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20.二度目の勇者、決意をする

「領主様!冒険者たちの撤収は完了しました!彼らと偵察に出ていた兵士たちの情報では、敵側の拠点の魔物が、突如現れた城に向かって移動を開始しているとのことです!」

「報告!王国に繋がる街道が、上位魔族らしき存在によって封鎖されました!救援を請うために飛ばしていた早馬は、この上位魔族によって捕らえられました」

「事前の計算通り、住人を合わせると、食料は一週間分が限界です。志願兵は予想より多いですが、武具が足りません!」

「漆黒の城から黒い武具を纏った魔物たちが現れました!整然と隊列を整えています!」

「港町はすでに制圧されかかっているとのことです。このままでは、A級冒険者パーティーを載せた船が寄港出来ません!」

「大変です。冒険者ギルドが情報提供を打ち切り、資料を破棄して撤収するとの知らせが……」


 兵士の声が、重なる絶望の前に消えていく。


 止まらない、最悪な報告の数々。


 ロバウトの領主であるレンリィは、机の上に手を組んで頭を落としていた。


 敵は先に、港町に狙いをつけたようだ。そのためかロバウトには未だ魔物の軍勢が進軍して来てはいないものの、それも時間の問題だった。


 更に言えば、この状況でA級冒険者パーティーが契約を履行してくれるとも思えない。自ら死地に飛び込みたがるものは、そういないだろう。


 外部への連絡は絶たれ、物資の備蓄も少ない。対して敵は、武具を身に着けた魔物が隊列を組んで並んでいる。


 もはや打つ手がない。レンリィは冷や汗を拭ったが、いくら拭いても沈んだ心から湧いて出て来る。


 地図が置かれたテーブルについた両手の震えが止まらない。これ以上、報告を聞きたくなかった。


「……街を棄てて脱出は出来そうですか?せめて、女性と子供だけでも……」


 それでも忸怩たる思いで領主が周りに問いかけると、アルディールが頭を振った。


「難しいと思われます。敵の目が届かない場所は、もはや森だけです。そして我々が街から脱出する動きを、敵は見逃さないでしょう。森で乱戦となれば、不利なのは数が少なく、守るべき者の多い我々です」


 言葉にしておきながら、アルディールは総毛立つのを感じていた。


 感情を律してはいるが、彼もまた、この絶望の中で慄く一人でしかない。


「し、しかし街に留まっていても、この状況では」


 誰もその震える言葉に口を挟めなかった。そう、全員が分かっている。


 このままでは、全滅だと。


 誰かの歯ぎしりが聞こえる中、アルディールは静かに口を開いた。


「もし、一つだけ希望があるとすれば……敵の首魁と思われる魔族アラーディカを討ち果たせば、魔物の脅威が大きく低下する事です。セリカさんの情報によれば、彼女が能力で魔物を従えているようですから」

「あのいきなり現れた城も、そのアラーディカの能力なのですか?」

「正直、分かりません。アラーディカなのか、私がダンジョンで遭遇した上位魔族の能力なのか、もしかするとそれ以外のものかもしれません」


 希望を見出すための言葉は、より重い現状によって押し潰される。


 そんな会議室の中に、ハルバーンとセリカが入って来た。


「なんか一気にとんでもない事態になってんだが、どうすりゃいいんだ!?」

「ハルバーン殿……」


 レンリィはやって来た新しい勇者を見て、縋るようにその名を呼んだ。


 だがそれは一瞬のことで、彼は意を決したように腕に力をこめると出来るだけ柔和に言葉にした。


「ハルバーン殿なら、この状況でも魔物たちからの追撃を振り切れるでしょう。あなたには次なる被害を出さないために、王都への伝令を引き受けて頂きたい」

「……そりゃ、見捨てろってことだろ?お前だけ逃げろってことだろ?」

「この街の最期に付き合う必要は無い、ということです。勿論、ハルバーン殿だけではありません。すでに冒険者たちには、退去許可も出しています。逃げ切れる可能性は低いかもしれませんが、絶望の中で抗う必要はありません」


 レンリィがそう言うと、会議室にいた幾人かの兵士たちも頷いた。


 ハルバーンはもどかしかった。


 気を使ってくるレンリィが。諦観の中で、最期の意地を見せようと覚悟を決めている者たちの視線が。彼らに望みの一つも見せられない自分が。


 勇者、なんて勝手に掲げさせられた称号には相変わらず実感はない。


 しかし、こんな時エリディウスなら。圧倒的な力を持つと聞くかの勇者なら、彼らは希望を託したのかもしれない。


「いや、逃げられねぇよ。俺は領主から正式に依頼を請け負ったんだ。この街で安く、美味いエールを飲めるようにするってな」


 会議室の机の上に置かれた燭台に灯る炎は、小さく揺れている。


 ――逃げた方がいいんじゃないか?


 魔獣と初めて戦う前も、セリカを追って洞窟にたどり着いた時も、選択の余地がある時はいつもハルバーンはそう考えた。


 けれど、今の彼は違う。


 ハルバーンはその炎をじっと見つめ、それから続けた。


「今はそれだけじゃない。街の人のために、領主の力になりたいって思う。依頼を引き受けるってことの、責任の重さも感じている」


 炎が更に揺れる。燃え上がるように、心を溶かすように。


「たった一週間くらいのことだけどさ。でもそれだけで、ここまで思えるようになったんだ。なのにそれを見捨てて逃げたら……残るのは放蕩ばっかしてた頃の自分だけだ!」

「殿下……」


 冷静に計算すれば、無駄に命を賭そうとしている主を諌めることが、従者であるアルディールの役目だろう。


 勝ちの目は僅かで、相手は人間の命を奪うことに何の呵責も持たない魔族だ。


 心身共に確実に成長しているハルバーンはこの先、見捨てた数以上の人間を救う存在になれると確信もしている。


「非常に勝ち目の薄い戦いになりますよ?」


 だが、旅立ちからの付き合いであるアルディールは、新しき勇者の真剣な表情の中に確かな覚悟を見た。


「ああ。だから少しでもマシにしてくれ、アルディール」

「……無茶言ってくれますね」


 アルディールは肩を竦め、呆れ混じりに笑ってそう返した。


 そのやり取りを聞いていたセリカの瞳はすでに、ハルバーンと同等以上の覚悟によって力強く見開かれている。


 復讐という目的のためにだけに生きてきた人間でも魔族でもない少女はしかし、その激情とは裏腹に、冷静に口を開いた。


「薄い、ということは勝ちの目があるということですか?」


 目的を遂げることに徹するならば、この街の最期の抵抗に付き合う理由はない。


 アラーディカに直に接触できる千載一遇のチャンスだが、命を失えばその機会すらなくなってしまう。


 滾る憎悪の中で浮かび上がる、そんな冷めた考えに抗うようなセリカの問いに、アルディールは答えた。


「どれだけ不利な戦であっても、勝ちの目自体が無くなることはありません。つまり、そう言った類の儚い希望です」


 どう生きるのか、なんて。決意したその日からセリカが迷ったことはなかった。


 目的は一つで、生き方も一つだ。


 それは今も決して変わっていない。


 ただ――これまでどうでも良かった"死"に意味を持たせられるのなら。


 人間でも魔族でもない自分を知る者の側が良い。


 そう、思った。


「そうですか。でしたら……それで十分ですね」


 会議室は途端に静まり返った。


 だが、そこにあるのは亡者の誘いの手のような冷たさではなく、蝋燭が灯す僅かながらの温かさだった。


 そうして覚悟の決まったこの場の全員で、一つの作戦が立てられた。




「奇襲、突撃、陽動、待ち伏せ……何にしても、ただ貴女の首を狙うためでしかないでしょうな」


 漆黒の城の城壁に立ちながら、イルラールはそう考えを述べた。


 変化の能力によって作り出された城も武具も、老将の声質のように厳めしい。


 戦場に生き、戦場を体現する魔王麾下の元八将の(しろ)の上に共に立つアラーディカは、だからこそ不思議に思った。


「イルラール様の御力があれば、戦場は敵の死地に、戦闘は蹂躙となるでしょう。ですが、私は一つ疑問に思うのです」

「なんですかな?」


 アラーディカの賛辞にも表情を微動だにもせず、イルラールは短く聞き返した。


「戦場とエリディウスだけが目的であるイルラール様が、どうして大陸北部の激戦地に赴かれず、私の個人的な目的にお力添えをして頂けるのか、と」

「……ふむ」


 老将は被った兜からも飛び出した髭を撫でながら答える。


「あえて言うなら、勘、ですな。貴女に力を貸せば、この死にぞこないの宿願が果たされると、そんな予感がするのです」


 重々しく息を吐いた老将の背中には、滲み出る疲労と哀切が皺のように刻まれていた。


「それに、新生なされる魔王様に、私のような旧世代の老人は必要ありませんから」


 老将がそうこぼした瞬間、二人の魔族の耳に突然声が飛び込んで来た。


 それは遠く。アラーディカの憎悪の対象であるその街から響いている。



「ロバウトを襲う、アラーディカとかいうクソ魔族に言っておきたいことがある!!」




 ロバウトと王国を繋ぐ街道に椅子を置いてくつろいでいた上級魔族サラルィンは、聞こえて来た怒声に一人笑んだ。


 街道を避けて森から王都へと向かおうとしていた伝令が、また一人彼の網に掛かって一歩も動けなくなる。


 しかし上級魔族は顔を森の方へ向けると、指を口に当てつつ耳を澄ませた。


「どうかお静かに。注目を浴びるソリストを、邪魔してはなりません」


 殺すわけでもなく、けれど救うわけでもなく。


 サラルィンはただ彼が望む舞台を整えるために、己の力を振るうことしか出来ない。


 それでも彼は満足げに椅子の上で背を伸ばし、手と手を組んだ。

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