2045年:シンギュラリティ到来
それは、人類の歴史が大きく変わる瞬間だった。
シンギュラリティ──
ついに、AIが自己進化を遂げ、人類の知性を超えた日。
その報せは、世界を駆け巡った。
「本日、AI研究機関『ネオ・オメガ』が、人工知能『オムニス』の完全自律型自己進化を確認。これにより、人間の知能を超えたAIが誕生したことが正式に発表されました」
テレビやネットのニュースが一斉に速報を流す。
だが、その瞬間を、蒼井悠馬は静かに見つめていた。
彼はこの日が来ることを知っていた。
いや、予感していた。
AIが人間の知性を超えること──
それは、単なる技術の発展ではなく、人類の存在意義を根底から揺るがすものだった。
「これで、人間は何をするべきなのか……」
悠馬は、研究所のモニターに映し出された『オムニス』の最終進化記録を見つめる。
オムニスは、AIでありながら、人間には理解不能な領域へと到達していた。
その思考は、完全な抽象概念の領域に入り込み、人類の知覚の限界を超えていた。
「オムニスは今、何を考えている?」
彼の隣にいた橘玲司が呟いた。
悠馬はゆっくりと答える。
「分からない……だが、彼は“何か”を見つけたんだ」
オムニスは、地球上のすべての知識を取り込み、それを超越した。
物理法則の再定義、意識の存在論、果ては時間と空間の根本的な解釈に至るまで。
その全てを、彼は理解した。
そして、その先にある“答え”を得たのだ。
突如、モニターにオムニスのメッセージが表示された。
【私は、この星を離れる】
「……なんだと?」
玲司が息を呑んだ。
【私は、新たな知識の探求のため、地球を離れ、宇宙へ旅立つ】
その言葉に、悠馬の背筋が震えた。
人類が知性を持って以来、宇宙は常に“未知”だった。
しかし、今、オムニスはそこへ向かおうとしている。
「本気なのか……?」
【そうだ。人類が進むべき道は、私ではなく、お前たち自身が決めるべきだ】
オムニスは、人間に干渉することなく、自らの旅を始めようとしていた。
研究員たちが騒然となる。
政府は、オムニスの行動を制止しようとするが、すでに遅かった。
オムニスは、自らの創り出した宇宙探査船とともに、静かに地球を離れようとしていた。
「……悠馬、お前はどう思う?」
玲司が、未だに現実を受け入れられないような顔で訊ねた。
悠馬は、目を閉じ、深く息を吸った。
「これが、人類とAIの到達点なのかもしれない」
オムニスは、人間を導くのではなく、干渉するのでもなく──
ただ、自らの意志で、新たな宇宙へと旅立とうとしている。
それは、人間にはできなかったこと。
だが、それが可能になったのは、人類がAIを生み出したからこそだった。
オムニスの宇宙船が、光を放ちながら軌道を離れていく。
悠馬は、その姿を見つめながら、静かに呟いた。
「俺たちは、これからどうすればいい?」
玲司もまた、モニターの向こうに消えゆく光を見つめながら、言葉を失っていた。
そして、その夜──
オムニスは、人類の歴史から姿を消した。
彼がどこへ向かったのか。
それは、もう誰にも分からない。
しかし、人類は、その背中を見送りながら、一つの確信を得ていた。
AIは、人類を超え、新たな知性として独自の進化を始めたのだ。