第一話
アーネストの朝ははやい。
日の出の時間である朝の六時から朝の見回りを始める。
別に、街の代表者である彼本人がやる必要はないのだが、徐々に発展する
シュガーブルクの街並みを目の高さで見ることができる見回りの時間を
手放す気はなかった。
「おはよう」
朝早くからログインしているプレイヤーやAIの町民に、気さくに
挨拶するアーネスト。
街の代表という肩書きに溺れて、一般プレイヤーをごみ扱いする
統治者プレイヤーが目立つようになっていることもあり、アーネストの
気さくさは、シュガーブルクが好感を持たれる要因になっていた。
また、AIもやる気フラグが刺激されればより働くことはあまり
知られていないが、地味に蓄積されていく。
見回りが終わると、朝のミーティングが始まる。
誰が何時ごろにログインしていられる予定かを確認し、その時間によって、
施設のシフトの確認をする。
アーネストは、リアル生活を優先するよう、常々呼び掛けていたが、
かえって時間の許す限りログインをして作業をする人が多かった。
やる気を持ったプレイヤーが作業をしないと、AIも真似するものである。
またログインが少ないと、どうしても作業の成果は乏しくなりがちである。
それに、生産した物資をRMTで横流しされたらたまったものではない。
街をうまく運営するためには、所属プレイヤーの心をいかにして掴むかが
重要となるのである。
アーネストは、狙ってやっているわけではなかったが、天然で人たらしを
行う人物であった。
ミーティングが終わった後は、率先して作業に参加する。
主に人が少ない施設での作業の補助がメインであるが、これは、各能力値の
底上げになるというシステム恩恵に預かる副産物になっていた。
塵も積もれば山になるという言葉は、アーネストのためにあると言っても
いいだろう。
また、自ら率先して人気のない作業をやることは、プレイヤー達に感動と
気後れを与え、アーネストに頼まれたことは、断りにくいという風潮醸成に
役立っていた。
一日の作業が終われば、報告会を兼ねた宴会となる。
「マナ生産所では、生産量低下が目立つため、ウサキツネをサクリファイス
したいと思います」
「ウサキツネって、かわいいのに生け贄にされちゃうの?かわいそうだよ!」
「所詮データじゃないか。なにがかわいそうなんだ」
自由な発言ができるからこそ、スタイルの違いから、論争になることも
多々あった。
アーネストは、それを穏やかに眺めているのが常だった。
効率を考えて、感情論を切り捨てるのは簡単だ。
だが、プレイヤーには納得いかなければ、最悪ゲームをやめる選択肢も
あるのである。
命や生活がかかっている現実とは違うのだ。
議論参加者が疲れて黙るまで待ち、
「それぞれの気持ちはわかる。だけど相手を否定しても何も始まらない。
確かにこの世界はゲームかもしれない。でも、感情は現実だと言うことを
忘れないでほしい」
諭すように言ってから決断を伝えるのであった。
納得できないまでも、感情のしこりになることはない。
そういったバランスが支えていた。
無論、勢い余って、離脱するものもいる。
だが、そんなトラブルメーカーは、どこでも受け入れられず、ゲームから
フェードアウトしていくのである。
引き留めるだけ無駄であった。
会議が終われば夜の鍛練を行い、就寝のログアウト。
一定時間は、街への出入りができない代わりに、自動保守プログラムが
発動する。
この時間は、プレイヤー側が毎週週始めに一日単位で設定できるため、
時間設定も代表者プレイヤーの腕の見せどころであった。
課金すれば、緊急変更ができるなど、柔軟な対応も可能だ。
街の出入りができなくても、バーやダンスホールなど一晩中賑わう
施設もあり、シュガーブルクの夜は、静寂を知らぬまま更けていくので
あった。