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「お疲れ様。仕事はどう?」
夕方になり、帰宅の用意をしているとちょうどカーラーが着替えておりイザベラを見て声を掛けてきた。
「ねぇヨルマンさんって知ってる?」
更衣室には誰も居ないことを確認してイザベラは声のトーンを落としカーラーに聞いた。
「知っているわよ、有名よね。くそ真面目な男の恋人が隣国から亡命してきた美女で騙されているんじゃないかって問題になっているらしいじゃない」
カーラーも誰も居ないことを確認して小声で言った。
「シドの部下らしくてよくお昼を届けに来てくれるんだけれど、絶対別れないって言っているのを聞いたのよ」
「あらぁ、凄く美人だからねぇ。別れられないのは分かるわ」
「そんなに美人なの?シドも言っていたけれど」
シドが他人をほめるのは気に入らないが、カーラーも美人だという事はよっぽどなのだろう。
「この国には居ないようなエキゾチックな美人ね。絶対にスパイだって言われていてヨルマンは真面目だから結婚まで考えているらしいわよ。だから上の方の人達は別れさせたいみたい」
「なるほど・・・・シドはどうでもいいみたいだったけれど」
イザベラが言うと、カーラーは納得したように頷いている。
「まぁ、何かあるのかもしれないわね。面白いじゃない。何かまた情報を掴んだら教えてね。私も教えるから」
「わかったわ」
長年の付き合いで、カーラーは噂話が好きだが口も堅いことを知っているイザベラは頷いた。
「それで、シド様とはどうなの?」
「特に何もないわよ。だって私はただの専属侍女だから掃除をしているわよ」
「まだその設定なのね」
カーラーは小さく呟く。
「優しくてカッコよくて毎日楽しいわ。これが恋なのかもしれないわね」
顔を赤らめて言うイザベラにカーラーは無表情にうなずく。
「よかったわ。遅い初恋おめでとう」
翌朝、息を切らせて階段を登りきりシドの部屋へと向かった。
珍しくシドの姿はない。
ヨルマンの事での会議が長引いているのかもしれないとイザベラはソファーへと座る。
この部屋にたどり着くまでが毎日大変だ。
汗を拭きながら鞄から扇子を出して仰ぎながら部屋を見回した。
初めて来た日より、かなり綺麗になり床の上に置いてあるものは何もない。
お茶が飲みたいと思ったがお湯をもらいに行くのにまた階段を降りないといけないのかと思うととても体力が続かない。
仕方なくソファーに座って待っているとシドが部屋へと入ってきた。
「おはよう。会議だったの?」
青い騎士服を着こんでいるシドを見て言うと彼は首を振った。
「いや、会議ではないよ。ちょっといつもの用事で上に行ってた」
「塔の上ってこと?」
一体何があるのかと疑問に思っているイザベラにシドは肩をすくめる。
「僕達みたいに魔力が多い人は交代で上に行って魔力を入れる場所があるんだ」
「疲れそうね」
「そうだね、今日は疲れたかな・・・。実は僕は今日、休暇を取ったから町へ美味しいものでも食べに行こうよ」
「えっ?」
一緒に町へ行くなどまるでデートみたいじゃない。
ドキドキする胸を押さえつつ平静を装っているイザベラに気づくはずもなくシドは片手を差し出した。
「さっそく行こう」
「えっ?」
無理やり腕を取られて立たされると階段へと向かった。
手を繋いだまま階段を降りていると途中でシドに用事があったらしい階段を上がってきた騎士と鉢合わせした。
「あれ、隊長。どこへ行くんですか?書類にサインほしいんですけれど」
「僕、休暇取ったから書類は明日ね。町へ遊びに行ってくる」
「えっ?」
若い騎士は驚いてゆっくりとシドとイザベラのつながれたままの手を見てニヤリと笑った。
「あっ、そう言う事ですか。どうぞ、楽しんできてください」
早口言うと、慌てて階段を駆け下りていく。
イザベラは身分を隠してただの専属侍女として来ているだけなのにシドといい関係になっていると誤解されたらまずいと思い、若い騎士を呼び止めようとするが、あっという間に消えて行ってしまった。
「私たちがそういう言う関係だと思われたら困るんですけれど」
焦るイザベラとは対照的にシドは落ち着いている。
「そういう関係だと思われていいじゃないか」
手を繋いだままのシドにイザベラはムッとしてなんとか手を離そうとするがシドの手は強く離れない。
「何ですって!何度も言うけれど貴方婚約者が居るんでしょ?別の女と手を繋ぐなんて行為ありえないわ!」
「あぁ、まだそういう設定だったけ?いい加減気づかないかなぁ」
「なに?」
ボソリと呟いたシドの言葉が聞き取れずイザベラは聞き返す。
「何でもないよ。とにかく僕は誰にでもそういう事しないから安心してよ」
「はぁ?あなた可笑しいんじゃないの?」
言い合いをしているうちに階段を降り切ると、廊下には異様な数の騎士達が歩いていた。
いつもこんな人数居たかと言うぐらいの数にイザベラは首を傾げつつ廊下を歩く。
恥ずかしいのでシドの手を離そうとするが力強くやはり離れない。
「来た来た!おーい、隊長来たよ!」
「ほんとだ、いい感じじゃないか」
コソコソと騎士たちは話しているが、声は丸聞こえだ。
騎士の呼びかけに、気配をけしつつも室内にいた騎士達がわざとらしく廊下へ出てきてイザベラたちの様子を見ている。
「凄い噂されていますよ!」
キッと睨むイザベラにシドは気にした様子もなく手を繋いだまま歩く。
「僕が女性と歩くなんて珍しいから、見たいんじゃない?」
「はぁ?」
婚約者でもない女と歩くのを見られても何とも思ないどころか、それを噂されても平気でいられるなんて信じられない。
イザベラはふと思いなおす。
もしかして、婚約者であるイザベラよりも共に過ごしている間に侍女である私を気に入ったのかもしれない。
それはそれで問題かもしれないと不安になっていると、怒鳴り声が聞こえてきた。
「なに?」
廊下の奥から聞こえてくる大きな声に怖くなりシドの腕を掴んで見上げると彼も驚いたように奥を見ている。
「なんだろう。誰が怒鳴っている?」
シドが聞くと、騎士はのぞき見をしていた近くに居た騎士が答えた。
「ヨルマンです。団長と話し合いをしておりまして」
「なるほど・・・付き合っている女性の事だな」
シドが顔をしかめると、怒鳴り声はますます大きくなる。
「彼女がスパイのはずが無いでしょう!私は、情報を漏らしたりはしません!」
ヨルマンの怒鳴り声が大きくなると、ドアが開いて筋肉質の大きな男が出てきた。
騎士服に勲章のようなものが付いているから偉い人なのだろう。
「団長だよ」
シドが呟く。
「団長!お待ちください。一方的に別れろと言われても困ります!」
その後にヨルマンが続いて部屋から出てきた。
「うるさい。もう話は終わりだ」
「そんな!俺は彼女とは・・・別れないっ」
ヨルマンが怒鳴ると爆音と光があたりに響いた。
耳をつんざくような爆音と強い光にイザベラは目を瞑る。
「うわぁぁ」
悲鳴が響き、目を開けるとイザベラ以外の人はみな倒れて動いていなかった。
「どうしたの?」
隣にいたシドも床に倒れて呻いている。
慌ててしゃがみこんでシドの体を揺すると軽く目を開けてイザベラを見た。
「ヨルマンの魔力暴走だ・・・・」
見たところ怪我は無さそうだが、イザベラ以外は誰も立ち上がることができずに呻いている。
「くそっ、ヨルマンの野郎・・・・」
近くにいた騎士がよろよろと立ち上がり、他の隊士も立ち上がる者が出てきたがかなり辛そうだ。
筋肉質で見た目が強そうな団長も横になったまま頭だけを動かして辺りを見回している。
「お前ら、今動けるものは魔力が少ないってことだからな!あとで訓練だ!」
「こんな時までそう言う事言わなくてもいいでしょ団長!」
何とか立ち上がっている隊士達が怒鳴った。
「それで、死人は出てないか!」
身動きできない団長が大きな声で言うと、力なく立ち上がって辺りを見ていた騎士が答える。
「いません!みんな息しています!」
「ヨルマンは?」
シドは横になったまま小さな声で問いかけた。
辺りを見回すと、ヨルマンは青い顔をして倒れていて動いていない。
「ピクリとも動いていないわ。でも胸がかすかに動いているから息はしているみたい」
イザベラが答えると、シドは息を吐いた。
「とりあえず、死人が出なくてよかった」
シドは力なく手を伸ばすとイザベラの頬を撫でた。
「イザベラが無事でよかった。やっぱり魔力が無いと危害を受けないんだね・・」
優しく頬を撫でられて顔を真っ赤したイザベラは目を見開いた。
「なっ、私はイザベラではないわよ!」
上ずった声で言うイザベラに、立ち上がれずに横になったままの騎士達が一斉に突っ込んだ。
「みんな知ってるよ!」
「えっ?嘘でしょ!?」
驚いてあたりを見回してからイザベラはシドを見た。
泣きそうな顔をしたイザベラの頬を撫でながらシドは軽く微笑んだ。
「結婚したいと思った相手の事は知っているよ」
「嘘でしょぉぉ!」
イザベラの叫びが廊下に響き渡った。




