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2.第四王子、勇者となる

 翌日。ハルバーンが塔から連れ出された先は謁見の間だった。彼は第四王子ではあったが、この荘厳な一室に足を運んだことはほとんどない。


 両隣の臣下たちの礼儀作法を真似しても全く様になっていないし、その巨躯は一見して周囲から浮いていた。


「……ハルバーンよ、もう十分だ。我が子の心の伴わぬ礼は無礼であり、心が伴った無礼は叛逆である。貴様がただ無礼であることは、何よりの幸いだ」

「はぁ。ありがとうございます」


 幼い時から帝王学を学んできたならともかく、ハルバーンにはそんな大層なことを言われても意味が分からない。宮廷政治だとか、軍事だとか他人事でしかない。


 どこか遠いところから、どうでも良い大声が聞こえてきたように。音は耳に入るが意味は頭に入らない。ただ神妙に頷いて見せるだけだ。


「王族の贅沢や放蕩は、国の繁栄を示す面はある。だがお前は、それに溺れるだけの破滅への道を進んでおるのだぞ。我が臣下たちよ、私と異なる考えを持つ者はおるか?」


 誰も何も言わなかった。張りつめた空気は寒さを感じほどの緊張感を持っていた。

 そんな中でハルバーン一人だけが、いつも通りの陽気さで口を開く。


「ですが父上。俺は一度飛び方を忘れたひな鳥みたいなもんですよ。翼があっても親がいなきゃ飛び方は分かりません。あ、父上が親鳥って言いたいわけじゃなくてですね」


 長い、長い王の溜息。


「……もう良い。貴様の性根がどれほど醜いものか、その眼で直接見せてやろう」


 国王はそう言い終わると、側近に勇者の剣を持ってくるよう指示を出した。


 一気に謁見の間がざわめきで揺らぐ。どうして臣下たちが囁き合っているのか、ハルバーンには分からない。


 やがてハルバーンの少し前に置かれた剣は、ただの鉄の剣に過ぎなかった。美麗な装飾もなければ、魔力の一つも籠っていない。腕の悪い武器屋で売れ残っている剣と大した違いがなかった。


「私が許す。試したい者は、その剣を持ってみよ」


 王の許しを得て屈強な戦士たちが数人、剣の元へと進み出た。まず王城一の力自慢がまず剣を掴み持ち上げたが、特に何も起こらない。どれだけ戦士たちが試しても見ても、ただの鉄の剣としての反応を返すだけだった。


「ハルバーンよ。今度は貴様が試すが良い。性根の腐った者には、その剣を持ち上げることすら出来ぬのだ」

「うへぇ。勇者の剣ってわりにちゃっちいっていうか、繊細っていうか……」


 道化師でも見るような好奇の視線を掻き分け、ハルバーンは勇者の剣の前に立った。


「ほいよ」


 ――父の言葉が真実なら、どうせ持ち上げられないだろう。


 彼は至極軽い気持ちで、大層な名を冠した剣に手を掛けた。見た目は安物だが、指先が軽く傷んだグリップに触れた途端、予想もできない重みが確かに伝わってくる。


 持ち上げられないと思い込んだ臣下たちのせせら笑いが、荘厳な謁見の間をにわかに騒す。耳がイライラしてきた放蕩王子は、この茶番劇に終止符を打とうとその剣を掴んでみた。


「っ!?……うわぁあ!なんだ!?」


 その瞬間、光芒が城内を貫いた。


 何もかもを暴きたてる光が立ち上り、やがて全てを覆い隠す闇が満ちる。


 相反し絡みあう二つの光線は人の心であるように輝き、沈み、謁見の間に一瞬、言い知れぬ静謐が降りた。


 ぽかんと大きく開いた口から、恐怖が溢れ出すまで時間は掛からなかった。臣下たちは竦む足を何とか引きずりながら我先に謁見の間から出て行こうと藻掻き始める。


「なんか知んないけど、止まれっての!」


 ハルバーンが苛立たし気に剣の柄を叩くと、溢れ出ていた光と闇が瞬きの内に霧散していく。束の間の夢幻のような光景が消え失せ、ようやく落ち着いた謁見の間の中央に、剣がさくりと突き刺さる。


 一斉に注目と罵声を浴びたのはすぐの事だった。臣下たちの余裕は掻き消え、理解できない出来事をおぞましく思う気持ちが、言葉の端々から伝わってくる。


 だが落ち着き払った国王が玉座から、静かに、と命じると謁見の間は再び厳粛な雰囲気を取り戻した。


「このような事態になるとは思っていなかったが、望外の喜びではある。ハルバーンよ、貴様は勇者になれる素質があるようだ」

「はぁ?この俺がですか?」

「ああ。その剣が認めたのだ」


 ハルバーンは顔を顰めた。勇者という単語から感じるのは、得体の知れない不快感だ。


「しかし陛下!魔王が滅びたいま、王子を新たな勇者とする意味はあるのでしょうか?」


 ハルバーンは何とも言えないもどかしさに頭を掻いたが、その鬱積が誰かに届くことはなかった。


「我が国に勇者という存在が居ることは、国益に叶うことであろう?王国に二心を抱かぬうちは、な」


「何が、どうだってんだ……」


 そんな呟きを他所に、話はするすると進んでいく。自分が決めるべきことに口を挟めずに、他人から勝手に決められる。空っぽで、無知であることは罪でもあるのだと、第四王子は否応なく思い知らされたのだ。


「ハルバーンよ。王国はお前を勇者と正式に認める。エリディウスは偉大なる勇者だが……」


 そこで王は大きく嘆息し、頭を振った。


「真なる勇者ではなかった。かの者の道程を辿り、その行いをその(まなこ)で見つめよ」


 いつの間にか今日中に荷造りすることまで決められたハルバーンは、もうどうにでもなれと肩を竦めるしか無かった。




 とは言え、半日も経てばケロッとしているのがハルバーンと言う人物だった。


 皮鎧に身を包み、ほとんど中身が入っていない小さな革のバッグと勇者の剣を持った第四王子は、朝焼けの中で見送りに来てくれた唯一の相手である家令に尋ねてみた。


「物資や手勢とか、本当に何も用意してくれてないわけ?」


 家令は内心でやれやれと呆れ果てたが、それはおくびにも出さずにいつもの通りの笑顔で応える。


「いえ。ハルバーン様の出立を祝して、国王様からの贈り物がございますよ」


「お、何だちゃんと用意してくれてんのか。一体なんだ?山盛りの食料か?千人くらいの部下か?それともやべぇ力を持った国宝だったりして?」


「はい。やべぇお守りです」


 家令が取り出した赤茶色いバッジを見て、さしものポジティブ人間も静止してしまった。薄っぺらく、頼りない金属製のそれを家令はしっかりハルバーンに握らせると、やはり変わらぬ笑みを浮かべて言うのだ。


「それは王家に代々伝わる由緒正しきお守りだとのことです」

「この明らかにぞんざいにされて、錆びているのが?」

「まぁ、無くしたり所有者が身に付けないと呪われるそうです」

「まぁ、って流すような情報じゃねぇぞ……!?いや、でもまぁ、こういうのって話に尾ひれがついているだけだろ?」


 すっと家令の双眸が細ると、空気が凍るような冷ややかさが辺りを覆った。人の圧など気にならないハルバーンですら悪寒を覚える雰囲気を漂わせた。


「……おいおい。出立にあたってそんなものを送るなんて、おかしくないか?俺を呪殺したいのなら正直に言ってくれ?」


 ハルバーンが突っ込むと、家令は目を光らせ。


「ちなみに」


 と軽く指をたてながら。


「呪いの効果は"馬に蹴られやすくなる"というものです」

「呪われるまでもねぇよ……」


 一昨日の一幕を頭の中で反芻していたハルバーンの後頭部が、ちりりと痺れた。


 何か……嫌な予感がするな。


 その時、高い嘶き声が耳に飛び込んで来た。どこか馴染みのある蹄が地を蹴る音が、気配が、彼のすぐ後ろに近づいてくる。


「ああ。私としたことが、説明が遅くなりました。もちろんお守りの他にも贈り物がございます。エリディウス様の魔王討伐の足跡を辿るには当然、移動手段が必要でしょう」


 振り返ると、その馬は丁度今まさに足を振り上げたところだった。


「またお前かよぉぉぉおお!」


 顔、体、顎。蹴られた三点を守るように構えたハルバーンのすぐ横に、馬の蹄が振り下ろされる。空を裂いたその一撃は、空気が痺れる程の大きな衝撃をハルバーンと家令に浴びせかける。だから誰よりも驚いたのは、一昨日の第四王子とこの馬の因縁を隅から隅まで知った上で、わざわざこの馬を手配した家令だったかもしれない。


「殿下は存外お丈夫ですな……いや、失礼。"馬に蹴られやすくなる"と言うのは冗談です」


 こほん、と自らの悪戯心を払いのけるように咳払いをしてから家令は続けた。


「このお守りは所有者が身に付けている間は幸運を、手放すと不幸が訪れるものです」

「渡してから言うなよ」

「ですので絶対に失くさないように、殿下が身に付けて下さい」


 念を押されたその菱形のバッジから返って来る感触は、意外にも確かで丈夫なものだった。


 ハルバーンはそれを革のバッグの中に放り投げようとしたが、家令からリネンのシャツの襟を指でさされたので、仕方なくそこに付けた。


 それから彼はしばし家令を見つめ、ちょっとおどけながら肩を竦めて言った。


「なぁ、もしかして本当に贈り物は、このお守りとこの駄馬だ」


 隣にいた黒毛の馬が、大きく荒々しい鼻息を駄馬と呼んだ新たな主人に向かって飛ばす。人の言葉を理解しているような素振りに、主人は慌てて言葉を訂正した。


「このやんちゃな馬だけなのか?せめて、旅が楽しくなるお付きの一人でもさぁ。ほら、贅沢は言わないから美人でグラマラスで腕の立つ女性とか」

「ええ。同行者もおりますよ」

「本当か!?信じていたぞ、父上!」


 心からの歓喜の声を朝日に向かって飛ばしたハルバーンの両耳に、静々と近付く足音が伝わる。眩くも美しい朝の陽光は、運命の邂逅を彩る淡い光のベールのようで、そこらから聞こえる小鳥の甘いさえずりは歓喜の調べのようでもあった。

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