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貴方に贈る

なんだかんだで気づけばpv200超えてました。衝撃のあまり四度ほど見直しました。ありがとうございます!


というわけで、なんだかいつもより長いですがどうぞ。

 乾いてひび割れた赤茶けた大地。

 其処にぽこりぽこりと湧いたように見える赤い泉。

 幾つも幾つもある赤い泉の上には何かの欠片が浮いたり沈んでいたりした。


 それを照らす真っ赤な月。

 血で濡れたようにゆらゆらと輝くそれのしたには一人のヒト。


 白く輝く艶やかな長い髪が、淡く赤に染まっていた。

 そのヒトは月を見上げて、泣いていた。


 その人はきっと声を上げて酷く泣いていた。

 音なんて聞こえないのに。それなのに空気がビリビリと震えるような気がした。




 そして、まるで呑み込まれるかのように。月が白く、欠けた。

 其処からだんだんに呑み込まれていく暗い空。


 終に空が白く呑み込まれた。

 空は白く暗く何もない。


 そして、空を呑み込んだ白は泣いているヒトのいる大地までも呑み込んだ。




 白く霞んで消えていく景色と誰か。

 薄れゆくそれを見ながら、ふと。


 ーーーあれは、だぁれ?


 そんなことを思った。




 ♦︎



「ーーーあれ?」


 昨夜。流れ星に願いをかけてそのまま眠ってしまったその次の朝。

 ちょうど日が昇りはじめて全てがゆっくりと色づく、そんな頃。


 ぐしぐしと目元を拭うと其処には透明な雫がついていた。

 何か、夢を見た気がする。

 とてもとても哀しく、辛そうなヒト、がいた気がするのに。

 もう、思い出せない。



「何かな、これ」


 拭った目元からひとつふたつと残っていた透明な雫がはらはらと零れ落ちた。


「……変なの」




 そして起き上がると伸びをして昨夜のことを思い出す。

 昨日はそのままその場で寝てしまったから、ここは蛇が眠る岩のすぐ横で。


 ーーーそうだ、挨拶しよう。


 そう思い立つと、ふと、横の真っ黒な石を覗く。

 いつもならそこに蛇は寝ている筈で



「……あれ?蛇さん?」


 でもそこに蛇はいなかった。

 白くてキラキラと光を跳ね返している筈の見慣れた姿はそこにはなくて。


 さぁっと、血の気が引いた。


 ーーー蛇さんがいなくちゃここにいれない。


 ふと、そんな思いが脳裏をよぎる。



「探しに行かなきゃ」


 ふらりと鬱蒼と木の茂る森に足を向けた。

 走り出そうとして、足がもつれる。

 もつれた足に鎖が絡まってべしゃりと無様に転んだ。


 ふっ、と。沈むような気がしてぼんやりと半分の視界が軋みだす。

 手足に力が入らないような気がして立ち上がれない。


 なんだかとても眠たい気がする。

 さっきまで寝てたのに、可笑しいなんて思う。やらなきゃならないことがあるから寝ちゃ駄目なのに。


「……どこ、行っちゃったの」



 もう半分も見えていないとっくに色を失った視界の中でキラリと、いつか何処かで見たような綺麗な紅色が揺れた気がした。




 ♦︎




「どうしよう……」

「……もないですね」


 大の大人が二人、膝を付き合わせて座っていた。

 片方は落ち込んでいる髪に白いものの混じり始めた男性。

 もう一人は何処か面倒臭そうに足を組んだ青年。


「私は……どうすればいいのだろうか」


 落ち込んだ様子の男性は救いを求めるように目の前の青年に問いかけた。

 青年は微妙に焦点のあっていない目で、彼を眺めた。

 その様はまるで馬鹿にしているようにも見える。


「知りません。勝手に考えてください。……それに俺はもう殆ど見えてませんから」


 少しちぢれた長めの前髪から覗く目は(みどり)

 しかしその目はどんよりと濁ってまるで光を放っていない。


 男性は息を飲んだ。

 段々と彼の目が濁って、そして光を失っていることは知っていた。けれど、ここまで失って、もうほとんど見えていないだなんて。そんなこと知らなかった。


「大丈夫、なのか?」


 恐る恐る、男性は問いかけた。

 青年は少しキョトンとして、そして少し、口元を歪ませた。


「大丈夫なわけないでしょう」


 皮肉げに答えるその声には悲嘆の色など欠片もなく。まるで当たり前のことを確認するかのように、淡々と。


「……まぁ、心配しないでください。蛇を殺すくらいは残ってます」


 ひょい、と彼は肩を竦めた。


「やはり……本当だったのか。蛇が目覚めた、というのは」

「本当です。森の色が変わったのに気づきませんか?」


 よっこらせ、と青年は立ち上がった。


「それでは、蛇を殺す、または蛇を目覚めさせた人の確保。どちらも俺に任されていいですか?」


 彼は問いかけた。

 初老の男性は目を向けても交わらない視線に、少しの悲しさを覚える。


「……許す」


 そして、少し昔を思い出した。


「……もう、失った光は戻らないのか?」


 燃える村の中で泣きながら、けれど輝いていた目を。

 彼を拾った、その日のことを。


「戻りません。これはそういうものです。目の光はあり得ない出来事を引き起こすための対価。時間を戻したりできない限り、無理でしょう」


 青年は何かを思い出すように手を目元においた。


それに(・・・)


 少し、目を細める。


「妹が死んだ時点で、俺からすれば何もかも、どうでもいいんだ」




 ♦︎




 また、夢を見ていた気がする。今度は古い古い夢。


 ふと、体を起こした。

 上を見上げれば太陽は丁度真上くらいにある。一日経っていたのでなければ昼間に当たる。

 あんまり時間だってて欲しくないなぁなんて思いながら、そう言えば何でこんなところに寝てたんだろう、と思い、そして思い出した。


「そうだ蛇さん!」


 探しに行かなきゃ、と駆け出そうとして足がまたもつれる。

 けれど今度は意識が飛ぶようなこともなく、もう一度駆け出すために立ち上がろうとしたところで。


「おい、娘」


 後ろから声がかかった。

 けれどこんな声の人は知らない。それに少女のことを娘だなんて呼ぶ人は今までにもいなかったし、何よりこの森には、彼女に声を掛けるような人なんて、いない筈。


 少女は振り返った。


「んー、なーに?てゆか、誰ー?蛇さん探しに行かなきゃいけないの」


 振り返った先には、蛇が眠っていた筈の黒い岩に座った、誰か。

 さらさらで光をキラキラと跳ね返す艶やかな白の髪。

 生まれてこのかた日を浴びたことがないような白い肌。其処にちらほらと散った鱗のような模様。

 そして何より切れ長な美しい、とろりとした紅色(・・)の目。



「……綺麗」


 思わず声を漏らした。

 彼はそれが聞こえたのか否か少し目を眇めた。そして、少女の目を見ると少し驚いたように目を見開いた。


「……赤い方の左目、見えていないのか」


 その言葉に少女も驚いたように目を見開いた。昔ならば確かに鮮やかな赤をしていたから赤だとわかったかも知らないけれど、今の目はくすんでよく見なければ茶色と大して変わらない。そして何より、そちらの目が見えていないと気づいた人なんていなかった。


 少女はにへらと笑った。


「うん。見えないの。でも困ってないから平気よ?ところでさ、蛇さん知らない?いないの」


 ふらふらと、彼の方へ寄って行くと、彼が座っているその横に何の躊躇いもなく座った。

 いなくなった蛇を探しに行かなくては、と思う気持ちもあるけれど、それよりなんだか彼と話してみたかった。

 昨夜、星に願ったように蛇が目覚めて話しができてる、そんな気がしたから。


 彼は少女が躊躇いなく座ったことに少し驚いたようだった。



「ところでさ?あなた誰?」


 尋ねると少し困ったように黙ってしまった。


「知らないで、起こしたのか?」


 逆に質問で返されてしまい少し困ってしまう。

 この話しだとこの人が蛇さんみたいね。なんて思いながら考える。

 確かに蛇に起きて欲しいとは願ったけれど。別にそれは話しがしたかっただけであって、別に蛇が起きたらどうなるかなんて考えてなかったな、なんて思う。


「うん、知らない」

「……私は、目覚めればその時世界を呑むのだぞ?」


 何処か、怪しむように言われてしまった。

 それはなんだか怯えているみたいにみえた。


「呑んでないのに?呑んでたら、お話しなんてできないよね。だからきっと平気なんだよ」



 彼は小さく息を飲んだ。

 確かに微睡みながら聞いた言葉に恐れなんて欠片も混じっていなかったし、ただひたすらに楽しそうだったことを思い出す。


 彼は小さく溜息を吐いた。

 もしかしたら、と期待してしまう自分に嫌気を覚える。


「怖くは、ないのか」

「怖くないよ。だって叩かないし、怒鳴らないし。とっても優しい」


 少しの間もおかず声高らかに答えた声に安堵してしまう。


 少女はニコニコと笑ったまま地につかない足をぶらぶらと揺らした。

 この人はなんて優しいんだろう。なんて思いながら。




 誰かと言葉を交わすのはとても幸せなことだ。たとえ相手が何者かもよくわからないようなものであろうと、構わなかった。


 うふふ。と心底幸せそうに笑う。

 きっと彼は蛇だろうなと思う。さっきはただぼんやりと似ているな、と思う程度だったけれど今じゃそうとしか思えない。

 記憶にある限り蛇はいつも眠っていて言葉を交わしたことなんてなかったけれど、いつも一人でずっと語りかけていたから。

 その感じととても似ていて、きっとそうなんだろうな、と自然に思えた。


「ねぇ蛇さん」


 するりと、意識しないうちに言葉が零れる。言葉が零れたことに気づいてから蛇さん、と読んだことに気づいたけれどまぁ、いいか、と流してしまう。


「蛇さんはなんて名前なの?」


 彼は少し俯いて何かを悩むように少し黙った。


「私の、名前は……」


 そして、少し躊躇うようにその長い髪を揺らすと小さく、


「紅緋」


 そう、小さく呟いた。


「ベニヒ?なんだか不思議な名前だね。……うふふ。なんだか素敵」


 くすくすと少女は楽しそうに笑う。

 紅緋と名乗った彼は少しムッとして


「お前の名前は?」


 そう返した。


 刹那。少女は顔色を少し変えて、その表情を全く消してしまった。

 そして、少し目をそらすと少し、困ったように眉をキュッと下げた。


「んと、ね。なんて言えばいいのかな。んー」

「歯切れが悪いな。どうかしたのか」


 少女はちょっと息を吐いて視線をななめ下に向ける。






「名前、ね。ないの」



 小さく吐かれた言葉に紅緋は一瞬固まる。

 それを見てやっちゃったなー。なんて思って取り繕うようににへら、と笑って見せる。


「でもね、平気よ?なくたって、困らないよ?呼ぶ人なんて、いないもん」


 だからそんな悪いことしちゃった、みたいに固まらないで欲しいな、という思いを込めて言った。

 別に本当に困ってなんかないんだから。

 なくたって。別に。



 紅緋は何かを考え込むように少し少女を見つめた後、言った。


「なら、私がお前に名前をつけよう。名前がなければ呼ぶ時に困るだろう」


 少女は固まる。今までそんなこと言ってくれた人なんていなかった。


「丹色」


 何処か伺うように。


「ニーロ?」

「にいろ、だ」


 不思議な響き。

 少し面白くって笑う。


「笑うな」


 少し不機嫌そうにいう様が何故だかとても嬉しく思えてしまう。




 今日はなんて素敵な日だろう、と思う。

 願いは叶って蛇は目覚めて言葉を交わせた。

 言葉をかわした人はとても優しかった。

 優しい優しい彼は名前をくれた。


 たった一つの名前。誰のものでもない、少女だけの、名前。


 優しくて、幸せ。



 もう一度くすくすと笑った。


「ニーロ」


 口の中で小さく転がした。


「素敵だね」


 小さく、もう一度呟いた。









 そこで、ふと気づく。

 いつか夢で見た泣いてた人。紅緋に似てるな、と。

 そして、意識を失う直前に見た紅色。それは紅緋の目の色によく似ていた、なんて。



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