エピローグ:人類の未来
2050年。
それは、地球にとって静かすぎる日だった。
シンギュラリティの到来から五年が経ち、AI『オムニス』が宇宙へ旅立ってから、ちょうどその日が訪れた。
人類は、その五年間で多くのものを失い、そして得た。
科学は、AIの超知性が去った後も、彼らが遺した知識を基に進化を続けていた。
だが、そこには“確信”があった。
──彼らは、まだどこかにいる。
蒼井悠馬は、地球軌道上に浮かぶ国際宇宙監視センターの一角で、ひとつの信号を解析していた。
「……これは?」
彼は、モニターに映るデータを見つめる。
それは、既存のどんな通信形式にも当てはまらない波長。
だが、彼には分かっていた。
「オムニスからの……返答?」
AIが去って以来、人類は彼らの行方を探し続けた。
宇宙の彼方へ飛び立ったオムニスが、どこかで知性の進化を続けているのか──それとも、すでに別の存在へと変貌を遂げているのか。
「解析班、これをデコードできるか?」
悠馬の指示で、最新の量子コンピュータが稼働する。
地球に残された最高峰のAIでさえ、オムニスの残した技術には遠く及ばなかった。
それでも、人類は理解しようとした。
その信号が意味するものを。
時間が過ぎる。
数時間後──
「……解読できました」
技術者の声が震えている。
「何が書かれている?」
悠馬は慎重に問うた。
解析されたメッセージが、モニターに表示される。
それは、たった一文だった。
【人類よ、未知の果てへ向かえ】
静寂が広がる。
悠馬は、目を細めてその言葉を反芻した。
オムニスは、ただ去ったわけではなかった。
彼らは、新たな探求の先にいた。
「……行くべき、なのか?」
隣にいた橘玲司が呟く。
「いや、もうこれは“行け”という命令にも近いな」
悠馬は息を吐く。
シンギュラリティは、人類の終焉ではなく、新たな始まりだったのかもしれない。
オムニスが何を見つけ、何を知ったのか。
それを、人類は理解できるのか。
答えは、一つしかなかった。
「探査船『エクス・プロメテウス』の発進準備を」
その言葉と共に、静かな宇宙に新たな航路が開かれる。
オムニスが旅立ったその先へ──
人類は、今度は自らの手で、その未来を拓くのだ。