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異世界スーパーマーケット一号店、本日開店します!  作者: 黒咲かぐら


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13/15

買い物籠を持たない客

「籠は持ってこなくて大丈夫です」


 宗久が説明すると、店の前に集まった人々は一斉に自分の籠を見た。


「じゃあ、この絵は何だ」


 先頭の女が看板を指さす。


 リリアが描いた大きな籠。その周りに魚、パン、壺、布。宗久たちには品ぞろえを表した絵に見えたが、現地の人には「籠を持つ者だけが入れる店」と読めたらしい。


「店の中で使う籠です」


「店の籠を持ち帰っていいのか?」


「持ち帰らないでください」


「なら、何に使う」


 もっともな疑問だった。


 市場では、客が店ごとに商品を買い、自分の籠へ入れる。一つの店内を歩いて、青果や魚や調味料をまとめて選ぶ習慣がない。


「中で品物を選ぶ間だけ使います。最後にまとめて代金を払います」


 女は怪しそうな顔をした。


「先に品を渡すのか」


「店の外へ出る前に払ってもらいます」


「持って逃げたら?」


「入口は一つです」


 説明しているうちに、宗久自身も不安になってきた。


 試験営業では三十個の買い物籠を使う予定だった。日本から届いた樹脂製の籠は軽く、丈夫で、重ねて置ける。しかし、持ち手を上げるだけでも、見物人から声が上がった。


「曲がったぞ」


「取れないのか?」


「動くように作ってあります」


 ガルドが一つ持ち上げ、腕へ通した。


「盾には薄いな」


「盾ではありません」


 リリアは籠を頭へかぶった。


「雨、入らない」


「帽子でもない」


 試験営業まで四日。客に使い方が伝わらなければ、入口で全員が止まる。


「練習しましょう」


 宗久は店員をいったん外へ出した。


 入口で籠を一つ取る。平台から白根を選ぶ。棚から空の缶詰見本を取る。会計台で代金を払い、商品だけ自分の袋へ移し、籠を返す。


 一連の動きを見せてから、リリアに客役を頼んだ。


「いらっしゃいませ」


 ロアンが入口で言う。


 リリアは籠を取らずに、平台の白根を両腕いっぱい抱えた。


「籠を使って」


「忘れた」


「見本を見せたばかりだろ」


「お客さんも忘れるよ」


 そのまま進み、魚の缶詰を白根の上へ載せる。缶が転がり、ガルドの足元へ落ちた。


「痛いぞ」


「だから籠が必要なんです」


 宗久が拾って渡すと、リリアはようやく入口へ戻った。


 二度目は籠を使ったが、会計を通らず入口から出ようとした。


「待て!」


 ロアンが腕をつかむ。


「客を捕まえない!」


「盗もうとしただろ!」


「出口が分からなかっただけ!」


 宗久は売場を見回した。


 入口と出口を同じ扉にしていた。日本の店なら、レジの位置を見れば流れが分かる。しかし、初めて来る客には、どちらへ進むべきか分からない。


 床へ色をつけることにした。


 入口から売場へは青い線。会計台から出口へは黄色い線。ポルカが木札へ足跡を彫り、リリアが籠を持つ人の絵を描き直す。


「今度は頭にかぶってないな」とロアン。


「ガルドにした」


 絵の人物には、角と大きな肩があった。


「俺か」


 ガルドは気に入ったらしく、札を入口の一番目立つ場所へ立てた。


 見物人にも、一人ずつ練習へ参加してもらった。


 最初の女は籠へ白根を十本入れたあと、会計台で一本だけ買うと言った。


「残りは売場へ戻します」と宗久。


「自分で戻す」


「場所が違うと、数が合わなくなるので店員が戻します」


「盗んだと思われないか」


「思いません。買うのをやめる商品は、ここへ置いてください」


 会計台の横へ、戻し商品用の籠を用意した。


 次の男は、自分の籠へ商品を入れたがった。


「店の籠だと、俺の物と混じる」


 市場で買ったパンと薬草が、すでに入っている。


「店内では店の籠を使ってください。お会計が済んだら、ご自分の籠へ移せます」


「面倒だな」


「未会計の商品を見分けるためです」


 説明札に、店の籠と客の籠を色分けして描き足した。


 三人目の老人は、籠を持ったまま会計台の前で止まった。


「金はいつ払う」


「ここでまとめてです」


「野菜屋には野菜屋で払わんのか」


「この店の商品は、全部ここで払えます」


「魚も油も?」


「はい」


「値切るのは誰に言う」


「値段は全員同じです。値切れません」


 老人は不満そうだったが、後ろで見ていた女が口を挟んだ。


「顔を見て高くされないなら、その方がいい」


 ロアンの表情が変わった。彼がこの店へ来た理由に触れる言葉だった。


「値札は、誰が来ても同じです」


 ロアンが自分から説明した。


「買う前に値段を見られる。会計で違う額を言われたら、店長か俺に言ってください」


「お前、バルガスの息子だろ」


「今はこの店の店員です」


 ロアンは目をそらさずに答えた。


 四人目は、子どもを三人連れた母親だった。


 母親が籠を取ると、子どもたちも一つずつ欲しがった。空の籠を持たせると、三人は店内を走り始める。


「走らない!」


 リリアが追いかけ、同じ速さで走った。


「リリアも走らない!」


 宗久が止める。


 子どもの一人は籠を床へ置き、弟を中へ座らせた。もう一人が持ち手を引っ張る。樹脂の底が石床を滑り、平台へ向かった。


 ガルドが片手で籠ごと持ち上げた。


「荷車ではない」


 子どもは宙に浮いた籠の中で笑っている。


「本人は楽しそうですけど」


「下ろしてください」


 入口に、子どもだけで籠を持たせないという決まりを加えた。親子一組で一つ。走った場合は店員が声をかける。割れ物と缶詰は、子どもの頭より高い棚へ移す。


「子どもが取れなくなる」とリリア。


「必要なら店員が取る」


「子どもだけで買いに来たら?」


「そのときは一緒に回ろう」


 リリアは入口担当の札を見て、背筋を伸ばした。


「私が案内する」


「頼む。ただし、売場を走るなよ」


「走らない。急ぐだけ」


「同じだ」


 次に入った男は、商品を籠へ入れるたびに会計台へ来た。白根一本で一回、葉野菜一束で一回、油一本で一回。


「まとめて払えますよ」と雨宮。


「金を払ってない物を持ち歩くのが落ち着かん」


「籠へ入れた段階では、まだ店の物です」


「落としたら?」


「壊した場合は相談します。手に取っただけで買う義務はありません」


 男は油の瓶を棚へ戻した。


「買わなくても怒られないのか」


「怒りません」


 商品へ触れたら買わなければならない店も、市場にはあるらしい。自由に選べることは、籠の使い方と同じくらい説明が必要だった。


 入口の札へ、商品を手に取り、棚へ戻す絵も加えた。ただし、生の魚と試食には触れない印をつける。


 練習に参加した客からは、店内が広くて落ち着かないという声も出た。市場なら店主が目の前にいるが、棚の間では誰に聞けばよいか分からない。店員は同じ色の前掛けを着け、胸元へ名前と担当商品の絵札を下げることにした。


 文字を読めない客でも、葉の札なら青果担当、魚の札なら鮮魚担当と分かる。リリアは入口を示す籠の札を選んだ。


 練習は昼まで続いた。


 客役を頼んだ二十人のうち、一度で会計まで進めたのは三人。籠を自分の物だと思った者が六人。途中で商品を食べようとした子どもが二人。入口から逆に入った者が五人。


「本番で説明する店員が要ります」と雨宮。


「入口にリリア、売場にロアン。ガルドは出口。ネネは青果と試食。ポルカは籠と設備を見てもらう」


「店長と私は会計ですね」


「最初は二人でやりましょう」


 役割を書いた札を壁へ貼る。


 雨宮が会計台の引き出しを開けた。中には本社が両替した現地通貨が、種類ごとに分けてある。


「釣り銭も確認します」


 ロアンが中をのぞき込み、すぐに顔をしかめた。


「これじゃ足りない」


「試験営業の売上予測から計算しています」


「みんな、大きい銀貨を出すぞ」


「市場では銅貨を使っていました」


「店が値切れないなら、客は細かい金を持ってこない。銀貨を崩す場所にも使われる」


 宗久は釣り銭の仕切りを見た。


 銅貨は百八十枚。


「初日の午前中でなくなるな」


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