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“ ” の名前と

所謂折り返し地点です。

起承転結で言うならば転に当たります。


それではどうぞ

 キラキラ綺麗でとっても素敵。そんな事を思って、下らないことをたくさん話して、綺麗な夕日を一緒に見て。

 それは全部、一人じゃできなかったこと。

 もしも、次目が覚めて、独りだったとしても。

 別に構わない。そう思える程に夢のようなことだった。できるなら覚めないで欲しい夢だけれど。夢は覚めてしまうから。


「ねぇベニ」


 いつも綺麗なものは綺麗だ、と一人で見ていたけれど。誰かと一緒ならもっと素敵。

 それが、好きな人ならば尚更。


「大好きよー」


 これはきっと、恋だの愛だの、そういうものではない。けれど丹色に区別なんてつかないから。

 知ってる言葉の中で最も相応しいものを、貴方に。と。

 そう笑った。


 それを聞いた後の紅緋の顔はどうしても思い出せなかった。倒れるようにして崩れてしまったせいもあるだろうし、逆光でよく見えなかったのもあるだろうから。


 でも、笑ってて欲しいな、と。丹色はそう、心から願った。




 ♦︎




 魔法。

 ーーー目の光と引き換えにあり得ない出来事を引き起こす技術。失われた光を取り戻す方法はまだ確立されていない。

 なお、使える魔法の系統は目の色で決まる。





 手に持っていた開いた本を閉じてはぁ、と溜息を吐いたのは初老の男性。

 彼は昔拾った養い子が蛇を恨み、それを殺すためにだんだんとその目を濁らせていることを知っていた。けれど、もうほとんど見えてないほどだなんて、思ってもみなかった。

 失った光をどうにか取り戻せないものかと調べては見たもののどうにも見つからない。

 彼はもう一度溜息を吐いた。



「頑張りますね。探したって出てきませんよ。光を戻す方法なんて」


 その姿を後ろから見つめて声を掛けたのは青年。

 もう、彼は諦めてしまったようで、必死になって目に光を取り戻す方法を探す男性を笑った。



「まだ、森に向かっていなかったのか」

「ええ。俺にも支度があるので。……それと、もし目覚めた蛇に会えば恐らく命はないでしょうから妹の墓参りに行ってました」


 青年は少し苦笑した。



「シーニィ、済まない」

「なんですか、急に名前なんて呼んで。それに急に謝ってくるし。なんか可笑しいですよ」


 シーニィと呼ばれた青年はもう一度、困ったように笑った。

 自分をそう呼んだのは確か、妹もだ。なんて思い出して、少し悲しくなる。


 彼の妹は、火に巻かれて死んだ。

 死体すら残らないほどだった。真っ白く輝く炎に巻かれて、何も残らなかったのだ。


「お前の……妹は……」

「助けられなかったこと、別に恨んでません。お墓まで作ってくれましたし」


 男性が何か言いかけたのを、シーニィは遮った。

 男性は遮られて困ったような顔をする。

 けれど、シーニィに、それは見えない。



「そういえば、俺の妹は、赤い目を持ってたんですよ」

「……知っている」

「そのせいで村では酷い扱いを受けてて。そのせいで、力を暴走させて」

「村を焼いた、のか?」

「そうです」


 シーニィは泣き笑いのような複雑そうな顔をした。


「だから、覚えててください」





 返事は、なかった。





 ♦︎




「んー。おはよー?」


 目を開けたら目の前に赤色が見えた。

 この赤色は丹色の好きな赤。紅緋の目の色。


「おはよう、ではないなろう。お前急に倒れて」


 睨みつけるようにして、言われた。

 でも確かに心配そうなその声を聞いて、へにゃりと顔が崩れることは見えなくてもわかる。

 なんでかわからないけれど、嬉しかった。


「んー。平気よー?最近はあんましなかったしねー」


 あんまりものを食べなかったりすると確かに意識が飛んだり動けなかったりするけれど。


 そんなことどうでもいい位に丹色は嬉しくてしょうがなかった。


 ーーー夢じゃ、なかった。


 夢ならば、覚めてしまえば残るものなんて何もないけれどこれは夢じゃなかった。

 言葉を交わして、視線を交わらせ、名前を頂いた。これは全て本当のことだった。

 そのことがどうしようもなく嬉しくて仕方ない。なんて幸せ。


 にへら、と顔が緩んだのがわかった。


「……何が可笑しい」


 不機嫌そうにこちらを見てくる顔が何故か嬉しい。


「んー?何でもないよ?……ただねぇ、幸せだなぁ、って。思ったのー」


 ただ、それだけのこと。

 でも、あなたも幸せだと嬉しいな。そう思ってしまったのは、我儘だろうな。と。ちょっとだけ悲しくなった。


「……お前は、よくわからない。本当に人なのか?」

「ニーロはニーロよ?きっと人にはなれないの」

「……お前がなんと言おうとお前は人だろう」


 人なのか?と尋ねておいて、それなのに人だって決めつけるだなんて可笑しいね、とクスクス笑う。



「そーお?でもねぇ、ベニはー、ニーロに名前をくれたからー、だからー、ニーロはベニのなのよー?」


 なんだかまだ頭がグラグラする。ちゃんと寝たはずなのに。


「うふふ。あのねー。ニーロが昔いたとこではね名前を貰った人はー、名前をくれた人のものなのよ。だから子供は親のものなのね。でもー、ニーロは名前貰えなくって、だから誰のものにもして貰えないいらない子だったのよー」


 こんなこと話すつもりじゃないのに。

 けれど丹色は熱に浮かされたように、けれどね、と続けた。


「ベニはニーロに名前くれたじゃん?だから、ニーロはいらない子じゃないの。ベニのニーロなの」


 誰かに必要とされるのは嬉しい気がする。


 紅緋はそっと、丹色の頭に手を置いた。そのせいで丹色は紅緋の顔色は伺えない。

 でも、それが必要とされているみたいな気がしたから。


 うふふ。と、丹色は笑った。



「なら、お前には私が必要なのだな?」


 勿論。と言いかけて。

 けれど何故か言う前にふわりと、紅緋は丹色から離れて行って、森に消えてしまった。




 どうしてかなーと思いつつも。

 まぁ、いっか。とそう思った。




 ♦︎




「あれー?」


 紅緋が森に消えて暫くして。森から誰か出てきて、紅緋かなー何しに行ってたのかなー?なんて思っていた丹色の目の前に現れたのは

 少しちぢれた眺めの前髪で目元がほとんど隠れた青年。

 髪の色は、黒。そしてその隙間から覗いた目の色は濁り淀んだ(みどり)


 丹色は彼を見上げてにこりと笑った。

 様々な思いを込めて、笑った。


 彼は何も言わなかった。

 だから丹色も何も言わなかった。

 久し振りだね、も、元気だった?も、なにも。

 名前を貰ったんだ、とか。今幸せなんだよ、とか。

 今、幸せ? とか。

 喉元まででかかったけれど。

 けれど丹色は飲み込んだ。



「お前、は、ここにいた蛇を知っているか?」


 彼は丹色に問いかけた。


「ベニ?うん。今ねぇ、森に行ってるんだ、しーにぃ」


 丹色は答えた。


「……?何故お前は俺の名前を知ってる?」


 丹色はそれを聞いてどうしようもなく寂しく、悲しく思い、けれどそれを理解することもできずに、泣き笑いのような複雑な表情をした。

 折角だから笑っていたかったのに。


 そんな努力、シーニィにはもう、見えてなんかないのに。




「……そんなことよりここにいた蛇を起こしたのは、お前か?」

「起きて欲しいな、とお願いしたのはニーロだよ」


 そうしたら勝手に起きただけ。


「なら」


 ふっ、と意識が暗く沈んで行って。けれど自然なものではなくて、どこか無理矢理。


 そんな中で最後に聞こえた言葉。


「蛇は妹の仇だから、お前も妹の仇だ」


 丹色は思う。馬鹿だね、と。

 勝手に蛇のことを恨んで、妹が死んだと思い込んで。

 何より、力が暴走して村を焼いたのは村の人たちが原因なのに。


 それで勝手に蛇を恨むなんて、なんて可笑しい。


「悪いのはベニじゃないのに、馬鹿」


 届いたかわからないけれど、丹色は呟いた。

 少しくらい、本当のことを知って欲しかったのに。



 きっと、ここで待ってなかったらベニは怒るかな。それはやだな。いつもしわばっかり寄せて。笑って、欲しいのにな。

 何故か最後に思ったのは、そんなことだった。




 ♦︎




「おい」


 返事はない。森から戻って見ても、丹色は何処にもいない。きっと待っているだろう、と思って置いて行ったのに。

 此れなら連れて行った方が良かったかもしれない、なんて思ってしまう。


 紅緋は手に持っていた物を落とした。それは地面に落ちてぐちゃりと潰れる。



 す、っと。目を閉じた。なんだか今ならあれだけ嫌っていた世界を喰らう行為も喜んでできそうな気がする。


 丹色が紅緋を捨てたなら、今度は紅緋が丹色を拾って、今度は離さない。


 ほんのふたみこと言葉を交わしただけだけど、それで十分。

 言葉を交わしたのがそれだけなだけ。眠っている間、ずっとこちらに投げかけられる言葉を聞いていた。

 そう、ずっと。返事がないとわかっていながらもこちらに向けられる言葉をずっとずっと、聞き続けてきた。

 毎日毎日下らないことばかり。けれどそれがどうしようもなく素晴らしいものに思えて仕方なかったのに。


 だから、目覚めて、言葉を交わして、名前をあげて。


 ただ、離れて行かないで欲しかっただけなのに。

 ただ、必要とされていたかっただけなのに。





 本当に必要としていたのは、紅緋の方だったらしい。




「丹色」


 そっと、名前を呼ぶ。

 そういえば折角彼の今はもうない故郷の言葉で名をつけてみたはいいものの結局、一番最初しか名前で呼んでいない。


「丹色」


 どうやら彼女は村の方にいるようだ。


 なら、迎えに行こう。




 地面に落ちて潰れた真っ赤な実はまるで潰れた誰かの死体のようだった。

 そんなものには目もくれず、紅緋はふわり、と森の中に消えた。



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