はじめて
つい最近、尚に好きだと告白された。凄く、凄く嬉しかった。僕からも「好きだよ」と伝えた。相思相愛ってやつかな?
尚と付き合うことになった。もう尚は僕の恋人だ。誰にも渡さないしどこへも行かせない。
それから、今度デートをすることになった。デートって、普通はどこに行くんだろう。外出すら余りしたことのない僕には分からない。
今、尚とどこへデートに行くか悩んでいる。尚と一緒ならどこでもいい。煩い場所は苦手だけど。
「散歩デートとかどうだ?」
むむむ、と考えた結果尚が提案してくる。
「うん、いいよ」
そう応えて後ろからぎゅっと抱き締める。大きな背中。少し尚は身体が大きい。
「どうした?」
後ろから抱き締める僕の頭をポンポンと撫でてくれる。
「ぎゅーってしたかったから。…嫌、だった?」
一度身体を離し聞いてみる。
「嫌な訳ないだろ、馬鹿」
こちらを向いてニコッと笑いながら頭をくしゃくしゃ撫でてくれる尚。
「尚…」
こちらを向いた彼の身体に倒れ込む。
「ん、ここ座れ」
お父さん座りして開いた空間をポンポンと叩いて座るように促す。言われるがままにそこへ座る。温かい、尚の体温。
尚の大きな身体に、すっぽりと覆われてしまう。僕が小さいから余計大きく見えるのかな。
尚に包まれてるこの瞬間が好き。愛されていると感じられる。
学校でも僕等は片時も離れない。どこに行くのも一緒。僕が着いて行くのを尚は止めないから、服の袖を掴んでずっと傍に居る。
でも尚によく話しかけるあいつは嫌い。そう、恒誠って男。尚に近寄って僕から取ろうとする。前なんか尚にキスまでして。
汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い。でも尚、もう大丈夫だよ。僕が消毒してあげたから。僕がキスしたら消毒したことになるよね?
けど尚はあんなことされたにも関わらず、まだあの男と一緒に居るんだ。尚が狙われてるってこと、気付けばいいけど。
あいつの尚を見る時の目。獲物を見るかのような目で見てる。あいつだけじゃない、女子数人も尚を見てる。
でもそんなことはどうでもいい。僕が尚の傍に居ればいいだけなんだから。何より尚は、僕だけに好きって言ってくれる。だから、大丈夫だよ ね?
「尚、帰ろう」
放課後になって教室には夕闇が迫っている。午後の授業、尚はだいたい眠ってるから寝顔が見れるんだ。いつもは格好良いけど、寝顔は可愛い。
「…ん、そうだな」
寝ぼけ眼で彼は言う。
「尚、ほら、帰らないと…」
僕の言葉が止まってしまった。
「伶麻ー…」
寝ぼけているのか、僕の腰に手を伸ばしてぎゅっと抱き寄せる尚。
そんな彼の頭を優しく撫でてみる。起こさないといけないけど、もう少しだけ このままで。
暫くして目が覚めたのか、尚が起き上がる。空はもう暗くなってきている。下校する生徒が少ない中、僕と尚は手を繋いで家へと向かった。
「寒いな」
マフラーを巻いた僕とは違い、尚は更に寒そうにしている。
「マフラー、要る?」
自分のマフラーを解き尚に渡そうとする。
「俺がしたら伶麻が寒いだろ」
そう言って僕のマフラーを結んでくれる尚。
「でも、尚が風邪引いちゃ…」
言いかけて一つ、キスが落とされる。突然で驚いて言葉が出なかった。
「俺は大丈夫。…でも寒いからマフラー半分こしよう?」
僕のしている長いマフラーを少し解き自分にも巻き付ける尚。
「温かい?」
じーっと彼を見つめて言う。
「おう、温かい」
優しい笑みを浮かべる僕の恋人。
「ねぇ尚」
家に近付いている途中、彼の名を呼ぶ。
「何?」
微かな笑みを湛えて尚は首を傾げる。
「僕の家、寄ってく…?今日、兄ちゃんたち帰りが遅くて寂しいんだ」
無理ならいいよ、と言っておく。
「そんなら行く。晩飯も一緒に食べような」
尚はそう言うと手を引っ張り僕の家へ向かって行った。
「お邪魔します」
挨拶をして靴を並べる尚。礼儀正しいなあ。
「いらっしゃい。僕の家に尚が来るの、久しぶりな気がする」
何だか嬉しくて笑顔になる。
「確かに。俺の家ばっかりだったからな」
二人で巻いたマフラーを解き部屋へ向かう。
暗い部屋に電気を付け、僕は晩ご飯の支度をする。…と言っても、馨兄ちゃんか漱兄ちゃんが作ってくれたものを暖めるだけだけど。僕は手料理なんて作れない。何も出来ない。
チン、と音が鳴りいい匂いが漂ってくる。煮物、ご飯。野菜炒め等 幾つかあった。
「「いただきます」」
二人で声を揃えて言う。僕は尚が食べるのをじっと見ていた。
「ん、美味い」
兄ちゃんの料理を誉められて何だか嬉しくなる。
「兄ちゃんが作ってくれてるんだ」
食べ始めた尚を見て僕も食べ始める。
「そうなのか。お前のお兄さん、料理上手なんだな」
パクパク食べながら言う尚。
少し食べて、もう苦しくなってしまった。残したら悪いなあと思いながらも僕は食べるのを止めた。
「あれ、もう食わねーの?」
食べるのを一旦止めて尚が聞いてくる。
「うん…もうお腹いっぱい」
お腹をさすりながら言う。
「そっか」
そう言い尚は再びパクパクと食べ始めた。
尚は大食いなのだろうか。前に家に行った時も結構食べていた。苦しくならないのかな。それともこれが普通?僕が単に食べなさ過ぎるだけなのかな。
「ごちそうさま」
少し余っているものの、ほとんど完食してくれた。
僕が食器を持って行くのを尚も手伝ってくれる。洗い物までしてくれた。優しいなあ。
座っている尚を後ろから抱き締めてみる。この体勢は落ち着く。僕の腕の中に居るんだなあ、って感じられるから。
「伶麻、前に来て」
一旦離れて尚と向き合う。やっぱり尚でも目を合わせるのは緊張する。好きな人だから、尚更のことだ。
「伶麻…?」
耳元で名前を囁かれ、思わず身体がピクリと跳ねる。無言の僕を彼は腕の中へと抱き寄せた。
「…俺が怖い…?」
そう言いつつ耳をペロリと舐める尚。
「怖くな、けど…っあ」
自分でも驚くような声が出てしまい恥ずかしくなる。
「けど、何?」
尚はそう言い首筋を甘噛みしてきた。
「ひぁ…っ恥ずかしい、よ」
背筋がゾクゾクとする。何だか妙な感覚だ。
「感じてくれてるんだ」
制服の上から胸元に触れられる。
「ん、ぁ…っ」
口元を手で覆うが彼に掴み取られてしまう。
「声が聞きたい。…分かる?ほら、俺の」
そう言って股間を押し当ててくる。固くなったものが腰に当たった。
一瞬、ほんの一瞬だけあの時のことを思い出してしまった。無理やり犯された時のことを。違う、あいつじゃない。この人は俺の好きな人。
「…伶麻?」
怖くない。あいつじゃないんだから。大丈夫。
「おい、どうした?」
思い出すな思い出すな思い出すな思い出すな思い出すな。
「あ、あぁあいや、だ」
身体がガタガタと震える。
「伶麻」
尚の呼ぶ声。たす、け て。尚、助けて。
「尚、な お…っ」
空中に手を伸ばす。
「俺はここだよ。…ごめん、怖がらせたな。もう、何もしないから」
後ろからぎゅっと抱き寄せられる。
「…っおえぇ、は、ぁ…っ」
さっき食べた物を吐き出してしまう。
「大丈夫、ゆっくり息をしろ」
頭がぐらぐらする中、尚の指令通りにゆっくり息をしたら少し治まった。
「ごめ…なさ、ごめんなさい」
抱き締められたまま、泣きじゃくってしまう。
「大丈夫だから…俺こそ怖がらせたよな。ごめんな、伶麻」
そんな彼にふるふると頭を横に振る。
「尚は、悪く ない。僕が悪いんだ。思い出したりするから」
身体の震えが止まらない。周りには吐瀉物の臭いが漂う。
「伶麻は座ってて。俺が片付けるから」
少し頭を撫でられて、尚の後ろ姿をぼんやり見つめる。彼はどこからか雑巾らしきものを持って来て床を拭く。
どうして思い出してしまったんだろう。尚の顔が見えなくなって それで何故か思い出して。あいつが精神まで僕を蝕んでいる。あの日の出来事は 頭の中から易々と消えてはくれない。
「…少し落ち着いたか?」
水を持って尚が僕の隣に座る。優しい 尚の声。
「うん、もう大丈夫」
尚の肩に寄りかかった。
「何があったんだ?」
「無理やり犯された時のこと、思い出して…怖くなった」
寄りかかる僕の頭を優しく撫でてくれる尚。
「…ごめんな、思い出させて。怖がらせるつもりはなかった」
尚のせいじゃないのに謝らせてしまった。
「尚のせいじゃない。…でも、顔が見えないのは怖い」
そう言って彼の手をぎゅっと握ってみる。
「分かった。けど、」
言葉の途中で押し倒された。
「…けど、俺は伶麻とああいうことしたいって思ってるから。忘れないで」
少し顔を赤らめて言う尚が何だか可愛かった。
「ん、分かった。僕もだよ。したいと思うのは一緒」
尚の顔を見上げながら頬を撫でる。
そして尚から口付けられる。激しいキス。呼吸が上手く出来なくて苦しくなって、頭がぼんやりする。
「顔見れたら大丈夫だから、続きして…?」
そんな風に言ってみる。
「いいのか?」
驚いた様子の尚はキョトンとしている。
「うん、いいよ…尚だから、怖くない。大丈夫」
そうは言うものの微かに身体が震えてしまう。
「優しくするから」
大きな手が頭を撫でてくれた。
彼の手によってゆっくり制服のボタンが外されてゆく。静かな部屋には服の擦れる音と息遣いが聞こえるだけ。
外された制服からは僕の肌が露わになる。尚に見られている、と思うだけで恥ずかしくなる。
「細いな」
服を捲り細っこい身体を見て尚が呟く。
「気持ち悪いでしょ」
苦笑しながら言ってみる。
「…綺麗だ。――色が白くて 細くて 抱き締めたら壊れてしまいそうに儚くて。俺には凄く、綺麗に見える」
嬉しくて涙が浮かぶ。そして腹から胸まで尚の指先がなぞった。
「っあ…」
くすぐったくて思わず声が出てしまう。それを聞いて煽られたのか尚は腹から胸へと舐め上げた。
「伶麻、好きだ」
胸元を舐められて身体がビクビク跳ね上がってしまう。
「僕、も…っ好き」
襲って来る快感に耐えながら彼への言葉を紡ぐ。
尚は僕の胸を弄くりながらズボン越しに触られる。声が出そうになるのを必死に堪える。ズボンと下着が脱がされ、自身が露わになった。
「伶麻、俺もう我慢出来ない」僕の自身に触れてから中へと指を滑り込ませてきた。
「や、ぁ…何か変な感じ…っ」
ヌルヌルとしていて中で指が動いている。
「…入れていい?」
もう限界、と言わんばかりに顔を歪める。そんな彼にコクコクと頷く。
すると、ゆっくり彼自身が入ってきた。不思議な感覚に、思わず身体に力が入ってしまう。ほんの少しだけ痛みがある。
上を見上げると尚は苦しそうな荒々しい息遣いで僕を見下ろしていた。
「いっ…」
微かな痛さに尚の背中に手を回す。
「痛いか…?もう全部入った」
不安げに僕の頭を撫で、そう尋ねてくる。
「もう大丈夫、ぁ…っ」
一気に快感が迫ってきた。
尚が腰を動かし始める。奥まで突き上げられて動く度に快感が押し寄せる。
「何か、変っ…」
何だか涙が目に浮かぶ。快感に抗えずそう言ってしまう。
「可愛い」
ゆっくり腰を動かしつつ耳元で囁かれる。
「ん、はぁっ、あ」
変な感覚に陥る。
「く…っ」
どくどくと中に彼の蜜が注がれる。
二人の荒い息遣いだけが響く。僕の腹には飛び散った白濁があり、それを尚が舐めとる。
「汚いから駄目だよ!」
彼の身体を必死に押し返すがびくともしない。
「伶麻のだから汚くない。そんなことより、制服まで汚れちゃったな」
言うとおり制服にも飛び散っている。
「洗えば済むから大丈夫」
そう言って制服に付いたものを拭い脱ぎ捨てる。それを洗濯機に入れ、部屋に戻る。
「相変わらず細いな」
上半身裸の僕の身体を改めて見る尚。
「汚いから余り見ない方がいいよ」
傷だらけの こんな身体。汚い。
「汚くなんかねぇよ」
ぐいっと手首を掴まれる。
何をするのかと思っていると、自傷痕にキスをされた。至る所にキスが落とされる。
「お前は綺麗だ」
真っ直ぐに見据えられて言葉を失う。だって、そんなこと言われたら何も言えなくなるじゃないか。
「あ、ごめん。何か着なきゃ風邪引くよな、寒いし」
苦笑して尚はその辺の服を取ってくれた。少し大きいけど僕の服だ。
「尚、温めて」
彼の足と足の間に座る。
尚の体温は気持ち良くて傍に居るとぽかぽかする。そんな彼が僕以外の誰かを抱き締めたりするなんて考えただけで腹が立つ。
「尚、尚」
振り向き彼の名前を呼ぶ。
「伶麻、何?」
優しい彼の顔があった。
「どこにも行かない?」
尚の眼を見ながら尋ねてみる。
「行く訳ねぇだろ。俺はずっと伶麻の傍に居るから」
にっこりと温かい笑みが僕を見下ろす。
「本当に?他の誰かの所に行かないでね」
急に不安になる。
「お前以外の奴なんか要らねーよ」
優しい優しい笑み。
「尚、好きだよ。大好き…」
だからもっと、もっと尚の愛が欲しい。…なんて、貪欲になってしまう。
「俺も伶麻が大好きだ」
そう言い唇が重ねられる。
尚とのキスは安心出来る気がする。抱き締められるとぽかぽかする。それがとても心地良い。
ずっとずっと尚は僕のもので居てくれるかな。居なくなると思うだけで恐怖に見舞われる。独りぼっちになってしまう。寂しい 独りぼっちに。
誰も居ない闇の中を独り、さ迷わないといけなくなる。そんなのはもう 絶対に嫌だ。
もし尚が離れようとしたら閉じ込めてしまおう。誰も居ない場所で 二人きり。僕と尚だけの世界。嗚呼、何て素敵なんだ。
尚は僕しか見なくなる。僕の声しか聞こえなくなる。僕にしか触れられなくなる。いつかそうしたいな。
「伶麻、俺もう帰るよ」
立ち上がって彼は言う。
「…何で…?」
尚の手を掴み聞いてみる。
「父さんたちが帰って来てるかもしれないし、余り長居しちゃ悪いから」
苦笑いをして尚が言う。
「そっか」
嫌だ、独りにしないで。
「じゃあ仕方ないね」
ずっと一緒に居て。
「また明日ね」
尚、お願い。
――――――――ガシャン。
大きな音で尚が振り返る。
硝子のコップが割れた音だ。割れた、というより僕が割ったのだ。落ちた場所を踏んでしまい血が出ている。座り込み思わず硝子の破片で手首を切った。血がぽたぽたと零れ落ちる。
「伶麻…!!大丈夫か!?」
玄関に向かっていた尚が慌てて戻って来た。
「ん…大丈夫」
そう言うものの手首の血は止まらない。深く切り過ぎたみたいだ。足も切って少し血が出ている。
尚は何も言わずにタオルで傷口を拭いてくれる。優しいなあ…
僕が傷付けば尚は傍に居てくれるのかな。なんて考えが脳裏を過ぎる。
飛び散った硝子を集めようと手を伸ばすと、尚に止められた。危ないから、と彼は一人で硝子の破片を集めている。
手首のタオルは押さえてろ、と言われたので言われた通りにしている。片付ける尚の姿をぼーっと見ている。彼は足の出血にも気付き、タオルで拭う。
「…ごめんなさい」
俯いてそう謝る。
「何で謝るんだよ」
くしゃくしゃと僕の頭を撫でながら言ってきた。
「腕、自分でやったから」
怒られるのを覚悟で告げてみる。
「何でやったんだ?」
彼は理由を聞いてきた。
「独りになるって思うと、怖くて。尚が居なくなると寂しい」
赤く染まったタオルを見下ろしながら言う。
「…馬鹿、そういうのは言えよ。まだ居てやるから」
苦笑の尚はそんな風に言ってくれる。
「居てくれるの…?」
思わぬ言葉にびっくりして尚に尋ねた。
「当たり前だろ。独占出来るのは、恋人の特権」
ニヤリと笑う彼。
「…うん。尚も僕を独占してね」
何だか嬉しくて笑い、そう言った。
「ああ、伶麻は俺のだから」
そう言うと尚はぎゅっと身体を引き寄せた。痛いぐらいに抱き締めてくれた。
今日は尚と初めてを沢山した。これからもいっぱい初めて、したいな。何より今は、尚が傍に居てくれるのが幸せ。
尚、大好きだよ。