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“隊長の部屋はこちら”と書かれたプレートの前でイザベラは息を大きく吸って吐いた。
自分がシドに恋をしているかもしれないと自覚したらどんな顔をして彼に会えばいいか判らなくなってしまったのだ。
高鳴る胸を抑えるために何度か深呼吸して心を落ち着かせる。
「おはようベラ。階段で疲れたの?」
後ろから声を掛けられてイザベラは驚いて振り返ると青い騎士服を着たシドが立っている。
「シド!急に声を掛けないで」
「ごめん。そんなに驚くとは思わなくて」
騎士服を着たシドは昨日の白いシャツ姿の時とは違い数倍カッコよく見えてイザベラの胸の鼓動は高まった。
「今日は騎士服なのね」
全身を見てイザベラが言うとシドは頷きながら部屋へと入っていく。
「会議だったんだ。堅苦しくて嫌になるけれど」
「そう?騎士の制服カッコいいと思うけれど」
イザベラが言うとシドは微笑む。
「カッコイイだって?うれしいな。兄が言っていたけれど、魔法騎士の制服はどこよりもカッコよく見えるようにデザインされているらしいよ。威厳ってやつかな?」
そう言われて、イザベラはシドの服装をもう一度よく見た。
確かに城に居る騎士達よりはカッコよく見えるのはデザインのおかげなのかと納得する。
青い制服の上着は裾が長く、煌びやかな模様が入っている。
剣も金色で模様が入っており豪華だ。
「魔法が仕えるのに剣も使うのね。飾り?」
イザベラも室内に入りながら言うと、シドは首をふる。
「まさか、ちゃんと切れるよ。剣と魔法で戦うんだ。かっこいいでしょ」
「カッコいいわ」
思わず頷いてしまったイザベラにシドはとてもうれしそうだ。
その笑顔も素敵とイザベラが眺めた。
「カッコいいと言ってくれるのならこの窮屈な制服も悪くないね」
シドは言いながら自分の席へと座る。
シドが仕事をしている机の上はまだ片付いては居ない。
殆ど室内は片付いたので、後はシドの机の上だけだ。
「今日はここを片付けたいのだけれど」
イザベラは座っているシドの横に立って言う。
「そうだね・・・ここは書類関係も多いから一緒にやろうか」
「えっ?一緒に?」
顔が赤くなるイザベラを不思議そうに見てシドは机の上の書類を片付け始めた。
イザベラも気を取り直して、シドが開発した道具を手に取ってスイッチを入れる。
「一つも動かないんだけれど、本当に開発の研究をしているの?」
スイッチを入れても動かないガラクタを箱に入れてイザベラが言うと、シドは顔をしかめた。
「おかしいなぁ。他の人は動いたんだよ」
イザベラは机の上を片付けていると伏せられている写真立てが目に入った。
埃まみれで蜘蛛の巣もかかっており触るのを躊躇してしまう。
「あぁ、懐かしな」
埃まみれの写真立てを躊躇することなくシドは手に取ると誇りが辺りに舞う。
「凄い埃・・・」
くしゃみをするイザベラを見てシドが慌てて右手を動かし魔法で風を起こす。
机の上と写真立ての埃は綺麗に風に乗って飛んで行った。
「その写真は?」
綺麗になった写真立てをイザベラは覗き込んだ。
髪の長い綺麗な女性が小さな子供と赤ん坊を抱いて写っている。
「僕の母だよ。隣に立っている男の子が兄で、赤ん坊が僕だね」
「へぇ、綺麗な人ですね!」
よく見るとシドと顔が似ている。
「僕が殺したんだ」
「え?」
聞き間違いかとイザベラが聞き返すが、シドは写真立てを撫でながらもう一度言った。
「僕が、母を殺したんだ・・・」
「えぇぇ?い、いつですか?なんでまた・・・・」
騎士なのだから人を殺めていてもおかしくはないだろうが、母を殺したとあっては話が違う。
まさか、その腰にある剣で刺したのかとそっとシドから距離を取るイザベラにシドは軽く笑った。
「恨みとかじゃないよ。事故に近いかな・・・」
「事故ですか・・」
自分が殺したなどと大げさなことを言わないでほしいとホッと息を吐く。
「僕が子供の時に魔力を制御しきれなくて魔力暴走を起してそれに巻き込まれて死んでしまったんだ」
「そうだったんですか。それは大変でしたね」
何と言葉を掛けたらいいか解らず、視線を背けているイザベラにシドは笑いかけた。
「気にしないで。今は母の愛だったんだと思うし。それに魔力暴走はもう起さないって決めているから」
「気を付けていれば大丈夫なものなのですか?」
「怒りとか、悲しみとか感情のブレに左右されるから。もう僕も大人だからそういうことは無いし。それに、魔力が無い人間だと魔力暴走が起こっても被害を受けないからベラは安心してて大丈夫だよ」
「はぁ」
だから結婚相手は魔力の無い人が良かったのかとイザベラは納得する。
貴族の中ではどれだけ魔力が高いかで張り合っている部分もあるためイザベラがシドとの結婚が決まったことが不思議だった。
魔力が利かないのならイザベラが魔力暴走で傷つくことないからだろう。
母を殺してしまったというのは、彼にとって深い傷になっているに違いない。
もうこの話はしない様にしようと、イザベラは心に誓って、机の上の片づけを再開した。
お昼近くになってやっとシドの机は綺麗になった。
一体どれぐらい掃除をしていなかったのかと思うほど昔の書類や道具が出てきてシドは懐かしいなぁと言いながら思い出に浸るためそのたびにイザベラが思い出の品を容赦なく処分する箱へと放り込む。
「ベラのおかげで片付けることができたよ。ありがとう」
お礼を言われるとやはり嬉しい。
母を殺してしまったとショッキングな話を聞いてもシドに対しての気持ちは変わらない。
たった数日会っただけなのにとも思うがこれが恋と言うものなのかと密かに感動しつつイザベラはいつもと変わりないように頷いた。
「これで部屋の掃除は完璧ね、明日から私は何をすればいいかしら」
これでお役御免かと少し心配するイザベラ。
シドは魔法でお湯を沸かしてお茶を淹れ、ソファーに座るイザベラの前に置いた。
「僕が作った道具を使えるか試す仕事があるよ。あと、掃除かな」
「なるほど、それは私にしかできない仕事ね」
得意げに言うイザベラにシドは苦笑した。
「失礼いたします。お昼をお持ちしました」
開いたままのドアの前で敬礼をしているヨルマンにシドが立ち上がって答える。
「ご苦労。今日も書類にサインか・・・」
昼食を受け取ってからヨルマンが差し出した書類にシドがため息を付いた。
仕事用の机に座って書類を確認しながらサインを入れているシドの後ろに直立不動で立っているヨルマン。
銅像の様に身動きしないヨルマンに本当に真面目な人なんだなと思いながらイザベラは昼食を机に並べた。
今日もサンドウィッチだがスープが付いていた。
「シド隊長、お話よろしいでしょうか」
身動き一つしないでヨルマンが畏まって言う。
「どうぞ」
書類から視線をそらさずシドが答えると、ヨルマンは少しだけ表情を曇らせて話し出した。
「今朝の会議の事なのですか・・・」
「あぁ、ヨルマンの恋人の事ね。僕は好きにしたらいいと思うけれど」
「そう言っていただくとありがたいです。私は、彼女とは別れるつもりはありません」
「いいと思うよ。ただ、迷惑をかけないこと。それから隊の事は一切話すな。誓えるか?」
かなり込み入った話をしだした二人にイザベラは物音を立てないようにそっとソファーに座る。
存在感を消しながらヨルマンを見るとヨルマンは剣を抜いて刀身を額に付けてから目線の高さで掲げた。
「命に誓って、隊の事は口外いたしません」
「いちいち大げさなんだよ。ヨルマンは」
顔をしかめるシドにヨルマンは敬礼をした。
「はっ、申し訳ございません。もし、隊に迷惑がかかることがあればこの身をもって償います」
「いや、そうなる前になんとかしてね。はい、書類」
ヨルマンに書類を渡してシドは立ち上がる。
「ありがとうございました。失礼いたします」
再度敬礼をして去っていくヨルマンを見てシドはため息を付いた。
「くそ真面目で嫌になるね」
冷めた紅茶を魔法で温めなおしてシドはイザベラの向かいのソファーに座った。
サンドウィッチの横に置かれている冷めたスープも魔法で温めてイザベラへのもとに置いた。
「ありがとう。魔法って便利ね」
シドほど使いこなしている人を見たことが無いけれどと、心の中で付け加えてイザベラはスープを一口飲んだ。
「さっきの人、ヨルマンさんの恋人は何か問題でもあるの?」
聞いても答えてくれないかもしれないと思ったがサンドウィッチを食べながらイザベラは聞いてみた。
「問題おおありなんだよね。隣国のモロトとは仲が悪いのは知っているよね?」
「一応は・・・我が国の領土を狙っているとか?」
政治関係は勉強をしてこなかったイザベラは苦し紛れに言うと、シドは頷いた。
「僕達、魔法騎士団がいるから手出しはできないんだよ。あっちは魔法が仕える人が少ないからね。結構ちょくちょく戦いは起きているんだけれど」
「そうだったんですね。で、それとヨルマンさんとどういう関係が・・・」
「そこの国の女性とヨルマンは付き合っているんだよ・・・」
ため息を付くシドにイザベラは首を傾げた。
「国境を越えて付き合っているんですか?存在している方ですか?」
あれだけ真面目なヨルマンに恋人がいるだけでも驚きだが、それも敵国の恋人など妄想なのではと心配しているイザベラにシドは噴出して笑った。
「あははっ。存在しているよ。隣国から我が国へ亡命してきたらしいから」
「亡命?」
「なぜ亡命してきたのかはよくわからないけれど、綺麗な人だよ。そんな人がなぜヨルマンと付き合っているか謎じゃない?ウチの部署というか騎士たちは国の重要な機関だからね。騙されているんじゃないかって問題になっているんだ」
「なるほど・・・確かに、ヨルマンさん騙されてますね」
断言するイザベラにシドはまた笑った。
「だから、最近会議が開かれてヨルマンをどうするかって議題で揉めているんだよ。本当くだらないよね。ヨルマン真面目だから内部の事は漏らさないと思うんだけれどね」
「大変ですね」
「本当、次から次へと問題が多くて大変だよ」