第二夜-6
☆6
しばらく突っ立っていた青尉は、はたと思い出して振り返った。―――っと、その前に・・・―――思い立って、いまだに録画を続けている男に殺気を込めた眼差しをくれる。「ひぃっ!」と小さな悲鳴をあげて怯んだ男は、すぐさまカメラを切った。―――本当は、データも消去してほしいところなんだけどな・・・。―――さすがにそれを強要したら反感を買う。それに、もうこれだけ派手に戦闘してしまったら、たった1人のデータを消したところで大した意味は無いだろう。そう結論付け、青尉はそれ以上その男に対して何もしなかった。
座り込んだまま呆然としている女子2人に向かって尋ねる。
「・・・で、大丈夫か?」
2人は青尉の問いに呆然としたまましばらく何も答えられなかった。―――当然だ。まず、非日常的なテロ事件に巻き込まれたということから信じられない。それで動揺していたところに、同級生の男子が犯人たちと死闘を繰り広げながら突っ込んできて、さらに唖然とさせられた。その上その彼が、明らかに自分たちより酷い怪我を負っているのにも関わらず平然とこちらを気遣っているのだから、驚愕もひとしおである。
黙り込む2人を不審げに見遣り、小さく首を傾げた青尉。―――やっぱり、どっか酷い怪我してんのかな。それとも、トラウマっぽくなったか? どちらにしろ大変だな。早く救急車を・・・。
けたたましさを増しつつあるサイレンを聞き分けるように、外へと首を巡らした青尉を見上げ、やっと我に返った望月 詩桜里―――青尉のクラスメートで、学級委員を務める、抜群に気の強い女子―――が、本来の言葉遣いを思い出した。
「刀堂っ!」―――名前を呼ばれて振り返った青尉に指先を突き付ける―――「あんた、ヒトの心配なんかしてる場合?! どう見たって、あんたの方が重傷でしょ! 腕も顔も、血だらけじゃない! 何やってんのよ本当にもうっ!」
「おっ、おう・・・悪ぃ・・・。」
望月の剣幕に圧されて、戦っている最中は一度もしなかった後退りをする青尉。
望月は溜め息とともに首を振った。「あんた、やけに平然としてるけどさぁ、痛くないの?」
「え、いや、相当痛いけど。」
「は? じゃあ何でそんな平気な顔して突っ立ってるわけ? ほんっと意味わかんない。Mなの?」
「はぁっ? 違ぇよっ! んなわけあるかっ。」唐突にあらぬ嫌疑を掛けられ、青尉は慌てて否定した。「そりゃ、あちこち痛いけど・・・こんなところで倒れるわけにはいかないだろ。」
「倒れればいいじゃない。救急車が病院まで運んでくれるわよ。」
当たり前のことをなんてことないように言った望月に対して、青尉は複雑な表情を隠さなかった。そんな簡単に事が運んでくれるなら、非常に楽なんだけどな・・・。―――顔を背け、絞り出すように言う。
「・・・俺の場合、救急車に乗ったら何処に連れて行かれるか分かんねぇんだよ。」
「はぁ?」望月は思いっきり顔を顰めた。
余計な口を滑らせた、と、青尉は髪を掻き、中に埋もれていたガラスの破片に指先を切られて舌を打った。
その時、
「あ、刀堂さん!」
不意に、背後から真面目そうな声がした。「こちら、佐久良。駅前コンビニ内で刀堂青尉を発見。保護します。」真剣な表情で通信機に向かいそう言った彼女は、次の瞬間作り物らしい笑顔を浮かべて壊れた自動ドアをくぐる。
「おはようございます刀堂さん。昨晩は失礼いたしました。それにしても、災難でしたね。朝からテロに巻き込まれてしまうとは。」
「・・・なんであんたがここにいるんだよ。」青尉はあからさまな渋面になって聞いた。―――『stardust・factory』・・・警察が来るなら分かるが、どうして能力者組織の奴がここに?
佐久良は至って泰然とした態度で、すんなりと答えた。
「我々『stardust・factory』は、本日付で日本警察の麾下となったのです。」
「・・・へぇ。」
「まだ試験段階ですけどね。正式発表は本日10時の予定でしたが・・・このような事件が起きてしまった所為で、発表前に出動することになったのです。」
「じゃあもうちょい早く来いよ。」
「仕方がないでしょう、上が渋ったのです。まぁ、そんなことはさておいてですね、」と、佐久良は青尉の左腕を覗き込んだ。「・・・酷い怪我ですね。大丈夫ですか?」
「大丈夫なように見えるか?」
「いいえ、まったく。」佐久良はきっぱりと首を横に振った。じゃあ聞くな、と青尉は思った。
「本当に、無茶苦茶ですよね。1人で『マッド=コンクェスト』を相手取って、制圧までしてしまうなど、普通は不可能ですよ。いったい、どんなトリックを使ったのです?」
「別に。普通に戦っただけだ。」青尉は会話をぶった切るつもりで無愛想に言った。早くこの場を離れたい・・・嫌な予感がする。「それじゃあ。」と、佐久良の脇を抜けようとして、右腕を掴まれる。
「あ、待って下さい、刀堂さん! 今、救急車が来ますから―――」
「そんなもん誰が待つか。離せ。」青尉は佐久良の手を振り払い―――その拍子に大きくよろめいた。左腕をかばって体勢を変え、背中から商品棚にもたれかかる。「、っー・・・。」衝撃が傷に響き、思わず呻いてしまう。
佐久良は手のかかるやんちゃ坊主を前にしたように、大きな溜め息を吐いた。
「ほら、やっぱり、いくら刀堂さんでも限界が来ているのですよ。大人しく我々に従って下さい。そんなに警戒しなくとも、卑怯な真似は一切しませんよ。約束します。」
青尉は俯き、誰にも聞こえないように呟いた。「・・・昨日あんだけのことされて、信用なんかできるかっての。」
「はい?」案の定聞き逃して、佐久良が首を傾げる。「何か言いましたか、刀堂さん。」
「なんでもない。じゃあな。」
「あっ、ちょ、ちょっと・・・!」
再度腕を掴もうとした佐久良の手をさらっと躱し、今度こそ、青尉はコンビニからの脱出に成功する。追いすがってきた佐久良を適当にいなしながら、自転車を回収し、飛び乗った。―――片手で行けるかな。あー、ちょっと危険か? などと思いつつ、あっという間にバランスを掴み、いつもとほぼ変わらない速度で走り出す。
「刀堂さぁーんっ!」
背後で叫んだ佐久良の声は、しかと青尉の耳にまで届いていたが、青尉はその声を『喧騒に埋もれて聞こえなかった』ということにして、構わずに走り去った。
☆7
片手運転に疲れてきて、途中から歩いて帰ってきた青尉。
「ただいま。」ドアを開けながら中に向かって言うと、
「ほれ見ろ! やっぱり帰ってきた!」―――黄佐がリビングで誰かに向かって勝ち誇った声で言ってから、顔を出した―――「おかえり、青尉! うっわぁ、酷い怪我だねぇ。」
「ただいま・・・誰かいるの?」
「まぁおいでよ。手当しながら話すから。」
青尉は不審に思いながらも黄佐の手招きに応じて家に上がった。
リビングに入ると、ソファーには朱将が腕を組んで座っていて、その向かいには、
「やぁ、青尉くん、昨日ぶりだな。佐久良たちを振り切ってきたのか。」
と弱々しく苦笑いをする山瀬が正座していた。




