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竜を撃退してから数か月後、イザベラは毎日の様にシドのもとへと通っていた。
専属侍女をやめてはいないが、本格的に侍女として働いているわけでもない。
侍女長にはアントムが話を通してくれ、イザベラは制服を返し挨拶済みだ。
シドとの結婚式も大聖堂で行うことが決定し、イザベラはドレス選びや新居の準備など忙しく毎日を過ごしていた。
どれだけ忙しくてもシドと一緒にお昼ご飯は食べると決めているイザベラは今日も魔法騎士の詰め所へと向かう。
「青い空が気持ちいわね!皆様、ごきげんよう」
イザベラはスキップをしながら魔法騎士の詰め所で手を振って挨拶をした。
通り過ぎる騎士達がうんざりした顔でイザベラに頭を下げる。
「ごきげんよう。イザベラさんは能天気でいいですね」
「そりゃそうよ。なんてったって私、明日結婚式だもの!結婚式よ」
歌うように言うイザベラに、騎士達は顔をしかめた。
「知っていますよ。俺達も出席しますから。でもね、仕事が溜まっているんです」
「大変ねぇ。あ、これ差し入れ。皆さまでどうぞ」
町で買ってきたお菓子を渡して、塔へ塔続く階段へと向かう。
シドが居る隊長室は塔の上層階だ。
毎日登るのが苦ではあったが、今日は気分が良いため軽い足取りで登り始める。
鼻歌を歌いながら隊長室の部屋に向かうが、階段の途中で立ち止まった。
シドの部屋から騎士達が階段まで並んで立っているからだ。
「何事?」
驚くイザベラに、並んでいる騎士達がそれぞれ書類の束を見せる。
「明日からシド隊長が、一か月も休暇だから書類を早めに貰っておこうと思っているんですよ」
「今日は俺達も隊長も忙しいからイザベラさんは帰ってもらえるとありがたいです。明日結婚式ですよね。ゆっくり休んで備えてください」
「そうですよ。お肌のコンディションもあるでしょうし。毎日来ないでくださいよ」
騎士達の容赦ない言葉に、イザベラはムッとして手に持っているバスケットを見せる。
「言っておくけど、私はまだシドの専属侍女ですからね。お昼ご飯を作ってきたのだから昼休みぐらいは取ってもらわないと困るんです!さぁ、昼休み終わりまで解散してください」
「また勝手なことを言って、俺達も忙しいんですよ。イザベラさんは帰ってください。一か月もずっと一緒に居られるんだから今日ぐらいは会わなくてもいいでしょ」
「毎日会いたいのよ」
イザベラが言い切ると、シドが部屋から顔を出して手を振っているのが見えた。
「何を騒いでいるのかと思ったらイザベラか。お前らの書類はとりあえず預かっておくから順次取りに来て。昼を取ってから重要な案件は面談を開始するからよろしく」
シドはそう言って並んでいる騎士達から書類を回収して、イザベラの背を押した。
隊長室へと入りドアを閉める。
「全く、休暇前に忙しくて嫌になるよ」
シドは書類を机の上に置いてソファーに腰かけた。
いそいそと向かいのソファーに腰をおろして、作ってきたサンドイッチを並べ始めるイザベラにシドは苦笑する。
「どんな時でも元気なイザベラは本当に尊敬するよ」
「褒められているのかしら?」
お茶を淹れてシドに渡しながらイザベラは首をかしげる。
「もちろん」
部屋の中はイザベラが片付けたまま綺麗だ。
忙しくて道具の研究をする暇もないとぼやいていた通り、シドは大変忙しいらしい。
それでも部屋が綺麗なのは良いことだ。
「とうとう明日結婚式ね。シドは一回も予行練習していないけれど大丈夫なの?」
城の大聖堂で行われる結婚式は時の人となった魔法騎士シドということもありかなり盛大なものになった。
王も王妃も出席するため段取りも多い。
多忙のシド抜きでイザベラは何度か段取りを覚えたが、シドは大丈夫なのだろうかと心配になる。
「大丈夫。段取りは覚えているから」
「私なんてドキドキしてしまって、今夜ちゃんと寝れるか心配だわ」
「立っているだけでいいから大丈夫だよ」
「そんなことを言って。シドは竜を退けた伝説の魔法騎士なんだから国民に手を振るっていう名場面が待っているのよ」
イザベラの言葉でシドは思い出したようにため息を付く。
「そうだった。まるで英雄のようになってしまって困るよね・・・。なんで国民に手をふるんだろうか」
遠い目をして言うシドにイザベラは笑う。
もともと強いのだし別にいいのではないかと思うのだが、シドも他の魔法騎士達も自分たちが英雄視されているのをとても嫌がっている。
「魔法騎士のシド隊長は誰よりも強い魔法で、竜を従わせたって言われているらしいわよ」
「止めてくれ・・・。僕の力じゃなくてイザベラのおかげなのに」
「そういえば、ヨルマンは元気なのかしら?」
すっかり忘れていたとイザベラはお茶を飲みながら言うと、シドは軽く肩をすくめた。
「生きてはいるけれど、寝たきりみたいだよ。彼は魔法球を窃盗したから懲役刑。多分もう、閉鎖病棟からは出られないだろうね。ちなみに、ヨルマンの恋人も囚役されている」
綺麗なエオノラを思い出してイザベラは頷いた。
「もっと他に生き方があったでしょうにね」
「短絡的なんだよ。それより、イザベラはそろそろ帰ったら?」
あっという間に昼ご飯を食べ終えて書類を見始めたシドに、イザベラは唇を尖らせた。
もっと一緒に居たいのに、帰れと言われてうれしいはずもない。
「みんなして帰れって言って。酷いわ」
「明日は早くから準備するんだから、家に帰って休んでいた方がいいよ。僕も家に帰りたいよ」
「言われてみればそうね」
日の出前には起きて準備をしないといけないことを思い出してイザベラは立ち上がった。
「明日、イザベラが綺麗になっている姿を見られるのが楽しみだ」
「私も、シドが式典用の騎士服になるのが楽しみだわ。式の練習相手が、団長か頭が眩しいランドルさんだったから明日ちゃんとできるか心配でもあるのよね」
遠い目をするイザベラ。
彼らは王の警護もかねて式の予行練習にも参加しているが団長や、ランドルが茶々を入れる様子を思い浮かべてシドも頷いた。
「あの人たちは完全に僕達をからかっているからな」
「そうなのよ。団長なんてほんと酷いのよ。真面目にやらないのよね」
怒りながらイザベラは立ち上がりバスケットを手に取った。
「明日ね」
手を振りながらドアを開けると、のぞき見をしていた騎士達が部屋に雪崩れ込んできた。
ドアに手を付いていたのか、バランスを崩しドミノ倒しになっている。
「盗み聞きは良くないわよ。竜を退けた英雄さん達」
偉そうに腕を組んで言うイザベラに、騎士達は顔をしかめた。
「英雄っていうのは止めてくださいよ。俺達は竜に吹き飛ばされただけだしなぁ・・・」
「でも、世間ではそう言われているんだから仕方ないわね。じゃぁ、ごきげんよう、皆さま。明日はよろしくね」
スカートを持ち上げて挨拶をするとイザベラは倒れている騎士達を跨いで帰って行った。
「明日結婚する人が、男を跨いでいくとか、ありえねぇ」
倒れ居ていた騎士が呟くと、シドは書類を捲りながらにやりと笑った。
「そういう所も可愛いよね」
「え?あれが可愛いんですか?」
驚く騎士達にシドは頷いた。




