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「お疲れ様」
馬車を降りようとするイザベラに手を差し伸べようとしてシドは手をひっこめた。
魔法球の存在を忘れていたらしく、イザベラが両手で持っている魔法球を見て顔をしかめる。
「危うく触るところだったよ」
「ヨルマンみたいになりたくないものね」
イザベラが言うと後ろから馬車に乗っていた魔法騎士が頷いた。
「隊長~、地獄でしたよ。あの女、ヨルマンを騙して魔法球を奪って、国に持って帰って出世したかっただけらしいですよ。それをヨルマンの前で言っててさすがにちょっと同情しましたよ」
「ふーん。案外、ろくでもない理由だったってことか。たかが出世したいというだけで我が国の防衛が危機にさらされているんだからね」
「そんなに大切なものが簡単に奪われる方がどうかしているわよ」
イザベラの言葉にシドが肩眉を上げる。
「まさか、身内が裏切るとは思わなかったからね。とりあえず、その魔法球を元に戻してみよう。光が戻るかもしれない」
シドの言葉にイザベラは城の横に立つ塔を眺めた。
あの上まで登らないといけないのかとため息を付く。
「わかったよ、僕がイザベラを抱えて行こうか」
「本当?それなら頑張れる気がする!」
シドは頷いて笑顔のイザベラの背中に手を置いたが、力を吸い取られる感覚に地面に片膝をついた。
「シド?」
心配そうなイザベラに手を上げて答える。
「だめだ、イザベラの体を通して魔法球に力を吸われる・・・」
シドの言葉に周りに居た魔法騎士達が一斉にイザベラから距離を取った。
「えっ、そんなにこの魔法球は凄い力なのね」
「悪いけれど、自分の足で登ってくれないかな」
「わかったわよ」
イザベラは仕方なく頷いた。
魔法球を抱えながら塔にたどり着くころには、かなりの数の見物人が集まっておりイザベラは注目を集めながら塔の階段へとたどり着く。
階段の下にはシドの兄アントムと白髪頭の男性が数人集まっていた。
「やぁ、イザベラちゃん。お疲れ様。無事に戻ってきてよかった。この老人達は魔法球を長年研究している博士たちだよ。どうしても行く末を見たいって」
アントムが、老人達を紹介するのでイザベラは頭を下げた。
「どうも」
「魔法球が光を無くしている・・・これが地震の原因か?」
「盗まれたから罰で敵国に地震をおこしたんじゃ」
老人たちが討論をはじめているのをイザベラは眺めていると、アントムが階段を指さした。
「さっさと、元に戻してみよう。光が戻るかもしれない」
「この階段を登るのか・・・」
イザベラは長く続く階段を見上げてため息を付いて登り始めた。
息を切らせて最上階へと登り、魔法球が置かれていた部屋へと向かう。
魔法球が乗っていた台座の前に立ち、イザベラは横に立つシドと向かい側に居る研究者の老人たちを見た。
「魔法球を置くわよ?」
「ゆっくりじゃぞ、ゆっくり置くんだぞ」
老人達が口々にイザベラに指示を出す。
「わかっています」
ごちゃごちゃ煩いとイザベラは頷いて、布で包まれていた魔法球を取り出し台座にそっと置いた。
部屋に居るすべての人の視線を感じつつゆっくりと魔法球から手を離す。
魔法球は光を失ったままだ。
静かに見守っていた一同が落胆の声を上げた。
「ほらぁ、やっぱり一度ここから移動したらもう力を失ったんだ!」
「っていうことは俺たち、また交代で魔力を使って防衛するのか?」
見守っていた魔法騎士達が言うと、博士たちが首を振る。
「お前たちの防衛などとこの魔法球と比べるほどもないわ。ミジンコぐらいの防衛でしかないわ!」
「知っていますよ!それでも俺たちは命削って守っているんです!」
魔法球を間に挟んで睨み合う魔法騎士達と博士たちの間に入ってアントムが手を上げた。
「言い合ってても仕方ないよ。まず、この魔法球が何なのかを調べないと」
「とっくに調べているわい!古い文献を見ても、こんな絵本しか見つからなかった!」
博士の一人がボロボロの本を取り出す。
「絵本?」
シドが本を受け取ってパラパラと捲り始めたのでイザベラも横から覗き込んだ。
直接絵が描かれているタイプの絵本はシドがページを捲るたびに埃が舞う。
「城の図書室に昔から置いてあるものだが、一番古いものでこれしかないんだ。あとは研究者が書き残したものばかり」
アントムが言うと、シドはため息を付いた。
「くだらない絵本だね」
「なんて書いてあるんですか?」
魔法騎士が聞くと、シドは肩をすくめて絵本を騎士達に開いて見せた。
「数百年前、わが国に竜が現れた。一人の女性と仲良くなり女性が結婚をするというので竜はこの国を守ることを誓い玉を授けた。それがこの魔法球らしい。その魔法球がある場所に無くなると光が失われ、世界を滅ぼすだろうだって」
「たしかに、くだらない本ですね」
何か重要なことが書いてあるのではないかと期待をしていた魔法騎士達が一斉にため息を付いた。
イザベラもガッカリしてシドから本を受け取りパラパラと捲る。
綺麗な絵が描いてあり、大きな羽を持った竜が書かれていた。
「凄くいい本だと思うけれど竜は居ないわよね?ヨルマンが何か言っていたけれど」
イザベラが知らないだけで、もしかしたら魔法騎士達は竜の存在を知っているのではとシドを見上げる。
「もちろん、居ない。見たことも聞いたことも無いよ」
「良かったわ。魔法騎士達は当たり前の存在かと思った」
「まさか、絵本ぐらいでしか見たことないよ」
シドの答えにイザベラはホッと息を吐く。
「この球は結局なんなのかしらね?」
イザベラが聞くと、シドも博士たちも首を傾げた。
「誰も知らないなんてことある?」
「昔から当然の様にあって、いつからあるのかも謎だからのう」
博士が呟くと同時に塔がグラリと揺れた。
「なに?」
左右に大きく揺れる塔に、イザベラは横に居たシドにしがみつく。
「地震?」
シドがイザベラを抱えて窓の外を見ると、大きな風音が聞こえると同時に塔の上に何かが乗った音がした。
窓から顔を出して上を確認するシドにイザベラもシドの胸に掴まりながら窓から上を見上げて目を見開いた。
塔に上には、大きな竜が乗っていた。
絵本で描かれていたままの緑色の大きな竜の姿に口を開けて見ていると、竜は大きく口を開いて吠えた。
大きな鳴き声に塔の下に居た騎士達も声を上げて驚いている。
「竜だ」
目を見開いてシドが呟く。
「どうします?」
剣を抜こうとしている魔法騎士達にアントムは首を振った。
「攻撃はするな!」
アントムが命令をすると、魔法騎士達は頷いて窓の下に居る騎士達に叫んだ。
「攻撃はするな!」
イザベラは窓から顔を出して竜を眺めた。
数十メートルはありそうな頭を上に向けて吠えている竜の右目は瞑られていて見えない。
「存在していたのね・・・竜。右目は怪我しているのかしら」
「え?」
イザベラの呟きにシドは竜の頭を見た。
「本当だ、右目が閉じられたまだな」
シドは慌てて絵本を開いて竜の姿を確認していく。
「魔法球は、竜の目かもしれない・・・」
イザベラが絵本を覗き込むとアントム達も覗き込んできた。
絵本の初めの方には確かに竜は両目が開いているが、球を授ける場面には右目が閉じている。
「本当だ!」
本を覗き込んでいた一同が頷いた。
「竜の目に光を入れてもらえればいいんじゃない?」
イザベラの言葉に、一同が大きな声を出した。
「そんなことどうやって、やってもらうんだよ!」
「え?光いれてください、守ってくださいって」
「言えるか!」
魔法騎士に怒鳴られてイザベラはシドの胸にしがみついた。
「絵本通りなら言葉通じるかもしれないじゃない」
「いや、今は余計なことはしない方がいい。少し怒っているような気がする」
イザベラはシドに掴まりながら窓から顔を出して竜を見上げた。
確かに、少し気が立っているように見える。
竜はもう一度吠えて、翼を羽ばたかせて空高く飛んだ。
翼の風圧で、塔が左右に揺れる。
「竜が飛んでいくぞ」
地上で塔の上を様子見ていた騎士達が指をさして大声で怒鳴った。
「どこに行くのかしら」
城から去っていく竜を見て呟くイザベラにシドは静かに首を振った。
「わからない」
羽音を立てながら竜は城の上を旋回して離れて行った。
竜の姿が見えなくなると一同は大きく息を吐いた。
「怖かった」
シドの胸にしがみついたままのイザベラが言うと、部屋に居た魔法騎士達も頷く。
「でかすぎる」
「竜に襲われたら死ぬどころか国が無くなるだろうな」
「ヨルマンのいう事妄想だとおもっていたけれど、実在していたってことだな」
口々に感想を言い合う騎士達をかき分けてアントムが歩き出した。
「緊急会議だ。魔法騎士の隊長と、各般の長を収集して」
騎士達は敬礼をして慌てて駆けて塔を降りて行った。
イザベラはどうしたものかとシドを見上げる。
「イザベラは部屋に戻って休んでていいよ。さすがに疲れただろう」
「たしかに、魔法球が盗まれてからゆっくり寝てないわ」
一気に疲れが増した気がしてイザベラは肩を回して緊張を解いた。
「僕は、これから会議だ。長くなりそうだな」




