24
翌日、イザベラはウエディングドレスに身を包んで隣に並んで立っているシドを見上げた。
シドは黒に金色の縁取りがされている式典用の騎士服を着ている。
まるで王子のような姿のシドに見惚れてしまい段取りを忘れてしまうイザベラにシドが小声で指示を出していた。
大きな大聖堂は壁一面にステンドグラスで囲まれており、太陽の光が差し込み色とりどりの光が照らす。
大聖堂を埋め尽くす招待客達の視線を浴びてイザベラは最高潮に緊張もしていた。
招待されている貴族や、家族たちに見つめられイザベラは緊張しつつ、シドを見て赤くなるを繰り返し関係者席に座っている父親と母親にため息を付かれていた。
今もまた、シドを見上げて顔を赤くして動きが止まっているイザベラの耳元で囁く。
「イザベラ、ここでやることは終わったから、大聖堂からは退出だ。次は、国民の前で手を振る時間だよ」
「ひぃぃ、沢山の人の前に行くのね」
「昨日は僕をからかうぐらいだったのに、随分緊張しているね」
「沢山の人の前に出るのって緊張するのね。しかも私、竜を退治した英雄でもないし。私が手を振る意味はないことに気づいたら急に国民の前に出るのが怖くなったのよ」
カチコチに固まっているイザベラの手を自分の腕にかけて引きずるように大聖堂の中を歩く。
大聖堂から廊下へと出ると、イザベラは息を吐いた。
「はぁ、顔も知らない貴族の人達に見られて緊張したわ。どうしてシドは普段通りなの?」
人の目が無くなり、イザベラの緊張が取れた様子にシドは微笑んだ。
「緊張はしていると思うけれど。イザベラほどではないな」
「昨日までは適当に手を振っていればいいと思っていたけれど、実際は凄く緊張するわ。人に注目されるって大変ね」
城の廊下を歩き、階段を登る。
町の人たちが集まっているバルコニーまではもう少しだ。
途中で、魔法騎士達がニヤニヤしながら後ろを付いて歩いてきた。
彼らもシドとイザベラの後ろでバルコニーから手を振る段取りになっている。
竜を撃退した英雄たちのお披露目も兼ねているのだ。
「お綺麗ですよ、イザベラさん。昨日俺達を跨いでいった人とは思えないです」
「隊長は明日から、一か月休暇ですよね。仕事どうするんですかぁ。書類溜まっていますよ」
朗らかに笑いながらも愚痴を言う魔法騎士達にシドは歩きながら振り返った。
「王が一か月休んでいいって言うから。僕の代理は団長と兄のアントムがやる予定だから大丈夫だよ」
「あの人達、真面目にやらないですよ」
これから国民に向かって手を振るという大役をする前とは思えない会話にイザベラは緊張が少し和らいだ。
「みんなと一緒なら、国民に手を振るのも大丈夫な気がしてきたわ。よく考えたら私なんて関係ないものね。誰も私なんて見ていないわよ」
「イザベラさん甘いですよ。美形で、最強の魔法騎士隊長と結婚した相手はどんな顔をしているの?私より美人なんでしょうねって巷の女性たちは見ていますよ」
騎士の一人に言われてイザベラは青ざめた。
「止めてよ!怖くてこれ以上先に行かれなくなったわ」
バルコニーより数メール前で立ち止まったイザベラに、シドが騎士達を睨みつける。
「余計なことを言わないでよ。イザベラ、大丈夫だから。国民が見ているのはきっと、竜を退けたという僕と、魔法騎士達だから」
「じゃぁ、私はいらないわね」
帰ろうとするイザベラに後ろから魔法騎士達が逃げないように退路を塞ぎつつ、バルコニーへと向かった。
「一人だけ逃がす訳ないじゃないですか。竜を退けたのはイザベラさんですし、ある意味主役。頑張って手を振ってくださいね」
逃げ場を失いシドに手を引かれてバルコニーへとたどり着いた。
バルコニーの前には王の護衛騎士、アルベルト隊長とランドル副隊長が立っている。
彼らも今日は式典用の豪華な騎士服を着ているがやはり昔の美青年達とは程遠い姿にイザベラはため息を付いた。
「昔のあどけない美青年はどこに行ったのかしらね」
呟くイザベラに、アルベルト隊長がニヤリと笑った。
「王は先に出て手を振っているから、お前らも早く出てくれ」
「いやだなぁ・・・」
アルベルトがドレス姿のイザベラを上から下まで眺めた。
「集まっている国民はほとんど女性だ。魔法騎士隊長シドのお相手は誰なの?私より美人でしょうねと、お待ちかねだぞ」
「もうその話は聞きました。まだ、美青年と顔が違うって言ったことを根に持っているのね」
後半はシドに囁いたが、アルベルトに全て丸聞こえだ。
青筋を立てながらアルベルトはバルコニーにさっさと行けとジェスチャーしている。
仕方なくイザベラはバルコニーへと一歩踏みだした。
イザベラとシドがバルコニーに出ると、集まっていた国民たちの歓声が上がる。
殆どは女性の声が多く、イザベラは下を見ないように笑みを絶やさないように前を向いて手を振った。
先にバルコニーに出ていた王がシドとイザベラに場所を譲った。
「笑いながら手を振るのも疲れた。さっさと手を振って戻ろう」
王は笑みを絶やさずにイザベラ達に言う。
王ともなると笑いながら、疲れたと言えるのだと感心し、イザベラも見習って笑みを浮かべて手を振った。
横に居るシドを見ると彼は手を振ってない。
「あれ、手を振らないの?」
「僕が手を振ってもねぇ・・・」
「いや、手を振ってくださいよ。俺達も辛いんです」
後ろに並んでいる魔法騎士達も引きった笑みを浮かべてぎこちなく手を振っている。
下に居た国民たちから大きな声が上がった。
今までと違う大きな声にイザベラが下を見ると皆空を指さして悲鳴を上げている。
明らかにイザベラ達を見ていない人たちに、シドもバルコニーから身を乗り出して様子を見た。
「空になにか?」
イザベラと魔法騎士達も空を見上げると、雲の間に竜が飛んでいるのが見えた。
「竜だわ・・・」
遠い目をして言うイザベラに魔法騎士達も絶望的な顔をして空を見上げる。
「うわー、近づいてくる。怖えぇ」
魔法騎士の一人が言うと、他の騎士もシドの顔を見た。
「隊長、どうします?防御の魔法かけときますか?多分、効かないですけれど」
「いや、様子を見よう。イザベラを祝いに来たんじゃないかな」
引きつった顔でシドは空を見上げた。
竜はぐんぐんと城へと近づいてくる。
大きな羽音が聞こえ、ますます集まっている人々から悲鳴が上がった。
「お前ら、国民が見ているんだから笑顔を絶やすな。うろたえるな」
アルベルトとランドルが、にこやかに笑いながら魔法騎士の間に入り、さりげなく王を守るように立った。
「本当に竜はイザベラが幸せなら危害を加えないって言ってたんだよな?」
にこやかに笑いながらもにらんでくるランドルにイザベラは頷く。
「言っていました。でもあの翼で吹き飛ばされたお終いよね」
「あははっ、イザベラさん冗談はやめてくださいよ」
「そうですよ、俺は竜を信じる。でも、王と城は守らないといけないんですよね」
魔法騎士達は慌てて笑みを浮かべて優雅にいつでも剣が抜けるように準備をする。
「まさか、城を壊しに来たとかではあるまいな」
笑みは絶やさず、恐ろしい目をしている王にイザベラは首を振る。
「いやー、違うと思いますよ」
そう信じたいと思いつつ空を見上げると、竜の声が頭に響いた。
「イザベラおめでとう。娘のめでたい日にこの国の繁栄を願おう」
イザベラが通訳をすると、王を含めた騎士達が息を吐いた。
「良かった、襲いに来たわけではないんだ」
シドも息を吐く。
「娘ってところが気にかかるけれど」
シドはそう言って右手を空に向けると一瞬白く手のひらが輝く。
「何?魔法?」
見上げてくるイザベラにシドは軽く微笑んだ。
「僕からイザベラにプレゼント。これも魔法の応用だよ」
シドが右手を振ると、キラキラと輝く白い雪が舞った。
太陽に当たって輝く雪がバルコニーから風に乗って飛んでいく。
あまりにも幻想的な光景に、集まっている人々からまた歓声があった。
すると王が、咳払いをして笑みを称えて両手を広げて集まっている人々に向かって声を上げる。
「竜が、わが国の繁栄と、最強魔法騎士シド・ロードリゲンの結婚を祝いに来てくれた!みなともに祝おうぞ」
王が言うと、集まっている人々から歓声が上がる。
「余計なことを言わないでほしい。僕じゃなくてイザベラを祝いに来たのにね」
シドは小さく呟きながら、右手を動かしてキラキラと輝く光をバルコニーから風に乗せて舞い上がらせた。
「凄い、綺麗」
感動しているイザベラに、シドは左手を動かすと氷でできた花が現れた。
「これも応用だね」
そう言ってシドは氷の花をイザベラの周りに散らした。
ふわりとイザベラの周りを氷の花は漂い、風に乗って飛んでいく。
太陽に当たって輝く氷の花に集まった人たちも歓声を上げる。
「ありがとう」
イザベラがお礼を言うと、シドは頷いて上を見上げた。
イザベラも上を見上げて、城の周りを旋回している竜に手を振った。
「ありがとう!私幸せになるわー」
叫んだイザベラの声は歓声にかき消されたが、竜には届いていたようでイザベラの脳内に竜の声が響いた。
「自分で幸せを勝ち取りに行くのも我が娘と同じだ。はははっ。今度こそ本当に眠りに付こう。なにかあれば我はまた来るからな」
「ありがとう!」
手を振っているイザベラに続いて、魔法騎士達も竜に手をふる。
「もう二度とこないでいいよ。でかくて怖いから」
笑みを絶やさないで騎士達は呟いた。
城の上を旋回していた竜は雲の上へと飛んでいきはるか遠くの空へと消えていく。
それを見ていた国民たちはまた大きな歓声を上げた。
「さすが、魔法騎士だ!英雄シド様だ!」
「英雄とか言われているんだけれど。僕何もしていないのに」
うんざりしているシドに、魔法騎士達も頷いている。
「俺達も竜に対して無力なのに、英雄視されていますよ」
「お前ら、ごちゃごちゃ言っていないで、手を振るのはもう十分だから戻っていいぞ」
竜が消えたのを確認して、アルベルトがバルコニーの出入り口を指した。
「やっと帰れる」
シドは呟いて、イザベラの手を引いて城の中へと戻ると後ろから魔法騎士達も続いて中へと入った。
「王はお部屋に戻られましたので、お前らも適当に解散していいぞ。お疲れ」
アルベルトがさっさと向うへ行けと追い払うように手をイザベラ達に向けた。
あまりの扱いの酷さに魔法騎士達が密かに舌打ちをする。
「偉そうに。さっさとお食事会場へ行こうぜ」
イザベラとシドを置いてさっさと歩いていく魔法騎士達にシドはため息を付いた。
「まだ、食事会があるのか。早く二人になりたいね」
「やだー。シドったら」
イザベラの手を取って言うシドにイザベラは顔を赤くする。
「やっと仕事が終わった感じがするね」
騎士服の首元のボタンをはずしてシドは歩き始めた。
ドレスのスカートを持ち上げながらイザベラも頷く。
この後は、親しいものだけでの食事会だけだ、きっと楽しい時間になるに違いない。
「美味しいごはんがやっと食べられるわね。朝からほとんど食べていないからお腹が空いたわ」
歩きながらイザベラはシドの顔を見上げた。
「なに?」
「あのね、さっきのキラキラ光る雪みたいな魔法すごく綺麗だった。ありがとう」
はにかみながら言うイザベラの手をシドは強く握る。
「そんなに喜ぶなら、イザベラが喜ぶような綺麗な魔法を考えて見せてあげるよ。これから先は長いから楽しみにしていてね」
「シドと結婚出来て嬉しい。これからよろしくね」
「僕もうれしいよ」
見つめ合ってほほ笑むシドとイザベラに、魔法騎士達が振り返った。
「早く行きますよー」
「今行くわ」
イザベラはシドの手を握って歩き出した。




