血塗られた邂逅 4
ルネはもう一度自分の拳を見つめる。
力が戻っている。指先が確かに動く。身体の奥にまで染み込んでいた死の気配は、もうどこにもなかった。
生き延びた。
それだけを確認すると、彼はためらいもなくローゼリアの腕を引き寄せた。
「行くぞ」
低く囁くと、彼女を抱え上げる。
ローゼリアは息を詰まらせた。
「……やめて……っ」
必死に抵抗しようとするが、身体は言うことを聞かない。刻印の熱がまだ消えず、彼の痛みと執念が自分の体内に染み渡っているせいで、思うように動けない。
腕に力を込めようとするたび、体の芯から軋むような痛みが走る。肺に刃を突き立てられるような苦しさが喉を塞ぎ、声すらうまく出せなかった。
「っ……離して……!」
か細く絞り出した声は、夜風に溶けるほどに弱々しかった。
ルネは冷ややかに微笑む。
「無駄だ」
ローゼリアの指先が震える。
「お前の体は、俺のために作り替えられた。俺の痛みを背負ったんだ。その影響が消えるまで、自由には動けない」
囁くような言葉が、耳元を滑る。
ローゼリアの胸元に刻まれた紋様が、脈打つたびに熱を帯びる。まるで彼の意思が彼女の体に直接刷り込まれているかのように、彼の痛みが、彼の執念が、未だ彼女の中で生きていた。
「ふざけないで……」
ローゼリアは力を振り絞るように呟く。
「なんで……私が……こんな……」
悔しさに滲む声が、微かに震えていた。
ルネはそんな彼女を一瞥し、吐き捨てるように言う。
「お前がどう思おうと関係ない。俺は生きる。そのために、お前を利用する」
そう言いながら、ルネは夜の闇へと足を踏み出した。
翌日、ラフェント家の屋敷は異様な空気に包まれていた。
ローゼリアの失踪という知らせは瞬く間に広まり、屋敷にはすでに複数の捜査官が駆けつけ、現場検証が進められていた。
アーデンが到着した時には既に捜査官たちの姿があり、敷石の上に散らばる乾きかけた血痕がいくつも見えていた。周囲には封鎖線が張られ、屋敷の使用人たちが遠巻きに様子を伺っている。
「アーデン捜査官、こちらです」
同僚の一人が駆け寄り、現場の状況を報告する。
「昨夜、ローゼリア・ラフェント令嬢が屋敷の庭で姿を消しました。抵抗の痕跡はほとんどなく、戦闘というよりは連れ去られた可能性が高い」
アーデンの目が細まる。
「証拠は?」
「ここに残された血痕ですが、令嬢のものではありません」
「つまり、犯人側が負傷していた……?」
「そのようです」
捜査官が血痕を指し示す。
「そして、検出された血液の型から、昨夜政府施設を襲撃し、逃亡したルネ・カイラスのものと一致しました」
アーデンの背筋に冷たいものが走る。
ルネ・カイラス——指名手配中の犯罪者だ。
「……つまり、ルネがロゼを連れ去ったということか」
「確証はまだありませんが、今のところ最も可能性が高いと見ています」
アーデンは顎を引き、黙考する。
血痕の量は少なくない。もしルネが致命傷を負っていたとすれば、逃亡先で身動きが取れなくなる可能性が高い。しかし、なぜ彼はローゼリアを連れていった? 人質にするためか、それとも別の目的があるのか——。
思考を巡らせるよりも先に、胸の奥に焦燥が広がっていく。
ローゼリアがどこにいるのか、彼女が今どんな状況に置かれているのか、それを考えるだけで、胃が締め付けられるような感覚に襲われる。
「ロゼ……絶対に助けるよ」