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5.二度目の勇者、エリディウスを識る

「はー、エリディウスって奴はとんでもねぇ悪人なんだな」

「あれでも、魔王を倒した先輩勇者です。その言い方は角が立ちます」


 少し太陽が落ちかけた時分、ハルバーンとアルディールは自分たちを罠に陥れた犯人たちの前でそう言葉にした。


 捕まった行商人とその仲間の目的は、死体から装備や物品、そして乗り手のいなくなった馬を盗むことだったようだ。


 だが残念ながら目的の死体はなく、彼らはあっさりと二人に捕まってしまった。

 そうしてロングソードを喉元に突き付けられた彼らは、どこか投げやりに全てを白状したのだ。


「魔を誘き寄せる粉、ですか。これが勇者エリディウス一行の道具だとは、二人目の勇者殿にとっては皮肉な話ですねぇ」


 商人から取り上げた袋を摘まみながら、アルディールは微かに笑った。


「普通は後輩が先輩に迷惑をかけるもんだろ。何で俺が巻き込まれなきゃならねーんだよ……」


 そう口を尖らせたハルバーンに、行商人は憎悪に燃える目を向ける。


「迷惑?あたしらなんて、あいつのせいで死に掛けたんだ!粉を持たされて、大量の魔物を誘き寄せる囮に使われた!……騙されて、這いずり回って!命からがら逃げたあたしに残ったのは、この憎らしい粉と、あたしたちを見て嗤うあの野郎の声だけだった!」


 一息にそう言ってぎりぎりと歯を鳴らし、拳に力を籠める。だがその荒れ狂う炎のような感情とは裏腹に、丸まった背や虚ろな瞳からは深い絶望も垣間見えた。


 澱んでいて、けれど鋭い激情。


「勇者がそんなことをしてんだ!あたしたちが同じようなことをして、何が悪いんだ!?」

「まぁ、確かにな。聞く限りエリディウスって奴はろくなやつじゃねぇ」


 "エリディウスの行いをその眼で見ろ。"


 父がそう言ったことを思いだしたハルバーンは、行商人を見つめた。その感情を完全に理解することは出来ないが、魔獣に襲われた際にほんの一瞬だけ、体の奥が冷たくなったことは彼も覚えている。


 もし勝手に勇者に任命されたときの自分みたいに、どうしようもなかったら。自分みたいに強くなかったら。記憶喪失みたいに何者なのかも分からなかったら。


 そんな理不尽な場面を想像すると、何故か黙ってはいられなかった。


「……じゃあ、一緒にエリディウスをぶちのめしに行くか!」


 唐突な提案は、怨みよりもなお深い記憶の残滓を刻まれた行商人に乾いた笑みをもたらした。


「はっ……そりゃ無理だ。あいつをぶちのめすなんて、無理な話だ」


 双眸が細まり、肩を震わせぎゅっと身を縮ませる。濁った瞳に浮かべたのは、昔日の記憶だ。


「囮にされた時、あたしたちは冒険者だった。勇者に少しでも力を貸したくて、協力したのに……あいつにとっては共に立つ仲間じゃなくて、駒だったんだ」

「……ですが、その憎き相手と同じようなことをしては、同じ外道に落ちるだけですよ。いえ、魔物に我々を殺させ金品を奪おうとしたのですから、より罪深い行いでしょう。特に、この方は一応王族なので」


 両手でさっと指された第四王子は、草木のざわめく林に、声高々に轟かせる。


「ふっ。私の名はベルグ・オリエット・クルザ・ハルバーン!この従者が言う通り、"一応"第四王子であるぞ!」


 だが大見得に返って来たのは、喉を枯らしたような笑いだった。


「ははっ、死の間際に王族だ何だと言われても……王子様、あの世にゃ王や勇者はいませんぜ」

「え、何か大怪我でもしてんのか?縛った時はピンピンしてたろ?」


 王子の能天気な返答に、アルディールは頭を抱える。"一応"と王子は言っているが、王族をこの様な罠にかけたことは明白で極刑は免れない。そこに加害者たちの言い分を考慮する余地などないのだ。


「殿下。彼らを衛兵に突き出さなければなりません。ロバウトに着いてすぐに、酒や食事を楽しむことは出来ませんね」

「そうか……」


 文句の一つでもあるかとアルディールは思ったが、ハルバーンは珍しく腕を組んで考えるような仕草を見せた。皮肉にも同じ勇者のことを聞かされて彼は、勇者とは何であるのかをこのとき初めて考えたのだ。


「じゃあ、エリディウスも捕まるのか?」

「はい?なんでエリディウス殿が出て来るんですか?」

「いやだって……こいつらに酷いことをしたんだろ?そのせいで、こいつらはこんなことをしたんだろ?」

「殿下。エリディウスの件と同列にするわけにはいきません。彼はこの人たちを囮として利用したのかもしれませんが、"一応"魔物の討伐という大義の元に行ったことでしょう。そして、どのような事情があろうと、この人たちの行いは完全に私利私欲によるものです」


 行商人たちは鼻で笑ったものの、反論することはなかった。


「いや、それは分かってるけどさ。なんかこう、むかつくじゃん?エリディウスは他にも悪いことをしてるみたいだしさ。勇者だったら、強かったらある程度のことは許されるのか?」

「従者として、衛兵としての立場でなければ、私だってあの」


 そこで言葉を選ぶように口を止めて、それから憎々し気に吐き出した。


「イカレ勇者のことは大っっ嫌いですよ。私も従弟が酷い目にあわされたんです。ですが、これが現実なんですよ。人間の脅威であり続けていた魔王を倒した勇者に、行いが悪いと諫めることが出来る者がいると思いますか?酒場で馬鹿にするのが精々でしょう」


 アルディールは、行商人とその仲間を立ち上がらせるとそう言った。束の間みせた珍しい表情は、すでにどこともなく消え去っている。衛兵としての経験や諦めがそうさせたのかもしれない。


「そいつら、やっぱ衛兵に突き出さなきゃならないのか?」

「何を当たり前のことを……この人たちの言うことを信じるなら、初犯ゆえの稚拙な手口でした。しかし、一度道を踏み外したものが歩き直すことは難しいのです。殿下が赦すなら私も赦しますが、仮に彼らを解放しても似たような行いを繰り返すだけですよ」

「でもさぁ」


 アルディールは重々しい溜息をつく。あの放蕩王子がここまで他人を気にするなんて、思っても見なかった。しかしだからこそ、現実を一度はっきり言葉にした方が良いとも彼は考えたのだ。


「殿下。王族の権限で恩赦を与えることは出来るでしょう。彼らに仕事を与えることも出来るかもしれません。しかし彼らのような立場の、状況の人間はあなたの手では救い切れないほど居るのです。だから、まず」


 ぽん、とハルバーンの肩に置かれたアルディールの手は、意外にも優しかった。


「その気持ちが一時の気まぐれでないのなら。本当に何かを、誰かを助けたいと思うのなら。まず、勇者になって下さい。エリディウスの野郎を咎められる、真の勇者に」

「……」


 新しい勇者は行商人たちを見つめた。そこにあるのは、嘲笑と少しの憐みだ。期待なんて微塵もない。そもそも彼らは二人目の勇者なんて聞いたこともないだろう。


「結構、大変そうだな」

「結構なんてもんじゃあありませんよ。魔王殺しを超える勇者になんて、普通はなれません」

「そうですよ、王子様。無理なことはさっさと諦めて、王族らしく楽に生きましょうよ。誰も期待しちゃいませんぜ」


 アルディールに睨まれながらも行商人は、諦観の笑みを浮かべ続ける。


 そんな彼らにハルバーンは強く声をかけた。


「なら、俺に最初に期待する人間になればいい。いや、なってくれ!」


 行商人は数度微かに瞬いたが、自虐的な笑い声を上げて返した。


「ははは……あたしたちもあの時は、エリディウスが期待してくれていると思ってたんですよ……思って、いたんだ。あんな風に、あの光の一部になれるって」


 最後に彼が漏らした本音は、林の静けさの中にゆっくりと溶けていった。ハルバーンとアルディール以外の何者にも、聞かれることはなく。


 しかし、二人目の勇者は確かにその声を聞き届けたのだ。


「俺は自分が真の勇者になれるなんて思っちゃいないけどな。でも、あんたの言葉は確かに届いたよ。それに、そいつのせいで俺が無用な罠に掛けられちまった!」

「そっちが本音では……?」


 従者の余計な言葉を、ハルバーンは無視して続けた。


「だから、勇者だのなんだのはしんねーけど、俺とあんたの恨みを全部、エリディウスに叩きつけてやるよ!」


 行商人は一瞬だけ息を呑み、肩を震わせる。笑いに似た声が漏れたが、その瞳の奥に澱む色に変わりはない。

 

「……はっ。期待せずに、あの世か牢屋の中で待ってるよ」


 行商人は本当に期待しているわけでもなく。


 けれど、誰にも気が付かれないところで刹那、勇者の剣は誰かの期待に応えるように淡く煌めき、そうして幻のように消えていった。

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