トリトス・アルセーヌ
悪役貴族に転生した。
そしてその悪役貴族は勇者が旅している途中で立ちはだかり、殺されるのが決まっているのだ。
そしてその殺されるのが僕ことトリトス・アルセーヌ。
僕はその運命に抗おうとは思わなかった。普通の人であれば抗うために強くなったり、根本的な原因の解決に動くなどするかもしれない。でも、僕にはそんなことどうでもいい。
死ぬのであれば死ぬ。
それは決まっていることで避けようともそこまで思わない。
なぜかと言うとそんなことよりも弟妹のことを可愛がりたいから!
それ以上に理由はいらない!
うちの弟妹たちは本当に可愛くて、良い子たちだ。この子たちがどんな運命に突き進んでいるのかは分からないが、僕はその運命を全力で応援する。
一応、僕の知っているこの『勇者はなぜか死なない』というライトノベルの話において僕は死ぬが、弟妹たちは死なない。というかほとんど描かれていないので何とも言えないが、少なくとも僕ことトリトス・アルセーヌの死で悲しんでいる人間は一人たりともいなかった。ということは弟妹たちとの仲は悪かったのだろう。
まあ、トリトス・アルセーヌの性格を考えれば仲が悪くなったとしてもおかしくない。
前の自分を否定するのは少し嫌だが、傲慢過ぎた。
いくら才能があっても人望が皆無では人の反感を買うのだ。僕の転生したトリトス・アルセーヌは傲慢で天才だった。そしてその傲慢さで多くの人から反感を買うことになり、最終的には勇者に殺されるというのがストーリーだったはずだ。
前世の感想では『やっと死んだか』『スッキリした!』などの感想が溢れかえっていて、トリトス・アルセーヌの嫌われぐらいはすごいものだった。各故、僕も死んだ時は多くの人と同じような感想を抱いた。
そして僕が弟妹たちに入れ込むのは可愛い以外にも少し理由がある。それは僕が前世で天涯孤独のような状態だったからだ。両親は物心つく前に死に、両家の祖父母もなくなっていたため、僕は児童養護施設で育てられた。そんな僕にとって転生で出来た弟妹たちは宝物だ。もちろん、父上や母上も大切だが、弟や妹には前世でも憧れていたので特にだ。
そろそろ肝心の僕の弟妹たちのことを紹介しようかな。僕にはたくさんの弟妹がいる。僕を含めて6人もいるのだ。
次男のムートと長女のリーベ。
この二人は僕よりも2つ下で今は8歳で双子だ。
容姿はとてもよく似ていて、初めて会う人であれば見分けが付かないだろうし、ある程度の関係を持っている人でも区別が付かない時があるぐらいだ。もちろん、僕は間違えたことは一度もないけど。
そんなことを考えているとちょうどムートとリーベがこちらに向かって走って来る。
「兄上!」
「兄さん」
走っている姿も本当に可愛くて、本当に天使だ。髪色は二人共、綺麗な白髪で可愛らしい顔立ちをしているのでいつ誘拐されるんじゃないかと毎日気が気ではない。まぁ、それは他の弟妹たちにも言えることだけど。
「どうしたんだい?」
そう聞くとムートが満面の笑みで答えてくれた。
「兄上が見えたので来ちゃいました!」
リーベは少し不安そうな顔をしていた。
「ご、ご迷惑でしたか!?」
「そんなことないとも、ムートとリーベに会えて僕はとっても幸せだよ!」
この子たちは本当に天使だと改めて確認できた。
「僕も兄上の弟で良かったです!」
「わ、わたしもお兄様と一緒でよかったです!」
そんな嬉しいことを言われたら涙が止まらなくなっちゃうじゃないか。この世で一番大事な弟妹たちからそんな風に言われて泣かないというのは無理な話だ。
「どどうされたのですか、兄上」
「だ、だいじょうぶですか?」
「大丈夫だとも。僕はムートとリーベみたいな可愛い弟や妹が本当に幸せ者だよ。これからもキミたちの兄として恥じないように頑張るよ。だから二人は自由に生きていいんだよ」
「…いえ、ぼくは兄上のお手伝いをします!」
「わたしもお兄様をお支えします」
本当に良い子たちだ。
でも―――
「その気持ちは嬉しいけど、なにかやりたいことを見つけたら言ってくれ。僕は二人のお兄ちゃんだからそのために手助け出来ることならどんなことでもしてあげるからさ」
それから少し話して僕はムートとリーベと別れて、自室に戻った。
アルセーヌ家は簡単に言えば…良い貴族と言えない。
悪い稼業もしているし、普通にやっているところが見つかれば父上や母上は捕まるだろう。だからアルセーヌ家が滅ぶのは時間の問題。僕はアルセーヌ家の滅びと共に死ぬと思うが、弟や妹たちはそんなことに巻き込まれないで欲しい。というか巻き込ませない。どんな手を使っても弟や妹だけは絶対に救い出す。それを拒むものはどんな存在が相手だとしても確実に倒すと決めている。
そのために密かに魔法や剣術などの訓練をしている。
幸いなことに僕にはいつこのアルセーヌ家に終わりが来るのかもわかるし、魔法や剣術の仕組みなどを含めて頭に入っている。
僕の記憶が正しければ物語が始まるまであと1年と迫っている。そしてうちの家が滅ぶまでは3年だ。
この3年が僕の人生の中で一番頑張る時期になる。
「よしこれから頑張るぞ!」
たった一人しかいない自室で僕はそう宣言するのであった。