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16.二度目の勇者、ふらりと出掛ける

「セリカさんからの情報を元に、現在作戦を練っている最中ですが、それに関して一つ大きな朗報があります」


 セリカが目を覚ましたその日の夕方。宿の食事場にはハルバーン、アルディール、セリカの三人が顔を突き合わせていた。


 セリカから話を聞いたアルディールは、最低限の警戒心を残しつつも、それを信じて領主に伝えたようだ。


 その話し合いの結果を二人にも知らせるために、彼は好物の酒に口を付けたい気持ちを堪えていた。


「朗報ぅ?なんだ?北の街道が安全になって、エールやその他の物資の値段が下がるとかか?」


 ハルバーンの問いに、セリカは首を横に振って見せた。


「商人たちはまだ警戒しているでしょうから、流通が落ち着くまでには時間がかかると思います。物価が下がるのは、まだ先の事でしょうね」

「ええ。セリカさんの言う通りです。ハルバーン殿は、がっくりと項垂れてないで、耳を傾けて下さいね?」

「分かってるって。俺が受けた依頼に関することだからな」


 キリッとした面持ちでそう言うハルバーンを、従者が少し驚いたように見つめた。


 王城を出立して日は浅いものの、放蕩三昧の第四王子の面影は少しずつ消えかけていた。


「朗報とは、北部の空白地帯で活動しているA級冒険者パーティーが、この件の依頼を引き受けてくれたことです」

「おぉ!!そいつはすげぇ……のか?」

「すげぇですよ」


 アルディールの頷く角度がいつもより鋭いのを見て、ハルバーンは再び"おぉ"と感嘆の声を上げる。


 そんな二人に挟まれているセリカは、洗いたての服に油が散らないよう気を付けながら干物を頬張り始めた。


「領主殿が前から交渉していたようですが、本日、依頼に応じるという連絡が届きました。早ければ三日以内に、物資と一緒にやって来るそうです。彼らが到着すれば、もう一つの拠点の攻略の目途が立ちます」

「?……拠点なんか相手にしないで、みんなでさっさとアラーディカの居場所に攻め込めばいいんじゃないのか?」


 ハルバーンの疑問に、アルディールは淡々と返した。


「ただ敵を倒すだけなら、それが一番楽でしょうね。ですがそうすればきっと、敵は拠点の戦力でロバウトを襲うでしょう。我々が拠点の一つを潰したことは、ほぼ間違いなく敵にもバレています。黒幕に協力しているらしき上位魔族に会いましたよね?」


 ハルバーンの表情が一気に曇った。上位魔族から振舞われたスープは美味しかったが、興味を持たれたことは忘れたいらしい。


「すでに経済封鎖という戦略が瓦解し始めている以上、敵はそれを潰した我々の、特にハルバーン殿の動きを注視しているはずです。ロバウトを防衛する戦力は、残しておかなければなりません。しかしA級冒険者のパーティーが到着すれば、敵拠点の制圧に戦力を割く余裕が出来ます」

「……あの上位魔族には、A級冒険者パーティーでも勝てそうにありませんでしたが?」


 セリカの問いに、アルディールは首肯した。


「はい。ですが、奴は積極的に力を貸してはいませんでした。奴の言葉を鵜呑みには出来ませんが、仮に乗り気なら、とっくの昔にロバウトは制圧されているはずです。言葉は悪いですが、考えるだけ無駄と割り切った方が現実的です」


 恐らく、単体でダンジョンの理を変えていた相手には、A級冒険者パーティーでも太刀打ちできない。アルディールは直にその存在と会って、それを痛感していた。


 ただ同時に、魔王が消えてからより顕著になっている全よりも個という魔族の性質を、あの上位魔族から強烈に感じ取ってもいた。


 問題は、その上位魔族に気に入られた存在が目の前にいることだが――アルディールはあえて言葉にはしなかった。


「まずは後顧の憂いを断ってからアラーディカを叩くべき、というのが領主殿と私の見解です。ただ、敵が先手を打って襲撃してくることも考えられます。冒険者パーティーが海路で到着するまでは、一層気を引き締めていきましょう」

「……」


 セリカはゴブレットの中に映る自分の顔を眺めていた。


 いつになったらアラーディカに復讐の拳を叩きつけられるのか――。


 水面には、彼女の不満げな顔がありありと浮かんでいる。


「あの。私は多分、アラーディカの表面的な部分しか知りませんが、それでも不思議に思うことはあります」


 つぅとゴブレットの縁をなぞりながら、彼女は続けた。


「どうしてあいつは経済封鎖なんて面倒くさい方法を取ったのかって。拠点の一つでさえ、それなりの戦力がありました。最初から全戦力をロバウトに向ければ、この街が制圧されていた可能性はかなり高いと思います」

「確かに、俺ならそうするかもな」


 ハルバーンが頷いて見せる横で、セリカの双眸は鋭く尖っていく。


「……あいつは、私と同じなのかもしれません。私があいつに復讐したいように、あいつもエリディウスに復讐をしたいのではないでしょうか?」

「だったらなんでエリディウス本人にやらずに、ロバウトをこんな目に合わせてるんだ?」


 ハルバーンの疑問に、アルディールが顎を撫でながら答えた。


「……無理だから、ではないでしょうか?本人に敵わないなら、彼が救った場所を、人間を痛めつける。ロバウト襲撃を邪魔され、目的を成せず敗れたことがあるのなら、殊更そう思うのかもしれません」


 セリカがアルディールの言葉を受け継ぐ。


「では、それを妨害された魔族はどう感じるでしょうか?」

「そりゃ、計画を台無しにされたらめっちゃムカつくよな。エリディウス本人にやれよって話だけど」


 食事場に、しんと静寂が降りた。


 アルディールはセリカの言葉を受けて、何やら深く考え始めたようだ。


 セリカはセリカで、胸中の感情を逃がすようにぎゅっと目を瞑る。


 ハルバーンは二人を見ながら、パンを軽く齧った。


「その懸念について領主殿ともう一度、話し合ってきます。いいですか、ハルバーン殿?」

「んぁ?依頼を達成するために、やってくれていることだろ?だったら確認する必要なんてないぜ」


 アルディールが席を立ち上がろうとすると、セリカはポツリと呟いた。


「私の言うことを、鵜呑みにしてもいいんですか?」

「鵜呑みにしているわけではありません。意図的にしろそうでないにしろ、情報が間違っていた時の対応策も考えています。ですから、出来る限りの情報を下さい」


 アルディールの肯定的な答えに、セリカは目を逸らして頷いた。


「……はい。分かりました」




 アルディールが宿から駆けるように出て行った後、セリカは心を落ち着けるように指でテーブルを叩いていた。


 隣の勇者は、急ぐように夕ご飯を掻きこんでいく。


 セリカはそんなハルバーンに問いかけた。


「何か、用事でもあるんですか?」


 興味があったわけではない。


 ただ。焦燥と、それとは違う感情をそこから追い出したかったのだ。


「ああ。ちょっとな」


 にっ、と笑って空の皿にフォークを置く。


 それからハルバーンも宿の扉を勢いよく開けて、外へと向かって行った。


 一人残された少女は、じっと椅子に腰を落ち着けていられなくなった。


 何だか居ても立っても居られなくなって、彼女もまた、夕暮れの街路へと踏み入れた。


 夕暮れの街並みをぼんやり見廻すと、遠くにハルバーンの後ろ姿が映った。


 ――酒に溺れたり、その手の女の人と一夜でも過ごすんだろうか?


 セリカはふと、醜い自分を受け入れようとしてくれている人間の、どこか汚くだらしない一面を見たくなってしまった。


 何故だかそうしなければ相手を、何より自分を許せなくなって。


 気が付けば、体が勝手にハルバーンの後を追っていた。


 その大きな体は、いま注目されていることもあって誰の目にも留まるようだ。勇者が街の人から声をかけられる度に、セリカは慌てて身を隠す。そのせいで時間を取られながらもハルバーンは、寂れた街で一番賑やかな通りへとたどり着いた。


 きっとここで足を止めて、お店に入るはずだ。


 セリカは看板に身を隠しながら、その時を今か今かと待ったが――ハルバーンはその明るい光には目もくれず、真っすぐ通りを過ぎていく。


「あれ……どうして?」


 期待を裏切られたセリカは、困惑しながらもその後を追い続けた。


 街の中心から離れ、街からも出て行きそうになったところでやっと、ハルバーンの足が止まった。


「演習場……?」


 夕暮れ時を過ぎ、すでに使う者のいなくなったその場所に入っていく勇者の姿に、セリカは小首を傾げた。


 そして、中の様子をこっそり窺おうと身を乗り出した瞬間だった。


「誰だ!?俺をつけてた目的を言え!」

「ひっ!」


 セリカの心臓が震えるように跳ね上がる。小柄な少女は逃げる隙も与えられず、夕暮れの中でハルバーンに見下ろされた。

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