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6.集合写真





見られてると思うのは、自意識過剰なだけだろうか……。





草野君がクラスに来てから1週間が経過した。

物怖じしないはきはきした性格の彼はクラスにもすぐに溶け込み、今では佐野君と肩を並べる教室内の中心的人物になりつつある。


佐野君と草野君は席が隣同士ということもあり、気が合うのか休み時間も含めて一緒にいることが多い。ふたりの周囲に対するなじみ方は、とても自然だった。


1週間前まで、わたしは佐野ヨシアキという人物を知らなかったわけだけど……。


やはりおかしかったのは自分の頭のほうだろうかと悩むぐらい、彼らはわたしよりもクラスになじんでいる。

ひょっとするとあの日の放課後だって、草野君が教室にいたのはこれから通う学校の下見に来ていただけかもしれない。


そうとは知らず、たまたま佐野君も居合わせ……とか。


真相がどうであれ、これ以上余計な詮索をするのは、わたしの身を滅ぼしかねないので止めるべきだ。


佐野君は入学当初からいたクラスメイト。記憶が違ってもそれを事実として頭に叩き込む。

佐野君とはよっぽど深く関わらない限り、わたしはおかしな人間にならないはず。


クラスメイトであったとしても、わたしとふたりには何の接点もない。

こちらから話しかけないならば1年ぐらい問題ないだろう。ぼろを出さないためにはそのほうがいい。




——と、わたしは望んでいるのに……。



4限目。授業は数学。

 の縦の列ごとに配布されたプリントが、前の席から回ってきた。

自分の分を一枚とって、後ろの席へとプリントを渡す。



——まただ。


後ろを振り向いた瞬間、草野君と目が合った。そして草野君の隣にいる佐野君もこちらに向かって微笑んでいる。

気まずくなったわたしは知らなかったことにして、すぐに前方の黒板に集中した。


偶然や思いすごしかもしれない。だけどなぜかここのところ、あのふたりと視線が絡むことが頻繁にあるのだ。

授業中や昼休憩など、時間は関係ない。

ふとした時に視界の隅で彼らを捉えたら、なぜかあっちもわたしを凝視していたり。


佐野君はいつもにこにこしていて、わたしが視線に気付いても笑みを深くするだけだ。毎回キラースマイルに耐えられず、毎度わたしのほうが顔を背けてしまう。

反対に草野君には、嫌われているのではと不安になるぐらいの睨まれ方をされる。


見られているとわかった途端、どこか違う方向に視線を流してしまう様子からしても、草野君がわたしに好意的な感情を持っていないのは明白だ。


自覚のないところで何か嫌なことでもしたのだろうか。これは地味にショックだ。

そんなことをひとり悶々と悩んでいても、本人たちに直接理由を問い詰める勇気はわたしにない。

あんな目立つ人たちに自分から話しかけるなんて、ハードルが高すぎだ。


それに、佐野君はなんだかちょっと怖い感じがする。

笑顔で主張をごり押ししてきそうで、……なんというか、とにかくわたしの苦手なタイプだ。

どちらかというと草野君のほうが話しやすそうなんだけど、あれだけ睨まれていては近づくことすら躊躇われるのが現状だった。


まあ見られているからといって、彼らは周囲にわたしの変な噂を流したりするわけでもない。

だから気にさえしなければ今のところ特にそれ以上の問題はない。

多少視線がうっとうしかったとしても、自身の安寧のためにはスルーしておくのが最善だろう。


しばらくして4限の授業終了のチャイムが鳴る。

数学担当の先生が退出するのと入れ違いで担任の棚上先生が教室に入ってきた。



「遅くなったがオリエンテーションの写真が上がったからな。教室の後ろに貼っておくぞ」



教卓の中から画びょうを取り出した棚上先生は、教室後方へと足を進める。

後ろの壁、廊下側に設置された掃除ロッカーのすぐ横にその写真は掲示された。

写真の台紙となっている水色の画用紙の上部には大きく、『2005年度 新入生入学オリエンテーション』の文字が書かれているのはわたしの席からでも見えた。


入学式の3日後から開催された、クラス交流を目的とした1泊2日の自然教室。

そこで撮った集合写真が出来上がったのだろう。


何人かの生徒がさっそく興味心身に写真へと近づいて、オリエンテーションの思い出話に花を咲かせている。



「マリー、お昼にしよ」



カナメがコンビニ袋を片手にわたしの席へと近づく。

クラスの写真は気になったけど、ひとまずは急いで机に出ていた教科書たちを引き出しの中へと押し込んだ。


美子さんお手製の弁当を広げるわたしの傍ら、カナメはコンビニ袋に入ったパンを五つほど机に並べて端から順に手に取っていく。食べる速度は並大抵でない。

わたしが二段式の弁当の中身を完食する前に、カナメはすでに持参したパンを食べ終えてしまった。

いつも思うが、それだけ食べるのにどうしてこいつは横に大きくならないんだ。


弁当を食べ終える寸前、カナメは「まだ満腹にならない!」とわめきながらひとりで購買へと走って行った。

購買といっても、1階の中央階段の前に昼休みだけ開けられる、パンの販売コーナーのことだ。

月曜から金曜まで、市内にあるふたつのパン屋が交代で販売に来ているのだが、わたしはまだ一度も利用していない。


昼休みも中盤に差し掛かった今、教室内に人はそう多くなかった。

特にすることもなく席から立ち上がったわたしは、昼食前からずっと気になっていた後ろの壁のクラス写真へと足を進める。


写真の周りに人はいない。

わたしがひとり占領して眺めたところで、誰もおかしいとは思わないだろう。

森を背景に三角座り、中腰、立ち姿と三段に並んで映るクラスの生徒は、全員が運動着姿だ。

左の端には棚上先生がカメラに向かってやや斜めに立っていて、右端には副担任が同じくたたずむ。


この写真を撮った時のことは、記憶にある。

わたしたち新1年生を乗せたバスが宿泊先である自然の森に到着してすぐだった。

まだあまり親しくない者同士が一か所に固められて、みんなの顔が緊張しているように感じるのはそのためだろう。


思い出を振り返っていても仕方がない。

本来の目的を果たすため、軽く立てた人差指でさしながら写真の中のクラスメイトを数えた。


結果、集合写真に並ぶ生徒の人数は38人。

棚上先生と副担任はちゃんと省いた。それで38人だ。


38——つまり、現在のこのクラスの生徒数と同じ。


胃がどっしりと重くなり、頭の中が異常なまでにぐるぐると回り始める。

ある程度の覚悟はしていたけど、やっぱりおかしい。


草野カズナリ君がこのクラスに来たのは1週間前のことで、当然入学オリエンテーションには参加していない。

本来写真の中にいる生徒数は37人が正解じゃないのか。


それにもうひとつ——。

再び写真のクラスメイトの顔をひとりずつ確かめる。

今度は見逃しのないように数えた人は付きたてた指で軽く触り、上から下までくまなくチェックした。


……おかしい。


1ヶ月くらいで、人の顔なんてそう変るものじゃない。

なのにわたしは、集合写真にいるはずの人を、——佐野ヨシアキ君の姿をどこにも見つけられなかった。


わたしとカナメは一番後ろの右端にふたりで並んでいる。

そのほかの顔も見慣れたものばかりで、これが1年4組の集合写真であることは間違いようがないというのに。


わたしは顔を写真に向けたまま、目だけ動かして席に座る佐野君を盗み見た。

机を挟んだ所に立つ3人の男子と、隣の席に座る草野君。

そこにあるのはみんなで和やかに談笑する、よくある休み時間の一場面だ。


佐野君が草野君を肘で小突く。口から出ているのは草野君をからかう言葉だった。

緊張に呼吸が速くなり無意識のうちに肩に力が入る。


佐野君は笑っていた。——視線は草野君を通り越し、わたしをとらえながら、首をかしげて笑っている。


見ていることに気付かれた。



「写真ってできるまでにこんなに時間がかかるんだね」


「うわっ!」



焦っていたところに突如背後から話しかけられ、大げさなまでに飛び上がった。



「びっくりしたー」



振り向いた先にいたのが三谷さんだと分かり、ほっと胸をなでおろす。



「それはこっちのセリフよ。何そんなにビビってんの」



わたしの驚いた顔に驚いた三谷さんも呆れ気味に脱力して、写真を観察し始めた。

あ、まずい。



「みんな笑顔がぎこちないね」


「……まあ現地に到着して初っ端に撮ったのだし、仕方がないんじゃないかな」



時すでに遅く、わたしがさりげなく立ち去れる空気は完全に消え失せてしまったようだ。

どうしよう。なんとか少しでも早く話を切り上げないと。


写真をネタに人と話すのは、本当にまずいんだって。



「ねえ、今井さんと三好さん、絶対佐野君の隣狙ったと思わない?」


「……え?」


「だっておかしいよ。この写真、結構男女別々で固まってるってのに、佐野君だけ両隣が女子になってるの。これ多分、今井さんと三好さんが強引に佐野君の横に割り込んだからだよね」



三谷さんが中段に並ぶ中央右付近の生徒を指差した。

わたしに同意を求めつつ憤りをぶつけてくる彼女は、きっと今井さんと三好さんがうらやましいのだろうと推測できるが、今そんなことを考えている場合じゃない。


さっきも見たけど、この集合写真の中に佐野君はどこにも映っていなかった。

三谷さんは当然のごとく言い放ったけど、彼女の示したところに佐野君はいない。


少なくとも、わたしの目には見えていないのだ。


今井さんと三好さんの間にいるのは、ショートカットの黒い髪にシルバーフレームの眼鏡をかけたぽっちゃりめの女の子——。


唐突に記憶がよみがえる。


わたしが彼女と言葉を交わしたのは2、3回くらい。これといって、印象に残っている出来事は何もない。

だけど5月の大型連休が明けるまで、確かにこのクラスにいたはずの人。


……そういえば、こんな顔だった。


佐野君がいるという位置にわたしが見えているのは、世界から存在が消えた、田中さんだ。


息が詰まる。慎重になれ。悟られてはいけない。

いつものことだ。

これはわたしの目より、三谷さんが見ているものがきっと正しい。


佐野君が写真の中で別人になってしまっているのは、わたしの頭が見せている幻覚だ。



「そういえばこの写真撮ったときって、クラス全員揃ってたっけ?」



強引な話の切り替えで、三谷さんが少しむっとしたのが分かった。

三好さんと今井さんについて、わたしにも不満を言ってほしかったんだよね。

ごめん。わかっていても、あえてスルーさせてもらうよ。



「……休みはいなかったと思うよ。あ、でも、草野君はいなかったからひとりいなかったのほうが正しいのかな」


「なになにー? 自然の森の話ー?」



わたしと三谷さんの間にあるわずかな隙間に、次は大塚さんが滑り込んできた。



「そうそう、ねえ見てよこれ——」



三谷さんがさっそく大塚さんに、わたしにしたのと同様に写真の中で佐野君の隣にいる女子の話を始める。



「うわー、ほんとだ。今井さんって大人しそうだと思ってたけど、結構がめついんだね」



大塚さんは大げさなまでに賛同し、三谷さんは理解者を得られて嬉しそうだった。


思い出話で盛り上がる三谷さんと大塚さん。次第にわたしは空気になっていく。

安心感は多少あるが、顔をひきつらせずにはいられない。

大塚さんがちらちらとわたしを警戒してくるのが、ものすごくいたたまれないのだ。


そんなに心配しなくても、あなたから三谷さんを取ったりしないよ。


ちょっとした疑問だが、彼女たちとって「写真を一緒に見ている人」の中にわたしは含まれているのだろうか。

話はもう終わったとみなされているなら、こちらとしては安心して心おきなく席に戻れるんだけどな。


もしも聞き手役みたいな感じで、わたしも彼女たちの輪に入っていると思われていたりしたら……。

何も言わずにこの場を離れるては後々角が立つ。


ここは一言ことわりを入れて立ち去るのが最善なのだろうが、とにかくこのふたりはよくしゃべる。

まるでわたしが口を挟む隙を与えんとしているかのようだ。


軽いいやがらせか。仲のよさを見せつけているのつもりか。……それともやっぱり、これもわたしの思い過ごしか?






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