表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

世界が気遣いを覚えた結果、さらにうるさくなる

 朝から嫌な予感はしていたが、今日は予感がやたら丁寧だった。


 目が覚めた瞬間、天井がやけに高く感じる。実際には変わっていないはずなのに、空間そのものが俺を見下ろしている感覚がある。昨日までは神殿。今日は劇場だ。観客席まで用意されている気がする。


『――覚醒。新たな一日が始まる。』


『おはよー! ちゃんと寝られた? 寝顔、ちょっと疲れてたよ』


「実況で寝顔語るな」


 声は相変わらず、容赦なく部屋中に響いている。いや、部屋だけじゃない。家全体だ。階下から物音がする。母親が起きている。


「……昼真?」


 階段の下から、不安そうな声がした。


「何、今の声……テレビ?」


「違う! 俺の能力だ!」


『――家族、混乱。』


『びっくりするよね。でも安心して、お母さん。昼真くんは元気だよ』


「安心できるか!」


 母親が階段の途中まで上がってきて、俺を見た。視線が俺じゃなく、俺の周囲を漂う光に向いている。昨日より明らかに派手だ。色が増えている。金だけじゃない。淡い青、柔らかい白、意味の分からない虹色。


「……あんた、光ってない?」


「光りたくて光ってるわけじゃない!」


『――否定。』


『うんうん、本人の意思じゃないんだよね。でもね、今日は昨日より安定してるよ』


「安定の基準が狂ってる!」


 朝食の席につくと、さらに地獄だった。


 箸を持つだけで演出が一段階上がる。湯気がやたら神々しく立ち上る。味噌汁が回転して見える。白米が輝いている。普通の朝食なのに、世界が全力で持ち上げに来る。


『――朝餉。重要な儀式。』


『ちゃんと食べるのえらいね。昨日は大変だったもんね』


「気遣いを覚えるな世界!」


 母親は完全に言葉を失っていた。俺もだ。親に能力バレするのは想定していたが、こんな形じゃない。


 家を出ると、通学路がざわついていた。人が多い。明らかに多い。カメラを構えている大人までいる。


「……なんで」


『――人々、集う。』


『昨日の光、遠くまで見えたみたいだよ。みんな気になっちゃうよね』


「気にならなくていい!」


 俺が一歩踏み出すたびに、空気が反応する。風が吹き、光が揺れ、声が響く。しかも今日は、ナレーション同士が会話を始めている。


『――彼は戸惑っている。』


『そりゃそうだよ。注目されるの、苦手だもんね』


「俺の性格まで決めつけるな!」


 学校に近づくにつれて、人の数が増えた。警備員まで出ている。校門前が完全にイベント会場だ。


「神代くん!」


 鷹宮が走ってきた。生徒会長としての威厳は、もうほぼ残っていない。目の下の隈が限界を超えている。


「今日は……いや、今日もだが、対策を練った」


「聞きたくないけど聞く」


「制御はしない。刺激もしない。君はただ普通に過ごす」


『――決定。』


『うんうん、それが一番だよ』


「普通に過ごせてないんだよ現状が!」


 教室に入ると、全員が一斉に拍手しそうな空気になった。誰も拍手はしていない。だが、期待と緊張が混ざった視線が突き刺さる。


 澄斗が、小声で話しかけてきた。


「なあ、神代」


「何だ」


「昨日より声、優しくなってない?」


「やめろ」


『――友人、観察。』


『気づいちゃった? 今日はサポート重視なんだ』


「重視しなくていい!」


 授業が始まったが、相変わらず成立しない。今日は実況に加えて、解説と応援が入る。


『――板書。』


『ここ、あとで復習しよっか』


『――集中。』


『今のところ、いい感じだね』


 教室の空気が異様に和やかだ。和やかすぎる。世界が俺を通して、クラス全体を見守っている感じがする。最悪だ。


 昼休みが近づくにつれて、演出がじわじわと強くなる。昨日学んだことがある。制御しようとすると爆発する。なら、何もしない。


 俺は何も考えないようにした。


『――無為。』


『力抜けてるね。その調子だよ』


 屋上に移動することになった。もう隔離が常態化している。


 屋上に出た瞬間、空が反応した。雲が動く。光が集まる。だが、昨日ほどの爆発は起きない。抑え込んでいないからだ。


「……今日は、まだマシだな」


『――評価。』


『うん、昨日よりずっと穏やかだよ』


 俺がベンチに座ると、空間が少し落ち着いた。聖歌隊は小さくハミングしているだけだ。オーケストラも控えめ。世界が気を使っている。余計なお世話だが。


 だが、問題はそこじゃなかった。


 俺が弁当箱を取り出した瞬間。


『――兆候。』


『あ、来るよ』


「来るな」


 俺は止めようとしなかった。ただ蓋を開けた。


 その瞬間、演出が跳ねた。


 制御しなくても、期待されると跳ねるらしい。


 光が広がる。音が厚みを増す。二人の声が、完全に掛け合いになる。


『――昼餉、開始。』


『今日のメニュー、気になるよね』


「実況とワイプ解説みたいなことするな!」


 だが、昨日のような暴走はない。世界は盛り上がっているが、理性がある。理性を持つな世界。


 俺が一口食べると、音が少し強まる。


 二口目で、光が増す。


 三口目で、歓声が混じる。


「……なあ」


 俺は空に向かって言った。


「これ、俺が美味そうに食うほど、盛り上がる仕様か」


『――肯定。』


『だって、美味しいって気持ち、大事でしょ』


「応援の方向性が間違ってる!」


 だが、悟った。


 世界はもう止まらない。


 抑えてもダメ。


 無視してもダメ。


 制御しようとすると爆発。


 期待されると増幅。


 残された選択肢は一つだけだった。


 普通に、受け入れる。


 俺は深呼吸して、弁当を食べ続けた。


『――受容。』


『そうそう、それでいいんだよ』


 演出が、一定のレベルで安定した。


 消えはしない。


 だが、暴走もしない。


 屋上の空に、柔らかい光が満ちる。音は荘厳だが、耳を壊すほどではない。二人の声は、俺の行動を見守るように流れている。


 俺は理解した。


 この能力は、制御するものじゃない。


 抑圧するものでもない。


 付き合うしかない。


 世界が勝手に喋るなら、俺は俺で生きるだけだ。


『――結論。』


『昼真くん、ちゃんと前向いてるね』


 前向きじゃない。


 諦めてるだけだ。


 だが、世界はそれを成長と呼ぶらしい。


 今日も俺の昼飯は、世界規模で見守られている。


 静かに食べたいという願いは、もうどこにもない。


 代わりに、ひとつだけ確信した。


 この世界は、俺を放っておかない。


 しかも、やたら親切に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ