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祝福のつもり

これにてひと段落。

 ふと、目が覚めた。

 目の前にあったのは屋根。目覚めてその先に屋根があったのはいつぶりだろう?

 久しぶり過ぎてなんだか変な感じしかしない。


 体を起こすと丹色に被せられていたらしい白い布が落ちた。

 取り敢えず立ち上がって伸びをしてみる。

 特に何も変わらない。

 着ていた白いワンピースだって擦り切れてボロボロなままだし手足の細かい傷は数え切れないほど。

 それに左目には何も映らないまま。


 ただ、足についていた鎖が、なくなっていた。

 あれ、可笑しいな、と思う。あの鍵を持っているのは村長さんで、だから村長さんに会わないことには外してもらえなくて、でも村長さんは村に帰って来るなって言ってて。

 丹色が村を(・・・・・)焼いたから(・・・・・)だから、この村にはいないで欲しいと。目が赤いからこの村にいないでくれと。目が赤いのは忌み子の証だから、と。忌み子は不幸をもたらすから。と。

 様々な理由をつけられて追い出されて。


 それに何より


「……ベニ、何処?」


 此処には紅緋がいない。



 周りを見回せば窓が一つと反対側に扉があった。

 迷いなく窓にへばりつく。

 足にいつもなら絡みつく筈の鎖がなくて何だか可笑しな感じがした。


 窓の外には畑があった。畑の奥には森があった。

 きっとあの森は丹色と紅緋がいたところ。


 ーーー帰らなきゃ。


 窓には硝子。邪魔だと思ったから手を振り上げて叩きつけようとする。

 扉から出るなんて考えは元よりなかった。





「やめなさい」

「……村長さん」


 手を叩きつけようとして、止められた。

 後ろを振り返れば、其処にいたのは髪に黒いものの混じり始めた初老の男性。


 丹色を、焼けて何もなくなった村から連れ出し、そして森に送り、蛇を見守るように言いつけた人。



「シーニィが、お前を連れてきた。……お前が、蛇を目覚めさせた本人だと」


 丹色は、別にこの人が嫌いではない。けれど好きなわけではない。

 感謝はしている。森に送ってくれたおかげで紅緋に出会えたのだから。



「そうだよ」


 丹色は小さく答えた。

 彼は小さく溜息を吐いて尋ねる。

 どうして目覚めさせたのか。と。


 丹色は答えなかった。話したかっただけだけれど、目覚めさせた理由は、何故だかそうじゃない気がしたから。



「私は、どうやら間違えてしまったらしい。お前を森にやったことも。シーニィに(お前)がもう死んだと教えたことも。全部」


 彼は手を額に当てた。

 丹色は半分だけの視界で彼を見ていた。

 後悔なんでしたって意味なんてないのに。後悔しようがしまいが戻ってやり直すことなんて出来やしないのだから。

 そう、思っていた。



「……知っているか。この館の裏手にはお前の墓があるのだ」


 丹色は少し、目を見開いた。


「シーニィのための、お前の墓だ」


 丹色は初めて、彼と目を合わせた。

 彼の顔は泣いているようで、それでいて泣いているようだった。


「お前を森にやった後、二度と帰ってくるな、と言ったあとの話だ。……目覚めたシーニィはお前を探したよ。必死で。可笑しくなってしまったかのように」


 丹色は黙ってそれを聞いていた。

 聞かなくちゃいけない気がした。


「それから、彼は蛇に恨みを抱いたよ。蛇と同じ色の目を持って生まれたせいで妹は虐げられたから、と。蛇さえいなければ妹は幸せになれたはずだ、と」


 それは違う、と叫びたかった。丹色は今十分幸せで。

 それに赤い目を持っていたおかげで丹色は紅緋に出会えたのだ。



「……お前には、理不尽さを恨む権利がある。その恨みが蛇を起こして世界を呑むことだったのかもしれない。……けれど。もう一度、考え直して欲しい。それだけを言いに来たのだよ」


 優しく優しく、けれどどうしようもなく間違ったことを彼は丹色に言って、部屋を出て行った。



 丹色は彼が出て行った扉をじっと、見ていた。


 丹色は別に理不尽さを恨んだことはない。もしかしたら遠い昔に恨んだかもしれないけれど、いまは別にそんなこと思っていない。



「ばか」


 自分の考えばっかり押し付けて本当のことなんて本当は聞く気もない村長さんに。


「ばか」


 勝手に勘違いして勝手に死んだことにして勝手に恨んだシーニィに。


「ばか」


 八つ当たりのようだけれど何にもしてないのに丹色に起こされただけで恨まれた紅緋に。


「ばか……ッ」


 そういうもの全てに向けて、何より何も言えず、何にも気付けず、何もできない自分に向けて。


 丹色は呟いた。

 そっと小さく、呟いた。




 ♦︎




 月が昇った。

 白くて、キラキラ。それは何処か眠っていた蛇の鱗を思わせた。


 縁起でもない、とシーニィは頭を振った。


 そして、森で見つけた蛇を起こした、と言った丹色のいる部屋の扉を開けた。


 丹色は座り込んで窓から空を見上げていたがシーニィが入ってくる音を聞いて其方を向いた。

 丹色はシーニィを確認するとにこりと笑う。


 シーニィはなんだかとても変な感じがした。なんだか、どうしようもない間違いを犯してしまったような、そんな気がする。こういう時ばかりはもうほとんど見えていない目が恨めしくてしょうがなかった。



「……来なさい」


 シーニィは丹色に手を差し出した。丹色は躊躇いなくその手を握る。


 シーニィはふと、死んでしまったと言い聞かされてきた妹のことを思う。


 そして、握られた手を暖かく思った。

 きっと、相手は自分の手を冷たく思っているのだろう。なんて。そんなことを思った。




 ♦︎




 蛇は、世界を呑むために神様が作った人に対する戒めで、あまりにも人の行いが目についた時目覚めて世界を呑む、という言い伝えがあるらしい。世界を呑むまで眠っていて、その眠っている蛇を見守るのがこの村の村長の仕事。

 だけど、何千年かに一度だけ。蛇を人の意思で目覚めさせることが可能な日があって。どうやら丹色は丁度その時に蛇の目覚めを願ってしまったらしい。


「故にお前は殺される。理解できたか?」


 座り込んだ丹色に剣を向けて村長さんは、少し悲しそうにそう言った。

 その少し後ろにはシーニィが控えている。


「何か言い残すことはあるか?」

「んとー。しーにぃにねぇ……」


 丹色はにこりと笑った。


「おにーちゃん。って」


 その瞬間、シーニィの目が見開かれ、丹色の目と合う。やっと目があった、なんて。そう思った。




 そして、剣は振り上げられて、そして酷くゆっくり。けれど確かに早く降ろされてくる。


 どうしても、思い出すのは紅緋のことばかり。誰かと過ごした時間と言っても一番短い筈なのに。



 もしも、丹色が紅緋に起きて欲しいと願わなければ丹色は死ななくてよかったのかな。

 ふと、そんなことを思った。きっとそれは正解。けれど。


 嗚呼、と思う。

 たとえ時を戻せたとして。

 きっと、きっと何度時を戻したとして、何度やり直したとしても。

 丹色は同じことを選び、同じことを繰り返すんだろうな、と。そう思う。


 だって。紅緋と一緒にいた時が一番、必要とされてる気がしたんだ。


 丹色は、目を閉じた。
























 けれど。いつまで経っても何も変わらない。

 丹色はそっと、目を開けた。

 そして驚く。


 いつかのように世界は色を失って、とても寂しく、そして全てが止まっていた。剣を振り上げたままの村長さん。こちらを信じられない、というような目で見ているシーニィ。


「……え?」


 どうして。



 ふと、ちらりと視界の隅にキラキラと輝く白が揺れた気がした。そして、そちらに目を向けると、其処には。



「丹色」


 ふんわりと、微かに、けれど確かにその美しい顔に笑みを乗せた紅緋。

 紅緋の笑顔なんて、初めてみる。



「ほら」


 そっと、彼はしゃがみこんで丹色に手を差し伸べる。


「ほら、すぐに私が必要になった」


 丹色は魅入られたかのようにその手に手を伸ばす。


「丹色には私がいなくては、駄目だろう?」


 丹色は、しゃがみこんだ紅緋と目を合わせるとその手を掴まずに紅緋の首元に何も言わずに腕を回した。


 まるで首をしめるように、抱きつくように、縋るように。

 その仕草は紅緋の言葉に対するこれ以上ない肯定。

 紅緋は満足そうに立ち上がった。



 途端、世界に色が戻る。

 剣を振り上げたままだった村長さんが狼狽えて此方をみる。

 シーニィは固まっていた。



 丹色はそっと、挨拶をするように右手を上げる。

 シーニィははっとしたように此方に手を伸ばした。そして丹色の名前を呼ぼうとして呼ぶ名前がなくて。



 そうしてるうちに、ざぁっ、と不自然な風が吹いて。

 目を覆えば。





 其処にはもう、丹色も紅緋もいなかった。




 ♦︎




 一番最初、紅緋が眠っていた黒い岩の上。丹色は座っていた。その横には紅緋。



「……ねぇベニ」


 紅緋は丹色の方を見た。

 丹色はにこり、と笑った。


「ニーロはね。ベニが今までなにしてきたかなんて知らないし、別に聞きたいわけじゃないの。だから、さ。ベニが話したくなったら。その時、話して?」


 ちょっと、紅緋は目を見開いた。



「それとね」


 丹色は黒い石の上に立つ。


「きっと、ニーロはベニより早く死ぬね。だから、さ。ニーロが死んだら、ニーロのこと、食べて頂戴?」


 そうしたら、いつでもずっと一緒にいられるよ。

 どうしようもなく、そう思った。


 きっと、ではない。生物として違うものなのだから。丹色は人で、紅緋は蛇。

 生きる時間が違うのは当たり前。

 それでも生きている時なら寄り添ってられる。けれど、死んでしまったら?


 丹色は死んだそのあと一人ぼっちになって、紅緋は取り残される。


 そんなの、嫌だった。




 そして丹色は問いかける。


「ねぇベニ。あの村で、ベニは嫌われていたの?」

「そういうわけではない。ただ……私は人の信じる祝福とは無縁なものなだけだ」


 紅緋は自嘲気味に笑った。


 それを見て、丹色は思いついたように紅緋の頭に手を伸ばし髪をかき分けた。


 そして露出させた額にそっと、くちづけた。


 丹色は笑う。



わたし(・・・)からベニに。

 祝福のつもり」





さて。本編はこれにて終了。

次はエピローグにございます。

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