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1.第四王子、幽閉される

「おーい、見張りの衛兵君、こっち来て一緒に一杯やらないか?」


 分厚い扉の奥から響いて来た陽気な声は、厳重に監視された男の状況とは裏腹なものだった。


 父王に呼ばれ、第四王子ハルバーンは塔にて謹慎を命じられた。かつて落胤を幽閉し、その赤子の幽霊が出るという噂もある塔だ。


 衛兵たちの持ち回りの中でも嫌がられる場所の一つだが、ハルバーンはどこからか手に入れた酒を呷って気楽に声を響かせるのだ。


「申し訳ありません、ハルバーン殿下。あなたを監視することが私の職務なのです」

「じゃあ俺と一緒にこの部屋で監視しよう。なぁに、俺に脱出する気はないんだ。第四王子の酒に付き合うのも、悪くないんじゃないか?」

「お酒は好きですが、解雇されたくはありません。魔王が死んでから、傭兵や冒険者を雇う国や貴族が減っていると聞きます。解雇されたら家族ともども路頭に迷うんですよ」

「へぇ。魔王とやらが死んでも、全部が全部ハッピーハッピーとはいかねぇみたいだな。なら、今のうちに楽しまないか?この世は刹那だぞ?」


 除き窓からこちらを見つめる衛兵に向かって、ジョッキにエールを注いで見せる。その瞬間、衛兵が喉を鳴らしたのをハルバーンは見逃さなかった。


「俺に誘われて仕方なくって言えば大丈夫だろ?ほら、こっち来て一緒に飲もうぜ?そんで面白い話を聞かせてくれよぉ」

「だから、無理ですって。絶対に……無理ですって!」



「ぎゃはははは!!そんなひでぇ奴が本当にこの世に居るのかよ!?」

「本当なんですって!俺が聞いた話では、魔族から取り返した村人たちの金を賭博でスッた挙句、胴元にいちゃもんを付けて暴れたらしいんですよ。酒好きで、女好きで、賭博好き。おまけに自分勝手。こんな放蕩三昧な奴が勇者だなんて言われているなんて、世も末でしょう!?」

「違いねぇや!そいつのツラを拝んでみたいぜ!おっと、ジョッキが空になったぞ?ほら、飲め飲め!!」

「あぁ!殿下から直々についで頂いた酒を、無駄にするわけにはいきませんねぇ!衛兵も大変だ!」


 建前を丁寧に作ってから酒を口につけるのは、もはや習慣のようなものなのだろう。つい先ほどまで第四王子からの誘いを断り続けていた衛兵は、染み渡るアルコールにくぅぅと唸りながら話を続けた。


 気が合う二人は最近王国を騒がせている出来事などを肴に、コップが空にしては互いに注ぎ合う。すでに軟禁と言う名目は酒の中に消えて行き、暗澹とした塔の雰囲気も轟く笑い声によって霧散してしまった。幽霊が居るなら、いい加減にしろよと怒り心頭しているかもしれない。


 そんな幽霊の代わりにやって来たのは、重々しい足音だった。石壁まで崩しかねない騒ぎ声を聞きつけたのか、衛兵が様子を見に来たのだ。


「おい、衛兵君。誰かがこの塔に……ちっ!いつの間に寝やがったんだ。くそっ、仕方ねぇ!」


 まだジョッキ一杯分も飲んでいないのに、木のテーブルに突っ伏していびきを掻く衛兵を一睨みした後で、ハルバーンを服を脱ぎ始めた。それから急いで衛兵の装備も脱がすと、彼の鎧や剣を身に着け、鍵を拾って部屋から出て行った。


 なるほど月明かりの下の塔は、確かに暗くて不気味だ。松明から漏れる灯りだけでは、少し前の人間の顔さえも分からない。もっともそれは兜のサイズが合っていないせいかもしれないが。


 間もなく、様子を見に来た衛兵の怒号が木霊した。


「何を騒いでいるんだ!お前の職務が何であるのか、理解しているのか!」

「はっ!私の任務は第四王子殿下の監視であります!」


 やってきた衛兵はいきなり怒声を飛ばした後で、扉に備え付けられている覗き窓から部屋の中の様子を窺い、いびきを掻きながら床にうつ伏せになっている人影を見た。その原因がテーブルの上にある酒であることは、誰の目にも明らかだろう。


「貴様!第四王子殿下に酒を差し入れたのか!?」

「いえ。殿下がいつの間にか酒を持っていました。しかし扉を開ければ脱出される恐れがあったため、あえて馬鹿騒ぎを無視し、酔っぱらって眠るまで待っていたのです」

「……本当か?倉庫番に確認するぞ?」

「はい。むしろお願い致します」


 出来るだけ顔が見えないように頭を下げると、サイズの合っていない兜が食い込んで痛みが走る。更に体格差に気付かれないように少し背中を丸め、縮こまっている姿は日中なら確実に誤魔化せなかっただろう。ハルバーンが模する衛兵の少し怪しい様子に気付いているのか、やってきた衛兵は探るような視線をじろりと向けたまま沈黙する。


 ぽたり。


 テーブルに伝う酒が、我慢できずに縁から零れ落ちた。そんな音さえ重々しく聞こえるのに、静寂の中を自由に行き来するいびき声がやたら恨めしく感じられる。


 だがハルバーンは飄々としていて、見る者が困惑するほどに落ち着いていた。

 "ばれても謹慎が長引くだけだし"と心の中で呟き、気楽に構えていたのだ。

 一方で第四王子を目覚めさせればもっと面倒が起こりそうだと思ったのか、衛兵は声を沈めてこう言った。


「とにかく、隊長に報告するからな」

「了解しました」


 上官が塔から去った後、ハルバーンは急いで衛兵の頬を叩いて彼を無理やり目覚めさせた。いつの間にか裸になっていた衛兵は自分の体とハルバーンを交互に見てから、覚悟したように口を開いた。


「で、殿下。まさか……」

「変な誤解はするなよ。衛兵の姿を装う必要があっただけだからな」

「そ、そうでしたか。しかし一体、どのような理由でしょうか?」


 尚も後退りしながらそう問う衛兵だったが、事情を告げられると一気に酔いが冷めたようで、慌てて衣服や武器を身に纏い始めた。


「殿下。衛兵に紛れて脱出する絶好の機会だったのに、そうはなされなかったんですね?」

「……あっ!そうか。いや、でもまぁ見つかったら今度は軟禁だけじゃすまなそうだし。脱出する気はないって言ったろ?」

「そうでしたね。本当だとは思っていませんでした。何せ一昨日も自室から抜け出されていますので」

「そのせいで三回も馬に蹴られたんだ!あぁ、あの畜生のことを思いだすとイライラしてきた。俺の代わりにあいつの尻を叩いてくれないか?」


 自室待機の命令を無視して城から抜け出した挙句、酒場で飲んだくれ、馬泥棒未遂を犯した人間の言葉にしては全く反省がなかった。馬に三回も蹴られてピンピンしているのは理解が出来ないが、むしろその馬はよくやったと衛兵は思わざるを得ない。


「馬に衛兵の代わりをさせてしまったことを、私は恥ずかしく思います」

「お前、割と言うじゃないか。でもひでぇ不敬な馬だったんだよ。もう二度と会いたくねぇ」


 服と装備を身に付けた衛兵は、少しだけ千鳥足で扉に近づく。漂う酒気を誤魔化しきれる気はしないが、そこは衛兵の言い訳次第かもしれない。


「では衛兵さん。酔い潰れた殿下のお世話、ご苦労様でした」

「これが初働きだ。弾んでくれよ」


 衛兵なりの冗談が、半ば諦めを含んだ笑みと共に吐き出される。今になって酒に誘ったのは悪かったかなと、そんな思いがふと過ったハルバーンは上手く返事をすることが出来なかった。ただ代わりにやってきたらしき衛兵を見ることもなく、彼はベッドで横になる。


 一人になった部屋は、どこまでも空虚で寂し気だった。


 嵐の元である第四王子殿下が静かになると、夜はそれが当たり前みたいに静かに更けていく。それこそが、彼にとってもひと時の休息であった。

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