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ふたつの旅立ち

作者: 空色夏樹
掲載日:2026/04/01

小さなお庭の片隅で繰り広げられる物語。

すこし心を休ませていきませんか?

ふたつの旅立ち


「犯人は、お前だ――!」


 朝から頭上で声がしてたんぽぽの子が見上げると、蜘蛛の子が怒っていた。


「なんっかい私の巣を、この、素敵で、きれいで、計算されたこの美しい芸術作品を、壊せば気が済むのよ――!」


 蜘蛛の子は、巣に顔から直撃して顔が蜘蛛の巣だらけになった猫に、お怒りでぷんぷんしつついた。


「まぁ、雨粒が残っていてめだっていたし、丁度よかったんじゃない?」

 と、ひとごとのようにたんぽぽの子が言う。


 「親に養ってもらっている立場でそんなのんびりしたようなことを言うなっ!」


 蜘蛛の子は話しながら器用に風に糸をなびかせ始めた。糸がくっついたところにスルスルと落ちていく。そして、糸をぴんっと張った。


「君の巣は見えにくいし、本当にねちっこいよね。ぼくの顔がベトベトだよ」


 文句を言いつつ、ぺろんぺろんと身体をきれいになめて、みづくろいする子猫。


「はいダウト〜」


 と、思わず口にでる。この春に生まれた子猫が、蜘蛛の子の巣を壊したのはもう私、たんぽぽの兄弟たちより多いくらいだ。もはや偶然とは思えない。蜘蛛の子の反応が楽しくてやってるのだ。絶対ワザとだ。


 身ぎれいになった子猫は、今度はわたしたちたんぽぽにちょっかいを出してきた。前足で猫パンチ。揺れる揺れる!わたしたちは、たんぽぽであって、サンドバッグではない。下で、わたしたちのお母さんが、


「やめなさい!ミツバチさんに頼んでちっくんしますよ!」


 と叫んでいる。揺られてぐわんぐわんになった状態で、考える。いや、母さん。ミツバチさんのあれ、命がけだから。そんな簡単に頼めるものじゃないから。どうせならスズメバチさんに……


「やだ!スズメバチなんて大っ嫌い!」


 おっと、考えたことが声に出ていたらしい。子猫が、スズメバチさんにちっくんされることを想像したのか、背中を弓なりにして、毛をふくらませた。

 一方こちらはようやく揺れがおさまって、ほっと安堵する。


「きみは、たまに考えてることが暴力的になるよね……」


 もう基礎の網はりを終えて、ねばねばの糸を張り巡らしている蜘蛛の子に言われる。蜘蛛の子とは、私たちが太陽を体全体で、人間の感覚でいうと、花びら一枚一枚が、光を受けるようになって以来の付き合いだ。あと1週間もしたら、私たちは綿毛になって母さんの元から旅立つことになる。それまでは、子供の蜘蛛のいうとおり、親に養ってもらっている身だ。太陽の光を浴びて、地中に深く深く根を張ったお母さんから、ありがたく栄養をいただいている。


それにしても暴力的だなんて。まったく蜘蛛の子ったらきびしい言い方をする。私は平和主義なんだから。スズメバチさんは、たまに虫も食べるけど、私たちの旅の荷造りの準備をしてくれる、優しい心の持ち主なんだから。


 そよ風のような笑い声と共に、しじみ蝶さんが舞い降りてきた。


「ほら、花粉をたくさん持ってきたから、蜜と交換してくださる?」

 

「わぁ、ありがとうございます!」


 周囲の姉妹たちが、わぁっとはなやいだ声をあげた。兄弟たちは、自分の花粉を運んでもらえるように準備を始める。しじみ蝶さんは、花開いた時からのお友達だ。美味しそうに蜜を飲んでいる間、蜘蛛の子に釘を刺す。


「このしじみ蝶さんを食べたら、ただじゃおかないんだから」


「ただじゃおかない?そこにいるだけのあなたになにができるのさ?」


 立派な巣を張り終わった蜘蛛の子が、満足そうに巣の真ん中で風に揺れている。


「綿毛になったら、あなたの巣にずっと張り付いて、ここに巣があるわよ!て叫び続けてあげる」


そう、私が主張すると、ふふふ、としじみ蝶さんが笑う。


「その前に、僕が巣を破ってあげる!」

 

 子猫が、ドヤ顔で言い切った。


「やっぱりわざと破ってたんだな?!わざとだったんだな?!」


騒ぎ立てる蜘蛛の子を尻目に、子猫はキリッとした顔をして、


「世の中何が起きるかわからないよね!じゃぁ僕はパトロールしてくるよ。ばいばい」


 あっさりどこかへ行ってしまった。


「あんの子猫、いつかどこかで痛い目にあわせてやる……」


 蜘蛛の子は、牙をカチカチ鳴らして怒った。でも、蜘蛛の子の牙では、せいぜい子猫の毛を切るのが精々だろう。

 

 蜘蛛の子の今のごはんは、もっぱら小虫、羽虫で、その食欲は底を知らない。でも、そろそろしじみ蝶さんあたりも対象になりそうだ。


「しじみ蝶さん、こんなに敵が多いのに、しじみ蝶さんは怖くないの?なんでそんなに楽しそうにきれいに空を舞うことができるの?」


 ふと、そう私が疑問を口にしたら、蜜を吸っていたしじみ蝶さんは、その口をとめて、うーん。と考え込んだ。


「栄養を蓄えて、卵を産んだら、もう次の子たちが私の思いを、私が母の思いを引き継いでいるように、引き継いでくれるから、何も怖くないのよ。」


 そう聞いて、そんなものかな?とちょっと納得。 私も、いまはたんぽぽお母さんの一部で、生かされているけれど、綿毛になったら、新しい土地に風に乗って旅に出て、降り立ったところにたんぽぽお母さんのように根を張って、今度は私が、送りだす側になる。どんな世界が待っているかわからないけれど、期待に心が弾んだ。


 その日の夜、閉じられた蕾の中で、うとうとしながらこう考える。


 ――もし、土がないところに落ちたらどうしよう。


 茎を切られたり、葉っぱをちぎられたりするのは全然怖くない。根っこがあれば、いつでも再生できるから。でも、土がないところに落ちたら……


「そしたら、近くを通る生き物にくっつけばいいのよ」


 たんぽぽお母さんの優しい声がした。


「お母さん、起きてたの?」


「お母さんとあなたたちは今、一心同体。大丈夫よ。古からの知恵が私たちをまもってくれるわ」


 いにしえからの知恵。心がほぉっと温かくなるようだ。


「安心してお眠り。私の可愛い子」


 たんぽぽお母さんの優しい声が、そう囁いたのを聞きながら眠りについた。


「昨日はめずらしく考えこんでいたわね」


 朝がやってくると,蜘蛛の巣で揺れている蜘蛛の子が話しかけてきた。


「聞いていたの?」


「聞いていたもなにも、近くにいるんだから聞こえるわよ」


 そう言って,蜘蛛の子は巣についているゴミを片付け始めながら、「いいわね。あなたは」と,つぶやいた。


「え?」


 と,たんぽぽの子が聞き返したけれど、蜘蛛の子はそのまま黙って巣の補修に取り掛かりはじめて、もうこちらを向くことはなかった。


 お昼近くになって、しじみ蝶さんが、また花粉を持って蜜をもらいに来てくれた。いそいそと蜜を用意しながら、たんぽぽの子は「ねぇ、しじみ蝶さん」と話しかけた。


 「しじみ蝶さんと蜘蛛の子さんって同じ種類だよね?」


 「えぇ、そうね。うぅんと、虫、という種族という点では一緒だわ」


 「しじみ蝶さんはいつも楽しそうだよね。お友達と一緒に空を舞って遊びに来てくれるでしょう?」


 ふふふ、としじみ蝶さんは笑った。「そうね、ふわりと空を舞っているように見えるかもしれないわね。たまに鬼ごっこなんかもしているわ」


 「でね、私気づいたんだけど、蜘蛛の子さんにはなんでお友達がいないんだろう?いつも1人ぼっちに見えるの」


 そうだ、朝からうんとたくさん考えてたんぽぽの子はこの事に気づいたのだった。蜘蛛の子は私とおしゃべりをたまにしてくれるけれど、基本的にはいつもひとり。蜘蛛の子の蜘蛛のお友達に会ったことも紹介されたこともない。強いて言えば、通りすがりのぴょんぴょん跳ねる蜘蛛さんにシャー!と威嚇をしていたくらい。


 しじみ蝶さんは、あげは蝶さんと会ってもとても楽しそうなのに。


 「そうね……」と、しじみ蝶さんは蜜を吸う口を止めて、開いていた羽をゆっくりと閉じた。


「ちょっとあなたはまだ知らなくていい世界かもしれないわね」


 「え?なんで?」思いがけない返答にたんぽぽの子は驚いた。どういうこと?


 すると、たんぽぽのお母さんがそっとしじみ蝶さんにお願いをしてくれた。


 「この子も、生まれてもう4日になります。大人の仲間入りももう直ぐです。よかったら、話してやってくれませんか?」


 たんぽぽは、花が咲いてから1週間、遅くて2週間で旅立ちとなる。お別れの時が近い我が子に、たんぽぽのお母さんは色々なことを教われるようにとしてくれていた。「私たちの知識だけでは、わからないこともたくさんありますから」


 「そうね」と、しじみ蝶さんはうなずいてくれた。そして、とつとつと語りだしてくれた。


 「あの子たち蜘蛛の世界はとても厳しいの。まだ小さいから、自分の力加減を知らないと命を落としかねないの。それに……」しじみ蝶さんが言いにくそうにしているところを、いつの間にか来ていた蜘蛛の子が「大きな先輩たちがいても、助け合うことはなく、同じ仲間でもお構いなしに食べられてしまうわ」と、言い切った。


「同じ、仲間に、食べられる……?」


 たんぽぽの子は息を呑んだ。知らない世界の話。たんぽぽの子の見えている世界にそんなことが起きているなんて知らなかった。


「でもでも、蜘蛛の子にはお母さんはいないの?」


 うろたえて、たんぽぽの子は思わず質問をした。そう、お母さん。わたしたちを守ってくれているお母さん。蜘蛛の子にもきっと……


「蜘蛛は,孵化した時からサバイバルモードで、親や兄弟からも逃げなくてはいけないのよ」


 小さく首を振りながら、しじみ蝶さんは、淡々と告げた。蜘蛛の子は、親からも、兄弟たちからも、命懸けで逃げ出してきたのだった。生まれてすぐ。命の危険を感じて。


 「あなたたちにもあるように、私たちには私たちの、いにしえからの知恵があるわ。わたしが持っている、いにしえからの知恵は、生まれたらすぐに逃げることと近くにいる虫を狩をすることをうながすのよ」


 今まで、たんぽぽの子にとって、いにしえからの知恵は温かくて、守ってくれる、ほっこりした存在だった。


 でも、今聞いている、蜘蛛の子の持っている、いにしえからの知恵は違う。全然違う。


 思いだすのは、「親に養ってもらっている立場で」昨日、蜘蛛の子さんに言われた言葉。蜘蛛の子さんは、養ってもらったことなんか一回もないんだ。甘えたくても甘えられないんだ。私はなんて恵まれているんだろう。


「私はひとりで全部やってきた。……これからもひとりぼっちなのかもしれないわね。お腹がすいたら、他の虫は全部ご飯にしか見えないし……」


 たんぽぽの子は、ひとりぼっちの蜘蛛の子が可哀想に思えた。

 

 つーっと、たんぽぽの子の前に蜘蛛の子がぶら下がっていた。


 「なぁにそのみっともない顔」


 なんでもないように、蜘蛛の子は風に揺れていた。


 「蜘蛛の子さん……」


 「言っておくけど、同情なんて願い下げですからね」


 ぴしゃりっと蜘蛛の子は言った。


 「同情じゃないけど……でも、蜘蛛の子さんは、これからどうするの?どう生きていくの?」


「そんなの知ったこっちゃないわよ。生きていけるように生きていくわ」


 現実的な蜘蛛の子の言葉に、たんぽぽの子は何も言い返せずにいた。



 よくしゃべるたんぽぽの子が、綿毛になった。ふわっと空気を含んで、今にも上昇気流に乗って飛びたちそうになっている。


「さぁ、あなたたち、子孫繁栄して、たくさんの花畑をつくるのよ」


 たんぽぽのお母さんが、子供たちにそう呼びかけても、なかなか綿毛たちは飛び立てずにいた。高いところに巣を張った蜘蛛の子は、おしゃべりなたんぽぽの子とお別れになると察して、少ししんみりした。しんみりしても、虫たちをしゃぶるスピードが、少し減っただけだけども。


「ねぇ、蜘蛛の子さん!」


 急に話しかけられて、蜘蛛の子は咳き込んだ。羽虫の足の小さな産毛が気管に入ったようだ。しばらくむせて、苦しんだのち、蜘蛛の子はさきほどのしんみりとした気持ちはどこへやら、忌々しそうに綿毛を見た。


「なんだい、綿毛さん」


「蜘蛛の子さんも、一緒に旅に出ようよ!」


 思いもよらないお誘いに、蜘蛛の子は目を白黒させた。


「私の綿毛に蜘蛛の子さんが掴まっていれば、きっと一緒に飛べるよ!」


 綿毛は、さも名案のように言ってのけた。


「いや、わたしは、ここで暮らすことに不満はないから……」


 「風に乗って、旅する機会なんて、そうそうあるもんじゃぁないと思うの。それに、蜘蛛の子さんが一緒だったら、何があっても大丈夫な気がするんだ!」


 蜘蛛の子は戸惑った。ここには、ようやく顔見知りになれたたんぽぽさん、しじみ蝶さん、子猫がいる。十分にご飯を食べることもできる。なんの不自由もない。旅に出る必要性を感じなかった。


「風に乗って、ふたり旅。いいじゃぁないの。新しい刺激があるわよ」


 歌うようにしじみ蝶さんがうながした。綿毛になったたんぽぽの子は言葉を連ねた。


「蜘蛛の子さんは、それでいいの?刺激のない、この小さなガーデンで小虫ばかり食べているような生活で本当にいいの?」


綿毛の言葉は、蜘蛛の子の胸を深く貫いた。そう。最近、小虫ばかりで、グルメな蜘蛛の子は飽き飽きしていた。もっと、もっと美味しい虫があるはずだ。密かにコレクションしている、きれいな虫のまだ見たこともないような羽もあるはずだ。見たことのない景色を、このおしゃべりな綿毛と共に見に行くっていうのも、なかなか面白いかもしれない。それに、綿毛は私のご飯にはならないし、私も綿毛のご飯にはならない!


「本気で、本気で綿毛は私のことを誘っているの?」


「うん。本気の本気の大真面目に誘ってる!」


 糸を垂らして、蜘蛛の子は、おしゃべりな綿毛のもとに降りて行った。たんぽぽの茎が、わずかに揺れる。


「わかった。じゃぁ、行こう」


「風が強くなってきた!もう飛んじゃいそう!お母さん!元気でね!」


 綿毛の子は焦って早口になって叫んだ。蜘蛛の子は、綿毛の種の上にしっかり捕まり、自分も凧のような糸を伸ばした。


「うちの子を!よろしくおねがいいたします!」


 たんぽぽのお母さんが叫んでいる。強い春の風が迫っていた。


「「1、2の3!」」


 風はいとも簡単に、彼らと綿毛の兄弟たちを攫って行った。

何度も推敲して作った代表作です。

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