆる研究組織は特に必死になって探している。・・・そして青尉くんは、現時点でそれを持っている可能性が一番高い。」

「待って、なんで青尉が? シャーシンの変形ってそんなに珍しいの? それに研究組織って・・・入ったが最後じゃないか!」

 黄佐が悲痛に叫んだ。山瀬は黄佐を一瞥し、我が意を得たりと言いたげに力強く頷いた。

「そうだ。だからこその私たちだ。私たちは別に、“最強の能力者”などに興味はない。そして、国家権力を味方に付けた私たちには、7大組織でも手出しは出来ない。」

 山瀬が青尉の方に向き直った。切れ長な目の奥の鋭い光が青尉を捉える。

「互いのメリットを考えてみろ。我々は一騎当千のエースアタッカーを手に入れる。君は、自分の身を―――そして、大切な家族や友人を、守る盾を手に入れる。」

「っ・・・」―――青尉は息を吸って、長らく保っていた沈黙を自ら破った―――「・・・なんだって?」

「『マッド=コンクェスト』や『ユウレカ』・・・どちらも過激派で、目的のためなら手段を選ばない奴らだ。確かに、君ならば1人でも奴らを撃退することは容易いだろう。だけど、いや、だからこそ、だ。」山瀬は一旦言葉を切って、充分な間を取ってから言った。「奴らは、一般人である君の家族や、友人に、狙いを定めるだろうな。」

「・・・・・・。」

 当然のように導き出された推論は、青尉の耳にどろりとこびりついて体内に侵入すると、脳味噌にまとわりついて隅々にまで染み込んでいく。

 もちろん、その可能性は青尉も考えていた。理由は分からないが、ここまで執拗に狙われ襲われ続けたら、そのうち自分だけの問題じゃなくなるだろうという危機感は当然出てくる。青尉だけじゃない。黄佐も朱将も、いつか自分が青尉の足枷になるかもしれないと、考えてはいた―――が、誰もその危険を指摘しないで、見ない振りをしてきた。指摘したところで打開策は無いのだから。それこそ青尉が、敵を完全に殲滅するか、どこかの組織に入るかしない限り、どうにもならないことを知っていて、3人は3人とも気づかないふりをしてきた。

 それが今ここで、他人やませによって、明るみにされてしまった。先延ばしにし続けてきた懸案事項を目の前に突き付けられてしまった。

 山瀬は飄々と尋ねた。

「どうする? 悪い取引ではないと思うのだが。」

「―――・・・青尉。」山瀬を無視して朱将が青尉へ言った。「俺らのことを気にするなとは言えない。俺らが、お前の足手まといになるのは分かりきっているからな。」

「朱兄・・・。」

「けど、俺らのために、お前が自分の意志を殺すことはない。メリットとデメリット、お前がこれからどうしたいか、どうなりたいのか、どうなってほしいのか・・・よく考えて決めればいい。」そう言ってから、朱将は山瀬を見下ろした。「何も、今すぐ結論を出さなきゃいけないってわけじゃないんだろう?」

「いや、早ければ早い方が―――」

「半端な覚悟の戦士ほど使えねぇ奴はねぇもんなぁ。」

 異論を正論に封じられ、山瀬は不承不承頷いた。「・・・まぁな。」

「それに、まだ聞いてないことが1つある。」

「・・・?」

「青尉が狙われる本当の理由って、何だ?」

 朱将の据わった目を、山瀬は真正面から見返した。

「青尉が“最強の能力者”に一番近いとされる理由ってのは、いったい何なんだ? まだそれを教えてもらってないぞ。」

「・・・情報は商品だ。商品が欲しくば相応の対価を支払え。」

「お前いままで散々しゃべってたじゃねぇか、頼みもしてねぇのに。」

「今回のテロを制圧して、被害を最小限に留めてくれた礼だ。あとは、青尉くんを引き入れるための必要経費だな。」

「ふぅん―――対価、か・・・。」と、朱将は唐突に殺気を纏わせた笑みを浮かべる。部屋の空気が早朝の山奥のように凍り付いた。「なぁ、“未来の自分の安全”を買う気はないか?」

「・・・へぇ、」言葉の意味を理解し山瀬も似たような笑みを浮かべた。「私を脅しているのか? 面白い。受けてたとう―――と、言いたいところだが。」

 まるで計ったようなタイミングで、山瀬のスマートフォンが着信音を歌い出した。山瀬はそれを片手に立ち上がる。「時間切れだ。青尉くん、決意が固まったら電話してくれ。いつでも構わないよ。色好い返事を待っている。」青尉に名刺を渡すと、勝手に家を出ていった。

 

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