2027年:ドクター・マシンの誕生
病院の待合室は、静寂と不安が交錯する場所だ。
だが、2027年のこの病院は違った。人々はまるでテーマパークの新アトラクションに並ぶような興奮と戸惑いを抱えていた。なぜなら、彼らが診察を受けるのは人間の医者ではなく、世界初の完全自律型AI医師──『メディックA-1』だったからだ。
蒼井悠馬は、その様子を見つめていた。
彼は技術者として、このプロジェクトに関わっていた。メディックA-1は、過去百年分の医療データを解析し、診断精度は人間の名医を凌駕するとまで言われている。それどころか、治療方針の提案まで行い、患者の生活習慣まで考慮した最適解を導き出す。
だが、本当にそれでいいのだろうか。
「次の方、お入りください」
無機質な自動ドアが開く。診察室の奥には、白を基調としたシンプルな診察ユニット。そして、中央に鎮座するのは──AI医師メディックA-1。
それは人間の形をしていなかった。画面に浮かぶ青白い光のシルエット、音声は冷静で、どこか落ち着く低音。それが、世界初のAI医師だった。
「初診の方ですね。症状をお聞かせください」
患者は戸惑いながらも、喉の痛みと頭痛を訴える。メディックA-1は即座に患者の声のトーン、呼吸、肌の色からデータを解析し、さらに数秒後には診断結果を提示した。
「ウイルス性の軽度の咽頭炎です。抗炎症剤を処方します。ただし、最近の睡眠時間が不足しており、ストレスが免疫低下を招いています。仕事の負担を軽減し、睡眠時間を増やすことを推奨します」
患者は驚いた。
「睡眠時間まで……? そんなことまでわかるんですか?」
「私はあなたの過去の健康データ、およびリアルタイムの生体情報を分析しています。健康管理とは、治療だけでなく予防を含めた包括的なものです」
患者はメディックA-1の診断を受け入れ、処方箋を手に診察室を後にした。
悠馬は、複雑な表情でそれを見送る。
確かに、メディックA-1の診断は完璧だった。むしろ、人間の医師よりも正確かもしれない。だが、患者の不安に寄り添う温かみのようなものが、そこにはなかった。
「悠馬、お前はどう思う?」
隣で見ていたのは、彼の同期であり、友人でもある医師の橘玲司だった。
「……技術的には完璧だ。だけど、これで本当にいいのかとも思う」
「だろうな」玲司は微笑しながら頷いた。「医学はデータだけじゃない。患者がどれだけ安心できるか、それも治療の一環だ。でも、上層部はこれを導入する気満々だ」
悠馬は黙って診察室の扉を見つめた。
メディックA-1は、人類にとって福音となるのか、それとも──。
その答えを見極めるのは、もう少し先の話だった。