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8.二度目の勇者、約束する

 ハルバーンたちが西の街道で助けて護送した商人は、領主と昔馴染みだったようだ。


 わざわざ館から出て彼を出迎えた小太りの領主はしかし、二、三こと商人と話すとその表情が沈んでしまった。


「あいつはこの街の出身で、この状況でも物資の運送を請け負ってくれていたんですがね」


 レンリィは静かな街並みを見ながら続ける。


「しばらく、仕事は請け負えないと言われてしまいました。さすがに命には代えられないと」


 アルディールから状況報告を受けながら交わした少ない会話の中でさえ、領主としての苦労が窺えるようだ。


 ハルバーンも、領主のその様子と合わせて一緒に肩を落としてしまった。





「やっぱ、魔物を追いかけ回して倒すだけじゃ解決しねーのかな?」

「そうでしょうね。厳しいことを言うと、たとえ魔物が大量に出現しているこの状況を乗り切っても、かつてのようにロバウトが賑わうのは難しいでしょう」

「いえ、この街の教会は手入れが行き届いておりました。住民の皆さんが苦しい中でも寄付や清掃に協力して下さっているおかげです。神様は決して、この街を見捨てたりはしないでしょう」

「「……」」


 ソーセージ屋の値段の高さに驚きながらテーブルに座ったハルバーンとアルディールの視線は、何故かここまでついて来る一人の少女へと向けられる。


 少女は彼らからの視線を正面から受け止めながら、軽くはにかんで見せた。端整な面持ちがふわりと溶ければ見惚れる者は多いだろうが、ハルバーンはむしろ怖気を感じてしまう。


 いや"連れてけ"と少しドスの効いた声で脅されたハルバーンでなくとも、拭いきれない血の跡が着いた少女に警戒を抱く者はいるかもしれない。


「街道でも言いましたが、改めて自己紹介をさせて頂きますね。私は聖職者のセリカ・ミルディアと言います。お二人の善行に感銘を受けましたので、少々お話をと」

「善行ってか……仕事を受けたから当然のことなんだけど……」

「いえ。近頃は、依頼の前払い分だけをせしめて野盗になる冒険者や傭兵が増えていると聞きます。その点、お二人は私の手が届かなかった方々を助け、そして私も救ってくださいました」

「救ったも何も一人で血祭りにあげ」


 すっと鋭く細まった眼が刹那ハルバーンに向けられた。笑みは少しも変わらなかったが、細身には似合わない威圧感と凄みが伝わってくる。


「若い女性が男二人に、無警戒に近づくべきでありませんよ。それとも、我々に何か用があるんですか?」


 アルディールが少女の真意を探るように聞く。主人の様子が普段とは少し違うことに気が付いている彼は、少女となにかあったのではないかと疑っていた。


「……そうですね」


 セリカがテーブルに視線を落とす。木の器に乗せて運ばれてきたソーセージは香ばしい匂いを漂わせたが、彼女の気を惹くことは出来なかった。


「領主様とのお話を聞いてしまったのですが……お二人は勇者様とその従者様で、領主様から依頼を受けているんですよね?」

「ふっ。何を隠そう俺は二人目の勇者であるベルグ・オリ」

「いや、誰も隠してないですけどね。名乗りが長過ぎて隠れるところがありませんよ」

「ちぇっ!」


 ハルバーンは少しだけ残念そうに肩を竦めた。


「でも、そうだ。俺が一応二人目の勇者で、隣が従者のアルディールだ」


 セリカは小さく感心したような声を上げると、ハルバーンに向かって勢いよく身を乗り出した。


「お願いします。私にあなたの受けている依頼を手伝わせて下さい!」

「え?」

「私は聖職者として、それなりに優れている自負があります。戦闘にも自信があります」

「ちょ、ちょっと!?」


 ハルバーンはグイグイ迫って来る少女から身を反らす。テーブルに置かれたソーセージはアルディールがさっと器を引っ張ったことで事なきを得たが、その勢いはテーブルそのものを揺らし始める。


 それまで落ち着いていた少女の突然の変わりように、アルディールは冷静に問いかけた。


「随分と必死ですが、何か理由があるんですか?」

「……私は聖職者です。無辜の民が傷つくことを、神様はお喜びにはならないでしょう。彼らのために、この身を尽くしたいのです」


 セリカは一度大きく深呼吸をして、祈りのポーズをとりながらしずしずと語った。銀色のサイドテールが夕焼けに照らされ、桜色の小さな唇が穏やかな微笑みで結ばれたその姿は、慈愛に満ちたものであった。


「おぉ……!何か俺よりも多分勇者っぽいこと言ってる。でもさ。そんなに民が大事なら、なんで商人を先に助けなかったんだ?」

「……」


 ハルバーンの純粋な疑問をくらって、聖職者の目が微かに泳いだのをアルディールは見逃さなかった。


「それに、申し出を受け入れるにはお互いを知らなすぎます。本当に善意からだとしても、私はそれを素直には受け取れません」


 セリカは俯いた。誰からも見えなくなったその表情を知る者は彼女自身しかいなかったが、顔を上げた彼女は落ち着いていた。


 とても。感情を限界まで押し込んだみたいに。


「私は……この件の黒幕に心当たりがあります」


 ハルバーンとアルディールは目と目を見合わせた。予想もしていなかった言葉に、しばし沈黙が流れる。


「……何故それを最初に言わなかったんですか?」

「情報を渡してもいい相手なのかどうか、もう少しだけこの眼で確かめたかったんです」


 観念したように少女は肩を落とした。けれど再び沈黙が流れたのは、少女とアルディールのどちらにも疑念と思惑があったからかもしれない。


 そしてそれをぶち壊しにする人物が隣にいることを、アルディールは忘れてしまっていた。


「じゃあ一緒に仕事をして、確かめればいいじゃん。んで、信じられると思ったら教えてほしい。でも、俺たちだってセリカを信じられるかどうか確かめるからな!」


ハルバーンがそう言うと、セリカは呆然としながら呟いた。


「そんなに。そんなに簡単に受け入れるの……?」


だが、すぐに頭を振って続ける。


「……はい!お願いします!」


 アルディールは頭を抱えながら、セリカがぎこちなく、ハルバーンは微笑んで握手をするその光景を見ているしかなかった。


 とは言え、あの無計画な放蕩王子がただ相手を受け入れるわけではなく、自分なりに考えて出した言葉に思えて、彼は微かに緩みそうになった頬を自ら叩いた。


「でも、情報を切り売りしたいわけではないんです。ただ、勇者様が実際にどれ程のお力を持っているのかを知りたいだけなんです」

「はぁ!?それだけでいいのか?」


 セリカはしおらしくコクリと頷いた。肩を降ろし、ほぅと漏れた安堵の息は華奢な少女らしくか細そかったが、それから気を取り直してソーセージにフォークを突き刺す動きは存外に豪快だった。


「しかし、ハルバーン殿の力を見せて欲しいと言われても、どう証明すればいいんですか?まさか決闘をするとでも?」


 従者はでたらめな一刀のもとに伏された魔獣の死骸を思い浮かべながら、体を震わせて続ける。


「絶対にそれは止めておいた方がいいですよ。本当に。真剣に」

「それにも少し、興味はありますが」


 フォークを軽く咥えながら、妙に熱の籠った声と視線を送る。これほど熱視線を女性から受けて嬉しくないことなんてあるんだな、とハルバーンに思わせるには十分なほどだった。


 しかしすぐにフォークを器の端に置くと、その熱気は幻のように消えていた。


「恐らく黒幕の部下と思われる強力な魔物が、冒険者や商人、旅人から収奪した物質を集めている場所を見つけたんです。街道からかなり外れた場所にある、小さなダンジョンなんですが」


 カバンから取り出した手書きの地図をテーブルに広げ、その場所を指した。が、その地図は子供の落書きのようにぐちゃぐちゃで、勇者と従者には一見しただけでは何も伝わらなかった。


 だがセリカは止まらない。


「私一人ではどうにも出来ないと思って泣く泣く諦めたんです。もし、勇者様と従者様が一緒に来て下さるなら、私も力になれることをお見せ致します」


「あー、うん。つまり、その……潰れたチーズみたいな絵の場所で、俺とアルディールの腕前を見たいってわけか」


 潰れたチーズって……とセリカは拗ねるように呟いた後で答えた。


「……はい。もしかしたらこのダンジョンの中に、あいつの部下もいるかもしれません。ここで魔物の兵站管理や統率なんかを行っているのなら、このダンジョンを潰すことはロバウトのためにもなるはずです」


 話を進める二人を横目に、アルディールはセリカの描いた地図をじっくりと眺めていた。そこに描かれているのは子供の絵だが、内容自体は非常に緻密だ。ロバウト周辺の自然環境や建物の位置、魔物の数や動きまで描かれており、かなりの時間をかけて書いたことがわかる。


 ハルバーンはダンジョンの記号を見て"潰れたチーズみたいだ"と言った。しかし地図全体を眺めるアルディールは、"潰す"では言い表せないものを感じ取った。


「何がここまでさせているんだ……?」


 少女から執念を感じたアルディールは、そう呟いた。


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