20
「うー、トイレ行きたい・・・」
尿意を感じてイザベラは目を覚ました。
「背中も痛い・・・」
地面に布を敷いて寝ているので痛む背中をさすって起き上がった。
外はまだ暗く、懐中時計を見ると深夜2時を過ぎたあたりでまだ真夜中だ。
トイレなどどこでするのかと思いつつ、我慢できずにイザベラはテントから外に出た。
焚火の前に座っていたシドが振り返った。
「どうしたの?」
「トイレに行きたい」
シドに言うのは恥ずかしかったが、生理現象には勝てずモジモジして言うイザベラ。
「あぁ、森の中でしてきて、はいこれ」
当然のようにスコップを渡されてイザベラは顔をしかめた。
「まさか、埋めろってこと?」
「そう。ついて行こうか?」
立ち上がるシドにイザベラは慌てて手を振った。
「結構です!嫌だけれど我慢できないから行ってきます!」
「気を付けてね。熊とか蛇がいるかもしれないからあまり遠くにには行かないでね。あとくらいからランタン。イザベラでも付けれるランタンだよ」
顔をしかめながらスコップを手に森に入っていくイザベラを見てシドは苦笑する。
「かわいいなぁ、イザベラは」
地図を眺めながら呟くシドに傍に居た隊士が驚いて振り向いた。
「え?今のやり取りが可愛いと思うんですか?」
「そうだけれど?」
不思議そうなシドに隊士達は顔を見合わせる。
「お似合いの二人だわ・・・」
イザベラはスコップ片手に草むらをかき分けてキャンプ地より奥に進んだ。
人に見られない様場所まで行き、用をたしてスコップで埋める。
「何が悲しくて、外でトイレをしないといけないのよ」
情けなくなりながらも、片付けてふと草むらの奥の木が倒れているが見えた。
魔法が仕えないイザベラは蝋燭で着くタイプのランタンを手に少し奥へと進む。
暗くてよく見えないが、ランタンで照らして歩いていくと森の奥へと木がなぎ倒されているのが解った。
竜が通ったみちかもしれないと、イザベラはスコップを担いでシドが居る野営地まで走って戻った。
「シド!木がなぎ倒されているわ」
焚火の前で書類を見ていたシドが走ってきたイザベラの言葉に驚いて立ち上がる。
「え?」
「この奥よ。こう一直線に木がなぎ倒されているわ」
手で示しつつイザベラが説明をすると、シドは頷いて書類を懐にしまった。
「暗いけれど様子を見に行こう。竜は夜行性かな?」
イザベラはテントからマントを取り出しながら首をかしげる。
竜のことなど知るはずもないが、前回見たのは昼間だったことを思い出しシドを見上げた。
「前回は昼間だったわよね」
「たしかに、今は休んでいるかもしれないな」
シドは頷いて、隊員たちが準備しているのを見守りながらマントを身に着けた。
「荷物はとりあえず置いて行こう」
シドは指示を出し、慌ただしくテントはしまわれ火も消される。
「全隊員、いつでも出発できます」
隊士が報告に来るとシドは頷いた。
「よし、森の奥へと向かう。馬は無理だから置いて行こう。もし、竜が見つかったら様子を見て話し合って無理そうなら攻撃ね」
竜に勝てるわけがないと思いつつ、騎士達は重い気分で返事をした。
「話し合いって、言葉通じると思いませんが」
「仕方ないだろ。イザベラも無理をしないで、ついてくるだけでいいからね」
「一応、目玉は返すつもりよ。王様に言われたしね」
言い切るイザベラにシドは息を吐いた。
「無理はしないでね」
「もちろんよ」
イザベラはマントについている帽子をかぶりながら頷いた。
シドを先頭に森へと入っていく。
イザベラが案内をした先に倒れ居ている木々を見てシドは頷いた。
「確かに、これは竜が倒したとしか思えないね」
折れた木に手を当ててシドは呟いた。
「そうでしょ?」
イザベラもシドの後ろに立って頷く。
なぎ倒された木は森の奥へと一直線に続いているのを確認してシドは指さした。
「奥へ行こう」
音を立てないように、なぎ倒された木の間を進んでいく。
深夜の森は肌寒く、イザベラはマントの前を合わせ歩く。
しばらく歩くと、円形状に気がなぎ倒されておりその中心に腹ばいで寝ている大きな竜の姿見えた。
「竜だわ。絵本の絵と同じね」
イザベラが呟くとシドは頷いた。
「本当に見つかるとは思わなかったよ。しかし大きいね」
若干顔色が悪いシドはイザベラを竜から守るように立つと魔法騎士達に指示を出した。
「防御の魔法をいつでもかけられるようにしておいて」
騎士達が頷く。
竜は森の中心で目を瞑って、身動き一つしない。
かなり大きな体の腹は呼吸をするたびに動いているのを見て死んではいないようだ。
もっとよく見ようと、イザベラが一歩近づくと竜の片目が開いた。
金色の竜の大きな瞳がフードを被っているイザベラの姿を捕らえた。
竜の視線を遮るようにシドが前に立って左手を構える。
「我の宝を勝手に持ち出すとは、この盗人が」
竜の声が脳内に響き、イザベラは驚いて目と口を開いてシドを見上げた。
「今!竜が話した!」
「え?」
竜から視線を逸らさずにシドが聞き返す。
「聞こえなかったの?私の事を盗人だって!」
「聞こえなかった、盗人だって?」
シドが驚いて声を上げると同時に竜が大きな翼をゆっくりと振り上げて降ろした。
竜が降り降ろした翼の風がイザベラ達を襲う。
「防御!」
シドが大声を上げながら両手を付きだして緑色の光で風を防いだ。
シドが前に居るためにイザベラは竜の風圧を受けることがない。
防御の魔法が間に合わなかった騎士が数人吹き飛ばされ飛んでいく。
「ひぇぇ、凄い風圧」
吹き飛ばされて倒れている騎士を見てイザベラが悲鳴を上げた。
シドの背中に隠れつつ竜を見ると、金色の瞳と目があった。
「目ん玉は返します!返しにきました」
イザベラが叫ぶと、竜はギロリと睨みつけて牙をむく。
「こ、怖い」
あの牙で噛まれたら死んでしまうとイザベラが震えていると、シドは素早く剣を抜いて魔力を剣に流し込んだ。
青白く光る剣を振るって、魔法を竜に飛ばす。
シドが飛ばした魔法攻撃は竜に当たる前に消えた。
「イザベラと同じようだ。魔法が効かない」
シドは呟きまた防御の魔法をかけようとするが、竜の攻撃が早く大きな翼が直接シドに振り下ろされた。
翼が当たる寸前、緑色の防御の魔法をかけたが、大きな音を立ててシドが後ろに飛んでいく。
イザベラにはぎりぎり翼は当たらず、目の前にいたはずのシドは飛んで居なくなっていた。
竜を気にしつつ、飛ばされたシドを見る。
「シド」
倒れたシドはうめき声を上げながら剣を地面に立てて起き上がるが息が荒い。
イザベラの周りに居た魔法騎士達も、竜の翼に当たりなぎ倒されており立っているのはイザベラだけだ。
「ひぃぃ、ごめんなさい。私が、盗んだわけではないんです!でも返しに来ました」
イザベラは恐怖で泣き出したかったが、震える手でたすき掛けにしていた鞄から光を無くした魔法球を取り出す。
「お返しします!」
声を張り上げて、両手で玉を持ち竜に向かって差し出した。
恐怖で震えるイザベラを竜は見下ろしてゆっくりと近づいてくる。
玉を取りに来たのかと思ったが、イザベラの目の前まで竜は歩いてくると大きな口を開けてイザベラに近づいた。
「イザベラ!」
シドが剣を振り上げ魔法攻撃をするが、竜に当たる前に青い光が消えた。
「くそっ、魔法攻撃が効かない」
シドが呟く。
イザベラは恐怖で動くことができず震えながら竜の顔が目の前に迫るのを目を見開いて見つめた。
竜の大きな鼻の孔がイザベラの頭の匂いを嗅いで、足元へと向かう。
全身の匂いを嗅いで、竜が口を開いた。
「イザベラ。元気そうで良かった」
「は、初めてお会いしますけれど。どなたかとお間違えではないですか?」
恐怖で声が裏返るイザベラに、竜は不思議そうに片方の目でイザベラの姿を確認した。
「たしかに、少し顔が違う気がする」
竜の声は脳内に響くように聞こえる。
「名前はイザベラですけれど、私は竜さんに初めてお会いします」
恐怖で震えながらイザベラは魔法球を差し出して竜を見上げる。
緑色の鱗が月の光に輝いている。
「イザベラ、竜が何かを言っているのか?」
吹き飛ばされたシドが足を引きずりながらイザベラの傍へと来ると竜に向けて剣を構える。
イザベラはゆっくりと隣に立つシドを見た。
「聞こえないの?竜が話しているの」
「なにも聞こえない。なんて言っている?」
シドは竜から視線を外さずに聞いた。
「イザベラ、元気そうで良かったって。誰かと間違えているみたいなの」
今にも泣きだしそうなイザベラに、シドは頷いた。
「アントワ王妃を知っているか聞いてみて」
「アントワ王妃だと!イザベラの親友だろう」
シドの言葉に竜の驚きの声がイザベラの頭に響く。
「イザベラの親友だろうだって」
イザベラが通訳をすると、シドは竜を見つめたまま頷いた。
「なるほど、アントワ王妃は数百年前に本当に存在していた人だ。今はもういない」
シドの言葉に竜がまた驚いている。
「数百年前・・・それだけ眠りについていたのか、我が娘イザベラはもういないという事か」
「娘?イザベラが娘ですって?私と同じ名前の人が竜の娘?」
脳内に響く竜の声にイザベラは驚いて声をあげた。
「竜の娘がイザベラ?」
「竜から人間って生まれるの?」
流石のシドも驚いて隣に居るイザベラと竜を見比べた。
歯をむき出していた竜は、鼻から息を大きく出してお尻を付けて座った。
巨体が座ったことによって地面が揺れる。
「まぁ、大体わかった。イザベラは、イザベラだ」
優しい竜の言葉に、イザベラは首を振った。
「全然わかりません」
未だ恐怖の中に居るイザベラを安心させるように竜はにやりと笑う。
大きな牙がむき出されてイザベラとシドは身を引いた。
「お前らに危害を加えることは無いと誓おう。わけあって、ワシは人間と子供を持った。その子供がイザベラだ」
「人間とできた子供がイザベラって名前らしいわ。ねぇ、人間と竜って・・・」
情けない顔をしてイザベラはシドに通訳をしつつ疑問も言うと竜は何が面白いのか喉の奥で笑った。
「できないことないのだよ。イザベラよ。その疑問には今は答えないでおこう。我が子は竜の血が入っているせいか、魔法が使えず、魔法が効かない体だった。この世界では珍しいのだろう?」
「そうね。私も同じだわ。魔法が使えない人の方が多いけれど、魔法が効かないのは私ぐらいね」
イザベラが頷くと竜は満足したように頷き返す。
「魔法も絶えてきているのか。数百年前は魔法が盛んで、使えない娘はかなり落ち込んでいたが、魔法騎士との結婚が決まった、祝いにその玉を送った。それは我の目ではない」
「えぇぇ、これは目玉ではないのですか?」
イザベラが驚くと、竜はまた喉の奥を鳴らして笑う。
「この目は事故で失った。どれ、その玉に力を入れてやろう」
竜はそう言うと、長い爪が付いた手をイザベラ持っている魔法球にかざした。
ゆっくりと魔法球に緑色の光がともり輝きだした。
「光が戻ったわ」
感動して喜ぶイザベラとは対照的にシドの顔は険しく竜を見つめたままだ。
「この球をまた城に戻せば、我はまたこの国を守ろう」
「なぜそこまでやってくれるんだ?」
警戒を緩めずシドが聞くと、竜はまた笑った。
「娘を守るためには命すら差し出すのが親心よ。このイザベラも娘みたいなものだ。イザベラが差別されることなく、国で生きていけるように。我は力を貸そう」
「別に差別なんてされていないけれど」
呟くイザベラに、竜は上機嫌だ。
「そういう所も我が娘にそっくりだ」
「私のご先祖さまっていうこと?え?私の血には竜の血がはいっているっていうこと?」
信じられないと震えるイザベラ。
「違うとも言えないな。人間たちよ、娘の為にこの国は我が守ると決めている。もし、この球がまた失われるか、娘が不幸になれば国は滅ぶと思え」
少し離れて様子を見ていた魔法騎士達に竜は吠えるように言う。
竜の迫力に魔法騎士達は数歩下がりつつも剣を構えた。
シドは頷いて竜に構えていた剣を自らの胸の前に向けて剣を額に付けた。
「魔法騎士 シド・ロードリゲンの名において誓おう。イザベラを幸せにし、この国も守る」
竜はシドの顔を見て、頷く。
「あの男に顔も似ておるな。おぬしはイザベラの夫か?」
「夫だなんて、違います。まだ婚約者です」
こんな時にも顔を赤くして照れているイザベラに竜は声を上げて笑った。
「すべて、娘イザベラと同じだ。きっと幸せな人生を送るだろう」
竜はそう言って大きなあくびをした。
「眠いんですか?」
イザベラの問いに竜は軽く笑った。
「竜は基本眠りについている生き物だ。異変があれば起きる」
「へぇー。不思議な生き物ですね」
余計なことを言わないでくれと冷や冷やしながらシドはイザベラと竜を眺めた。
竜の様子からして危害を加えられる恐れは無さそうだが、何かの勢いで竜が怒るとも限らない。
「心配することは無いイザベラの夫よ。もう、心配事は無くなった。我の娘は幸せな人生を全うしたことを知った。そして、娘の魂を受け継ぐものがまた新たに幸せな人生を歩んでいるのを知れただけで満足だ。町を破壊したことは謝ろう」
竜が頭を下げようとするのをシドが止める。
「いや、気にしなくていい。玉は盗まれたのだから自業自得だ」
「いい回答だ。幸せにな、イザベラよ」
竜は大きな顔をイザベラの頬に寄せて何度か擦ると大きな歯を見せて笑った。
「ありがとうございます」
イザベラが礼を言うと、竜は後ろに下がり大きな翼をゆっくりとはばたかせて空へと舞い上がった。
竜ははるか上空へと上がり、イザベラ達の上を何度か旋回した。
そして、遠くへと飛んで行く竜の姿を誰一人声を出さずに見守っていた。
「あの竜、私の先祖なのかしら」
空を見上げたまま呟くイザベラに、シドは首を傾げた。
「竜の血が入っているから、魔法が効かないっていうのは分からないでもないけれど。とんでもなく、あり得ない話だと思うよ」
後ろで剣を構えていた騎士達も頷いて地面へと腰を降ろしながら口々に呟いた。
「イザベラさんの少し常識はずれな所を考えると、ありえなくはないですよね。俺たちは竜の言葉もわからないし。イザベラさんだけですよ、理解できたの」
「たしかに。しかし、ヤバかった。俺達死んだかと思ったよな」
「隊長、これは竜退治に成功したってことでいいんですかね?」
竜の翼の突風で飛ばされた騎士達が期待を込めた目でシドを見る。
シドは自らの体の怪我を確認しつつ、肩をすくめた。
「多分。危害を加えられる恐れはないということは成功したってことだと思う。僕がイザベラを不幸にすると、この国がヤバイってことは理解したよ」
シドは痛む右足に手をかざすと、白い光が足首を包んだ。
「なにしているの?」
覗き込んでみるイザベラに、シドは軽く笑う。
「吹き飛ばされたときに足首を捻ったから治している。イザベラ、怪我はない?」
「私は大丈夫。凄いのね。魔法って」
「応急処置みたいなものだよ。ちゃんと医者に見せないとだめけれどね」
シドは何度か自分の足に痛みが無いのを確認して、後ろに控えている魔法騎士達を振り返った。
「ケガ人は?」
「治療済みです。動けない者は居ません」
魔法騎士が敬礼をしながら言う。
「よし、城に帰ろう。作戦終了!イザベラはその魔法球を鞄に入れて持っててね」
「はーい。しかしこれは一体何なのかしらね」
イザベラは光を取り戻した魔法球を鞄にしまった。
鞄から緑色の光が漏れている。
「とてつもなく、竜の力が入っている何かであることは確かだね」
シドはため息を付いて空を見上げた。
「夜が明けるよ」
暗闇だった空は、明るくなってきている。
いつもより赤く見える太陽が空を染めていた。
「綺麗ね。竜はどこに行ったのかしら。竜の寝床でもあるのかしらね」
何気なく言ったイザベラの言葉に、一同はゾッとする。
「あんな巨体が沢山いる場所があるとしたら、世界は終わりだな」
シドの呟きに、イザベラを抜かした一同が頷いた。




