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7.二度目の勇者、怪しい少女と出会う

 館を辞したハルバーンとアルディールは、領主からいくつか援助を取り付けていた。


 約束されたのは、厩舎のある宿と食事の無償提供、状況や魔物の情報共有、そして相場からはかなり少額なものの依頼料の前払いにあたる金貨一枚と銀貨五十枚。

 もし街道にいる魔物を一掃出来れば何倍もの報酬を支払うとも言われているが、しかしアルディールはそれが可能かどうか懐疑的だった。


「やはり領主様も魔物の出現は、何者かの組織的な動きだと睨んでいるようですね」


 レンリィから受け取った資料を読みながら、真面目な従者はそう言って続けた。


「魔物が組織的に行動するなら、その影には恐らく強力な存在がいるでしょう。正直、相当な覚悟が必要ですよ?」


 そう言ったアルディールの肩を覆う皮鎧ががしりと掴まれた。分厚い掌の感触は、ある意味魔物より恐ろしい。


「ははっ、頼りにしてるぞ?」

「……勿論です。従者として、"常に"後ろに控えておりますからね」


 重要な情報を共有し終えたのか、アルディールは書類を鞄の中へとしまった。彼ら二人の横には準備を整えた馬がいて、そしてやはり漆黒の馬は主人を乗せる気がないようだった。


 街の大通りからは、かつかつと人や馬の足音が聞こえてくる。昨夜酒場で聞いた通り、人通りは多くなかった。かつてどれだけこの通りが賑わっていたのか二人に知るよしはない。


 ただ、立ち並ぶ立派な作りの店の中には、持ち主がいないものも多かった。


 酒場の主人の昔を懐かしむ表情を見たハルバーンには何だか、それがとても寂しく思えた。





「闇雲に街道を巡回するだけじゃどうしようもないなぁ……」


 西の街道でブロンドの髪を靡かせながら、ハルバーンが呟いた。魔物の大群が出る、と聞いていたのだが二時間走り続けて得た成果はゼロだった。


 後ろで馬を駆るアルディールは、ようやく気付いてくれたか、と思いながらもそれを言葉にはしなかった。


 ロバウトの状況をすぐに解決する手段なんてそうそうない。従者は、冒険者や傭兵の仕事がイメージより地道で根気のいるものだと、実体験を持って主人に分かってもらおうとしていた。


「はぁ……あの魔物を引きつける粉、衛兵に渡さなきゃよかったな」


 そんなことを思っていたハルバーンだったが、彼が幸運の持ち主なのか、それとも勇者と言う称号が呼び寄せるのか、それからほどなくして人の苦悶の声と魔物の雄叫びが聞こえて来た。


「おおっ!?前からか!?」


 一段、二段とペースを上げた漆黒の馬とハルバーンについて行く術がアルディールにはない。せめてもと抜いた剣が敵に一太刀与える前に。


「ヒヒィィイン!」

「どりゃああ!」


 数体の魔物は一匹と一人によって殲滅されていた。


 アルディールがやっと追いついた時には魔物の無残な死体が転がっていて、それが何だか冒険者や傭兵の苦労を分かってもらおうとしていた無意味さと重なってしまった。


「あ、ありがとうございますっ!!」


 倒れた荷馬車の近くにうずくまっていた数人の商人が、感謝を伝えて来る。ハルバーンはそれに応えるように軽く手を振りつつ、その興味は商人たちを包み込んでいる淡く白い半円型の光の方へと移っていた。


「これは何なんだ?……あちっ!?」


 白いベールに触れたハルバーンが、反射的に手を引っ込める。じりっと焦がされた手は無傷だったが、なんだか少しだけ負けたような気になってしまった。


「これは奇蹟ですね。聖職者の使う……まぁ、魔術みたいなもんです」

「きせきぃ?魔術だの呪術だの奇蹟だの、あー、ややこしいな!」


 眉根を下げながら、ハルバーンは剣に着いた魔物の血を拭う。白いベールの中からそんな彼を見ていた商人が、未だ残る恐怖に声を震わせながら言った。


「こ、この奇蹟は、聖職者様が施してくださったものです。ただ彼女は、私たちを襲っていた魔物には興味がなかったのか」


 商人は、街道を逸れた林の奥を指さした。


「結界を張ったあと、"ここから動くな"とだけ言い残して魔物の群れを追って行かれました」

「人の命よりも、魔物の群れを殺すことを優先したってことか?」

「わ、私どもには分かりません。結界を張って下さいましたし、命が助かった以上、利のない恨み言を言っては商人の恥に当たります。ただ……」


 ほぅと小さく息を吐き出して、商人は重々しく言った。


「職業柄、人の怒りを何度も目の当たりにしてきましたが……あの眼に滾る怒りは相当なものでした。少なくとも、私の目にはそう映りました」


 ハルバーンは自然と商人が指を差した林の奥を見つめていた。正直、たった一人で魔物の群れを追いかけた聖職者が気にかかる。だが、荷馬車が壊れた商人たちを放って置くわけにもいかない。


「気になるんですか?」


 従者からそう問われ、ハルバーンは頷いた。


「まぁ気になるな。一人で大丈夫なのかってのもあるし、何で魔物を優先したのかも気になる。んでもまずは、荷馬車とこの人たちをどうにかしないとな」


 そう言ったところで、ハルバーンの背中に強い衝撃が走った。思いっ切り蹴るでもなく、かといって戯れでもなく。漆黒の馬は苛立ちの表情と共に振り返った主人の目をしっかりと捉えて力強く嘶いた。


「荷馬車の応急処置には時間がかかります。魔物を軽く蹴り殺せる、この良くわからない馬もいます。結界がどれだけ持つのかは分かりませんが、まぁ何とかなるでしょう。無茶だけはしないで下さいよ」

「……悪い。アルディール、ここはしばらく任せるぜ」


 従者の胸を拳で軽く叩いてそう言うと、今度はいつもいつも蹴られてきた馬の横に立つ。


「あー、お前にも一応感謝をだ」


 そう言いながら背中をぽんぽんと叩いて労わろうとしたが、馬は華麗に躱してそっぽを向いた。


「やっぱクソ馬だわ……」





 商人が指さした方向に進むだけでは、聖職者の足取りを追うことは不可能に近い。

 ハルバーンは追うと決めてようやくそのことに思い当たったが、林の奥に辿り着くとすぐに杞憂だと分かった。


 地面に滴る魔物の血の中に、人の足跡がくっきりと残っている。紅く染まった足跡は途切れることなく前へと進み、何度も何度も魔物の血や骸を踏みしめると、その度に深く染まっては足取りを強く刻み付けていた。


「ひでぇな。聖職者って奴らはみんなこんな戦い方なのか?」


 千切れた魔物の死骸を見ながら率直な感想を口にする。赤い死の道はどこまでも真っすぐ伸びて、不意に光が強くなったかと思えば、木々の隙間から小さな洞窟が見えて来た。


 血の足跡は、その洞窟の中へと続いている。


 ――敵の姿や声を認める前に、ハルバーンが剣を抜いたのは初めてだった。


「割とやべぇ気配がするな……」


 どうする?逃げちまうか?


 聖職者のものらしき足跡から不穏な予感を覚えたハルバーンが、洞窟から少し離れて真面目にそう考えていた時だった。


 薄暗い洞窟の中から、魔物の声と同時にくぐもった女性の声が聞こえて来た。


「やっぱ中にいたのか!一人で大丈夫……なわけないよな!」


 逃げる、という考えが頭の中から消えたわけではなかった。しかしこの異様な気配が声を上げた魔物のものだとすると、聖職者が危ないかもしれない。


 そう思って駆け出した彼の衝動は、洞窟の入り口に着いた瞬間一気に冷えてしまった。


 ほの暗い洞窟の岩肌に揺らめく影が映る。人影のように見えるそれは、突如影より暗い闇に洞窟の中が満たされ消えていった。


 光を取り戻したその瞬間、岩肌に映った人影の背には、闇にも似た暗さの何かが伸びていた。


 ほどなく血飛沫が入り口まで飛び散った。


 くぐもった笑い声は、そんな暗がりの中で反響する。


 美しく、けれど悲しく。


「一体……何だってんだ?」


 思わず言葉にしてしまったハルバーンはすぐに口を押さえたが、遅かったようだ。


「――どなたかいらっしゃるのですか?」


 薄暗い洞窟から追求するような言葉が響き、ハルバーンは握った剣を洞窟へと向けて構えた。


 その入り口から、血塗れの何かが出て来る。銀色の長髪を紅く染め、愛らしい顔を血で化粧したその少女の蒼い双眸は涼やかで、なにより穏やかな笑顔が一番印象的だった。


「お見苦しい姿で申し訳ありません。魔物の返り血を浴びてしまったものですから……あなたも魔物を追ってここに?」

「え?あ、いや……ってかあんた、大丈夫なのかよ?」


 "可憐な女性にはまず誘い文句を"が信条のハルバーンでさえ、そう聞きながらも警戒は崩さない。


 洞窟の中の人影が映し出したもの。血に慣れ親しんだような雰囲気。童顔の少女が、その瞳に見せる探るような光。


 ハルバーンの本能が、全力で警鐘を鳴らしている。


「はい。ほとんど魔物の返り血ですから。それに怪我をしても治せます。私は聖職者なので」

「そういう事じゃないんだけどな。治せても、痛いもんは痛いだろう?」

「痛みと共にあるのが、私の信仰心というものです」


 しずしずとそう言った少女は、そこで何かに思い当たったようにはっとした表情になった。


「もしよろしければ、お力を貸しては頂けませんか?街道で襲われていた方たちに結界を張ったのですが、こちらの魔物たちの方が脅威でしたので、その場に残してきてしまったのです」

「あっ、それなら問題ない。俺の仲間たちが保護してるからな。むしろ、壊れた荷馬車を直せるのかが心配だ」

「……そうでしたか。ありがとうございます。と言うことは、あなたはその仲間たちのところに戻られると言うことですね?」

「お?おう。そうだけど……」


 ハルバーンの戸惑いは、少女が一歩寄って来たからだった。少女は自分より頭一つ分以上に低い身長でしかないのに、体格の良い彼は思わず仰け反ってしまう。


 敵意はなさそうだが、何か底の見えない怪しさが端整な顔立ちの少女にはあった。


「でしたら、私も一緒に連れて行っては頂けませんか?」

「え。いや、それは」


 躊躇いを見透かされたのか、少女が浮かべていた涼しい瞳に、それまでとは違う熱をこめた。


「連れていってくださいますよね?一人では、不安なのです」

「ふ、不安って。あれだけ魔物を殺しておいて……!?」


 再び、一歩。敵意や害意はないと示すように杖を手から離して、しかし確かに怪しく笑んで力強く言った。


「連れてけ」

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