19.二度目の勇者、料理を振る舞う
ハルバーンがセリカを酒場に連れて行ったさらに翌日の、これまた朝の事だった。
「あの、私に何をしろと……?」
ハルバーンが抱えて来た三体の魔獣の骸を見ながら、セリカは怪訝な顔を浮かべた。
朝の澄んだ空気を台無しにする血塗れの男は、にかりと笑って問いに返す。
「何かこう、こいつらをいい感じに料理してくれないか?街の子供が、腹空かしているって聞いてさぁ」
「料理、ですか?出来なくはありませんが、私より専門の方に頼んだ方が良いと思うのですが」
「みんな忙しいだろ?手を煩わせるわけにはいかないじゃん」
悪びれもせずそう言ったハルバーンに、セリカは頬を引き攣らせて問いかけた。
「私なら、いいと?暇だと?」
「頼める相手がセリカしかいなくてさ。それとも、暇じゃないのか?」
「むっ……」
咄嗟に返せず空いた間が、そのまま答えだった。
A級冒険者パーティーが来るまでロバウトの防衛を優先する方針に渋々従っている少女は、この空いた時間を散歩に使うしかなかった。
暇な時間に何をすればいいのか、あまり思いつかなかった。
「俺もセリカの頼みを聞くから、セリカも俺の頼みを聞いて欲しいんだ。あ、忙しかったり、嫌なら率直に言ってくれ。無理に押し付けたいわけじゃないからな」
セリカは冷たい空気を肺に取り込んで、ふぅと小さく吐き出した。
手伝わなかったら、血抜きもされていない魔獣の肉を子供たちが食べないといけないかもしれない。
食事が僅かな癒しの時間でもあるセリカは、軽い躊躇いの後に同意した。
「……分かりました。でも、ハルバーンさんにも皮剥ぎや血抜きなんかをして頂きますからね」
「ああ。俺、意外と色々出来るからさ。任せとけ」
数時間後。
「セリカ様。すみませんでした」
ぐつぐつと煮だった大釜をゆっくりと混ざながら、ハルバーンは謝った。
部位も切り分けず、細切りどころか、細々々切りにされた肉に<<浄化>>の奇蹟をかけるセリカの顔は、げっそりとしている。
ハルバーンの腕力と大雑把さは、あまり料理には向いていないようだった。
「ところで、何で奇蹟を肉に使ったんだ?」
純白の光に当てられた獣肉を覗き込みながら、ハルバーンはそう聞いた。
「何故かこうすると血抜きや熟成が少し不十分でも、食べられるくらいにはなるんですよね。色々試した結果です」
「へぇ。便利だな」
「ええ。一番神に感謝していることかもしれません」
真顔でそう言い下拵えを終えると、薄味のついたスープの中に肉を放り込む。
程なくして、芋と不ぞろいな肉ばかりが浮かぶ料理が出来上がった。
「おっしゃ!ちょっと待っている奴ら、呼んでくる!」
「あ……」
一人取り残されセリカは、ぐつぐつと煮だつ料理を不安げに見つめる。
彼女は誰かのために料理を作ったことなんて一度もない。
味を確かめ、温度を確かめ、何度かそれを繰り返していると、勇者がぞろぞろと子供たちを引き連れてやってきた。
「……随分と多いですね」
「何か話が広まっててさ。思ったより集まってた」
子供たちに抱き着かれながら、ハルバーンも予想外だと言うように首を竦めて見せた。
子供とは言っても、付き添う親も合わせれば三十近い人間がこの場にいる。
量の問題で子供にしか配れないとは言っても、他人のお腹に自分の料理が入るのかと思うと、セリカは不思議な気持ちになった。
「ふっ、子供たちよ。この料理は、このお姉ちゃんと俺が作ったんだ。感謝しなくてもいいから美味しそうに食べたま……いてっ!」
「何を強制しているんですか」
セリカは精一杯背伸びをして、ようやく届いた指の先で後頭部に突っ込みを入れた。
仕方なく素直に料理をよそい始めたハルバーンは、かなり子供から人気なようだ。
波長が彼らと合っているのかもしれない。料理を手渡すときに、楽しそうに二、三こと言葉を交わし合っている。
セリカはと言えば、苦手な存在を前にして無言で粛々と配るばかりだ。
それでも子供たちが料理を口にして、そこから幾人かが美味しいと言葉にすると、胸を撫で下ろした。
寂れた街の一角に、和やかな空気が漂い始めていた。
だが。
「……美味しくない」
一人の子供が口を尖らせてその空気を切り裂くと、彼女の心臓は飛び上がってしまう。
ただ少し、不思議でもあった。その子供も最初は、美味しいと言いながらがっつくように食べていた。
なのに、他の子供からも"美味しい"と声が上がり始めると急に、表情を曇らせてそう言ったのだ。
「お、そっか。まぁ、準備して作ってる店のもんとは、流石に比べられねぇよなぁ」
ハルバーンが庇うように笑って流すと、子供はムキになって続けた。
「違う!俺の母ちゃんが作った方がもっと、ずっと美味しい!」
「お、おう」
ハルバーンにも、どうしてここまで子供が苛立って返してくるのか理解出来ない。
そんな中、子供の隣に立っていた女性が慌てて頭を下げた。
「す、すみません!せっかく勇者様とそのお仲間様が自ら振る舞って下さっているのに……こら、謝りなさい!」
汚れた服を着た母親が、子供の肩に痩せた手をあててそう息子を窘める。
「ゆーしゃとか知らない!本当のことだ!こんくらいで美味しいって言うなよ!母ちゃんの料理の方が美味しい!美味しかったんだもん!!」
「……」
セリカは、母親のその姿と自分が重なってしまっていた。
まだ力のない魔物や魔獣との戦い方も知らなかった頃、彼女の手は同じように小さく細かった。
飢えを我慢で凌ぎ、それでもどうしようもない衝動に襲われれば、普通は口にしないような物も腹に押し込めなければいけなかった。
復讐に燃えるセリカは、ロバウトという街に興味を持ったことはない。
自分が苦しい時に、誰も手を差し伸べてくれなかったし、むしろ彼女は人から虐げられたこともある。
人間にだって、良い感情を持ってはいない。
だが、自分とこの街の人間は、同じく魔族が原因で苦しめられている。
その苦しみと怒りだけは、彼女にも噛み締めることが出来た。
「でしたら、あなたとお母さんの代わりに、私が魔族をぶん殴ります。殴って、倒して。そうしたらお母さんはまた、美味しい食事を作ってくれるはずです」
セリカが屈みこんでそう言うと、子供は泣きじゃくりながら頷き続けた。
「酷い目に遭いました」
セリカは穏やかな表情で街並みを見つめていた。
料理に使った皿や道具は、子供たちの親が後片付けしてくれている。珍しくパン二つだけで満腹感を覚えた彼女は、隣に並んで歩く大男の満足げな表情を見て、更に続けた。
「次は、手伝いませんからね」
「おう」
分かっているのか分かっていないのか。気の抜けた笑顔を前にセリカは溜息をつくしかない。
「まぁ、次は、何かやって欲しいことがあるなら俺が手伝うよ」
次の機会にも一緒にいると取れるような言い方に、セリカは顔を背けて舌打ちをした。
「……ちっ。ただの言葉の綾ですよ」
「じゃあその綾、滅茶苦茶に絡めていこーぜ」
「何だか気味の悪い言い方ですね……」
二人が並んで歩く真昼の街路は、そこだけ世界から切り離された様に平和で静かだった。
――その平和を壊す調べは、突如として地を轟かせながらやって来た。
「っ!?地震!?……いや、なんだあれは……?」
ロバウトを囲う城壁の上で、衛兵がそうこぼした。
緊急事態を告げる鐘の音が、重なり合うように鳴り響く。
街路を駆け抜ける人々と、持ち場へと急ぐ兵士たち。ハルバーンとセリカはその合間をすり抜けながら城壁へと駆け上がる。
「何だ?魔物がやって来たのか!?」
ハルバーンが問いかけると、兵士の一人が震えながらただ首を横に振った。
言葉の通り、周囲に魔物の姿はない。
むしろ、姿が見えた方が有難かったかもしれない。
セリカは兵士たちの顔がある一点に向けられていることに気付いて、自らもそちらを向いた。
「……は?」
ロバウトと近くの港町とを繋ぐ街道は、今の街にとって希望の象徴だ。
早ければ二日後、A級冒険者パーティーと物資がそこを通ってやって来るはずだった。
だがその街道に静かに居座った漆黒の城は、希望を断ち切るように威圧的に聳えていた。
誰もが呆然と静まり返る中、受け取ったハルバーンですら存在を忘れていた古びたお守りが、静かに淡い光を放っていた。




