表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/23

心の軋み

山道は薄闇に包まれ、霧が静かに立ち込めていた。

冷えた空気が肌を刺し、踏みしめる土は湿り気を帯びて重い。

ルネの足取りが次第に乱れ始めるのを、ローゼリアは冷ややかに見ていた。


彼の呼吸は荒く、額にはうっすらと汗が滲んでいる。傷は塞がったはずなのに、刻印の影響か、それとも単なる疲労か——それすら知ろうとする気も起きなかった。


ただ、このまま崩れ落ちればいい。

このまま、死ねばいいのに。


彼がいなければ、私は自由になれる。

彼が消えれば、すべてが終わる——

そう願った瞬間だった。

「……ッ、く……」

突如、ローゼリアの喉が詰まり、視界が揺らいだ。


息ができない。


胸の奥が締めつけられ、内臓を雑巾のように絞られるような感覚が押し寄せる。

彼が苦しめば、自分も苦しい。

彼が弱れば、自分も引きずられる。

わかっていたはずなのに——再び、それを痛感させられた。

「……ッ、何……」

膝が震え、足元の石に躓きそうになる。

一方で、ルネは荒い息を吐きながら、それでも前へ進もうとする。

だが、限界だった。

「……チッ」

短く舌打ちし、ルネは近くの岩に手をついて膝を折る。


ローゼリアもまた、苦しさに耐えきれず、同じようにその場に崩れ落ちた。

お互いに、相手のせいで倒れる。

どこまでも理不尽な、この鎖。


ローゼリアは息を詰まらせながら、ただ痛感するしかなかった。

——この男が死ねばいいと願うことすら、私には許されないのか。


ローゼリアは荒い息を吐きながら、拳を握りしめた。

「死ぬなら勝手に死ね! でも、私を巻き込むな!」

彼女の叫びは、静まり返った山道に虚しく響いた。

ルネは顔を上げると、ふっと口元を歪める。

「お前がいるから、俺は死ねない。」

「ふざけないで!」

視界の端に転がる小石が目に入る。反射的にそれを掴み、渾身の力で投げつけた。


バシッ——


鈍い音とともに、石がルネの肩をかすめる。

同時に、ローゼリア自身の肩にも鋭い痛みが走った。

「ッ……!」

咄嗟に肩を押さえ膝をついた瞬間、ルネが微かに笑うのが見えた。

「……いつになったら学習するんだ」

ローゼリアは膝をついたまま、荒い息を吐いた。

だが、膝をついたのは屈したからではない。


痛みで肩が焼けるようだったが、それでも彼女は拳を握りしめた。

「それでも——」

喉がひりつくほどの怒気を込め、彼女は叫んだ。

「それでも、あんたを殺してやりたいって思う!」

ルネの表情が、一瞬だけ止まった。

微かに目を見開き、まるで聞き間違えたかのような顔をする。

それは驚きだった——いや、興味 だったのかもしれない。

低く、喉の奥で笑うように呟く。

「恐怖よりも、殺意か」

彼女の瞳に浮かぶものは、怯えではなく、純粋な敵意だった。

自分を殺したいと本気で思っている。

痛みに顔を歪めながらも、それでも殺したいと。

ルネは小さく鼻を鳴らし、苦笑を零した。

「ハハ……いいねぇ。お前みたいな箱入りの令嬢が、ここまで言うとはな」

ローゼリアは息を荒げながらも、ルネを睨みつける。

「お前が私を『道具』扱いするなら、私はお前を『呪い』として憎み続けるだけよ」

その瞳には怯えも絶望もなく、ただ怒りと誇りが宿っていた。


ルネはしばらく沈黙した後、静かに立ち上がり、ローゼリアに背を向けて呟く。

「……いい目をしてる。壊れるのが楽しみだ」


その言葉は、脅しでも侮辱でもなく、どこか奇妙な期待すら感じさせるものだった。

ローゼリアはその背中を睨みつけながら、自分の中に芽生える理解できない感情に気づき始めていた。


それは憎悪か?

それとも、この男への 興味 か?


ルネの言葉に傷つくどころか、それに 抗いたいとさえ思っている 自分がいた。

壊されると宣告されたのなら、その運命すら 拒絶したい 。

たとえ、それが この男を理解することに繋がってしまったとしても——


ローゼリアはそっと拳を握りしめた。

この鎖が繋いだのは、もしかすると 彼女自身の知らなかった部分 なのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ