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10.二度目の勇者、初めてダンジョンで戦う

 このままじゃこの開けた場所で囲まれる!


 耳に全神経を集中させたハルバーンは目を見開き、誰よりも先に動いた。彼は左右と真ん中にある三つの扉の中から右の扉を指さすと、敵の足音が一番軽いように聞こえたその場所に駆け出した。


 その意図を把握したアルディールが、ほとんど同時にセリカがその後に続き、そしてハルバーンはその扉を開いて中へと踊り込んだ。


「っ!なんて数だよ!」


 踏み込んだ狭く長い回廊には、ゴブリンが、コボルトがひしめき合っていた。獲物が自らやって来たその状況に魔物たちは僅かに固まったが、すぐに笑い声を上げながら突撃して来る。


「くそっ!剣が振り抜き辛ぇ!」


 アルディールが大理石の扉を閉めて取手に剣を差し込むと同時に、壁が魔物の血で赤く染まった。剣が壁を削る不快な音にもひるまず、魔物たちは棍棒を振り上げて次から次へと迫ってくる。


「殿下!横に振るのではなく、縦です!真っすぐです!」

「っ……!?」


 棍棒が奇蹟と皮鎧に守られた肩に振り降ろされる。記憶を失ってから初めて受けた攻撃だったが、備えのおかげで大した痛みはなかった。


 間髪入れずにハルバーンは鋭い刺突を繰り出した。肉を貫く感触と、血が手に伝わる不快感と共にゴブリンは崩れ落ち、しかしまた一匹視界に飛びこんでくる。


「はあぁっっ!!」


 裂帛の声がして、襲い掛ってきたゴブリンの頭が小さな拳にぐしゃりと潰された。小柄な体でハルバーンの横に並び立ったセリカは、魔物の血が滴る拳を魔物の大群に見せつけるように構えた。


「身体能力は凄まじいですが、技術はイマイチなんですね」


 好戦的な笑みを浮かべる聖職者に、ハルバーンも笑って返した。


「セリカが強いのは分かってたけど、あの時みた無残な死体から受けたイメージほどじゃないな。なんかもっと、すげーのがあるんじゃないか?」


 一瞬ぴくりと眉を顰めたセリカは、八つ当たりのように力強く一歩前へ進み、拳を魔物の腹に突き入れる。


「これでも、華奢な女の身なので」


 負けじとハルバーンが剣を振り下ろす。


「はっ、女とか男とか関係ねぇ。強い奴はきっと強いんだ」


 セリカから預かった杖を手に持ち、大理石の扉を押さえながら、アルディールはゆうに二十メートルを越えている回廊全体を観察していた。


 魔物の数は凡そ二十体。この二人なら、本当に殲滅してしまうかもしれない。


 だがその考えが甘いことに、彼はすぐに気が付いた。


 回廊の奥で、数体のコボルトが自作したらしき弓矢を構えている。魔物の狂乱めいた突撃は、二人を釘付けにするためなのかもしれない。


「弓兵だ!気を付けて!」

「ちっ!」


 解き放たれた何本もの矢が、弧を書いて飛来する。そこに同族や仲間がいようが関係ない。敵を殺すことさえ出来ればそれで良い、という執念さえも感じられた。


「なら、吹き飛ばしてやるよ!」


 ハルバーンは隙を晒すのも覚悟で、剣を高く掲げた。魔獣のリーダーを、その魔術ごと吹き飛ばした時のように風圧で矢の勢いを殺すために。腕に血管が浮かび上がるほどの力を籠めた一撃は、魔物たちに容易に死を予感させた。


 ――それがいけなかった。魔物たちは武器を投げ捨てて、動きを妨害するためだけに彼へと纏わりついた。


「くそがっ!」

「っ!!」


 セリカの援護でもさばき切れない。魔物は彼女の動きを制限するように、自らの命を時間稼ぎのために捧げていく。まるで矢が当たりさえすれば勝ちなのだと、知っているように。


 頭上から降り注ぐ数多の矢と、勇者の剣がすれ違う。


 剣を振り下ろす勢いで魔物を振り払ったハルバーンの体に矢じりが突き刺さる。身を守る数々の備えのおかげで体を貫きこそしなかったが、傷口の熱さに思わず舌打ちがもれた。


「アルディール、セリカ、大丈夫か!?」

「私の方まで飛んできませんでしたが、セリカさんが!」

「大丈夫……です」


 セリカは突き刺さった矢を引き抜きながら、口から血を零した。痛みには慣れているが、視界がぐるぐると回転して気分が悪い。そのくせ、頭は異様に冷えている。


「……くそっ。毒矢か……」


 だが彼女は至極落ち着いた様子で、手と手を祈るように組み合わせた。


「我が神の御手よ、我らが信徒の不浄を掬い給え。<<浄化(キュア)>>!」


 小柄な体躯が青い光に包まれる。体に回る毒の浄化を終えた少女は、ハルバーンが前方で戦っている間に<<初級回復(ライトヒール)>>までも唱え終えた。


「うん。いける」


 傷は軽く塞がっただけだったが、彼女は自分の状態を確かめるように軽く跳ねた。


 戦況は明らかに傾いていた。夥しい数の魔物の死体の上を、コボルトたちが放った二射目が駆け抜ける。だが纏わりつく魔物も少なく、弓兵のことも意識にある今のハルバーンには通じない。


 このままならこの場は大丈夫そうか?アルディールは少し軋み始めた扉から離れ、回廊の奥を見つめた。その先がどこに繋がっているのかを思案する前に、そこに見覚えのある兵器が運ばれてきたのを見てしまった。


「殿下!!やつら、自爆する気です!」

「はぁ!?」


 射手をくし刺しにしたハルバーンが顔を上げると、回廊の突き当りで魔術爆弾を腕一杯に抱える魔物の姿があった。


 死の匂い。


 火種にともった小さな炎が、命の灯のように揺らめく。確実に仕留める為なのか、爆弾を抱えた魔物は三人に向かって詰めて来る。


「っ!セリカ、ここは頼んだ!」

「……はい!」


 セリカは逡巡の後に頷いた。


 随分と少なくなった魔物の脇を猛進する。だが、届かない。爆弾を持った魔物はにぃっと不気味に笑うと、火種を導火線へと近づけた。


 ――こんな時にこの勇者の剣は、うんともすんとも言いやがらねぇ。王城で見せたあの光の螺旋の一端すら見せやしなねぇ。


「当たれえぇぇぇぇえ!!」


 苛立ちと一緒にハルバーンは振りかぶって狙いをつけ、その剣を全力で投げた。導火線に点いた火は魔物たちにとって勝利の確信だったが、その幻想はもの凄い勢いで襲いかかる剣によって、魔物ごと寸断されてしまう。


 ぽとり、と火の点いた導火線が地面に落ち、ころころと爆弾が転がっていく。ただの燃えカスになったそれを見た魔物たちは、その場に立ち尽くした。


 恐怖などほとんど感じず、目的のために殉じていた彼らだが、この瞬間自分たちの行動が無意味になったと思い知らされたのだ。


 ハルバーンは回廊の突き当りへと進み、セリカは魔物を始末し終えるとハルバーンを追いかける。アルディールが慌てて地面に転がる魔術爆弾を死体の山の中から拾い上げる間に、残った数少ない魔物たちは一斉に退却していった。


「ふぅ。取りあえず、危機一髪だな」


 ハルバーンがアルディールから剣を受け取りながらそう言った。


「いえ……もう扉が持ちません。それに、この回廊に向かって来る魔物もいるでしょう」


 突き当りから右曲がりに続いている道を見つめながら、アルディールは溜息をつく。


「より楽しくなるわけですね」


 セリカは杖を受け取りながら、にっこりと微笑んで続ける。


「勇者様と私に掛けた神聖防護の効果が切れています。神聖力にはまだ少し余裕はありますが……とにかく勇者様の毒を浄化しますね」

「毒?なんのことだ?」

「……毒矢が当たりましたよね?」

「毒矢だったのかあれ。でも、別に何ともないけど……お、矢傷もだいぶ塞がってるな」


 "戦士の中には肉体の頑強さだけで毒や麻痺なんかの異常を防ぐ者もいるらしい"、とセリカは聞いたことがあった。


 とは言え実際にそんな人物に会ったことはなかったのだが。


「ふふっ……ハルバーンさんには敵いそうもありませんね」


 共に並んで戦った少女は、少し肩から力を抜き、諦めたようにそう言った。


「それでも、治せる傷は治しておいた方がいいんです。積み重なれば、耐え切れなくなることもありますから」


 セリカがハルバーンの小さな傷を癒している間に、アルディールはせっせと魔術爆弾をかき集めていた。人間から奪ったそれの一部を、大理石の扉の前に置き終えた従者は主に問いかける。


「ところでハルバーン殿。どのくらい遠くまでこれを投げられますか?」



 厚い大理石の扉は、遂に破られた。


 ぽっかりと開いたその空間から見えるのは、回廊にいた魔物の数を遥かに超える大群だ。そして大広間には数体、巨躯を誇る魔物の姿があり、彼らはゴブリンやコボルトと言った小さな魔物たちを従える将のように後方で聳え立っていた。


 ハルバーンとアルディールは確認をするようにセリカを見る。だが彼女が首を横に振ると、すぐに行動を開始した。


「こいつを土産に置いてくぜ!」


 ハルバーンは走り来る魔物に向かって魔術爆弾を投げた。それは宙に赤い軌跡を残し、大理石の扉の近くに設置していた爆弾の山の近くにコツンと舞い落ちた。


 耳が裂けそうな轟音を伴って赤い焔が細長い回廊を満たしていく。凄まじい衝撃にダンジョン内がわめくように震え、ついには大広間に居た魔物たちまでも吹き飛ばされ、焼き払われた。


 だが煙と瓦礫で塞がった向こうから、どこかへ駆け出すような震動が伝ってくる。上手くことが運んだが、魔物も慌てふためくだけではないようだ。


 耳から手を離したハルバーンが、熱気に前髪を焦がしながら二人にジャスチャーで示した。


 "真っすぐ行くぞ"。


 誰も言葉を発しない。ただ、靴音だけが燃え残る回廊に響いていった。

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