15
翌日、イザベラとシドは国境へと向かっていた。
失踪したヨルマンを探しつつ、国境の魔法球の様子を見に行くためだ。
もし、顔を魔法で変えてヨルマンが逃げていればイザベラ以外見破ることはできない。
魔法騎士達は城の防衛に回っているため、シドとイザベラだけで国境へ向かうことになったのだ。
「イザベラが馬に乗れて助かったよ。この荷物を積んで二人乗りはできなかったからね」
シドは横で同じように馬に乗っているイザベラを見た。
シドは騎士服ではなく黒い質素な洋服にマントを付けている。
「馬に乗るのは好きだから。田舎ではよく乗っているのよ」
ズボン姿のイザベラはかぶっていたケープを脱いで辺りを見回した。
朝出発して、休憩を挟みつつ移動をしていたがそろそろ日が沈みかけている。
国境の騎士達の詰め所までは3日ほどかかると聞いていたが、今日は野営なのだろうか。
「もうすぐ町が見えてくるはずだよ」
野営をするかもしれないと言われていたが、さすがのイザベラもそれだけは避けたいと思っていたためホッとして頷いた。
「よかったわ。ベッドで寝られるのね」
「野営の準備はしているけれど、それは最悪の場合だから。さすがの僕も、可愛いイザベラを外で寝かせようとは思わないよ」
可愛いいと言われて真っ赤になるイザベラを面白そうに見て、シドは前を指さした。
「ほら、町が見えてきたよ」
「活気がありそうな町ね」
「そうだね、結構大き目かな。もしかしたらヨルマンが居るかもしれないからイザベラはよく見ていてね」
顔くらましの魔法をかけているかもしれないヨルマンを発見できるのはイザベラだけだ。
変装しているかもしれないヨルマン達を見分けるためにイザベラはシドと共に来たのだ。
イザベラは大きく頷いた。
町へ入り、馬を預けるために騎士の詰め所へと向かう。
「お疲れ様。魔法庁の魔法騎士 隊長シド・ロードリゲンだ」
黒い私服姿のシドは、マントの下に付けている身分を表すバッチをチラリと騎士へと見せた。
「あっ、お疲れ様です。連絡は受けています」
シドに敬礼をして騎士はちらりとイザベラを見た。
「協力者であり僕の婚約者だよ」
「そうでしたか、協力者がともに向かうとは連絡受けておりましたがまさか女性とは思わず。失礼しました」
「で、変わりはない?」
馬と荷物を渡しながら言うシドに、騎士は頷いた。
「はい、特には」
「ここの隊長に直接報告をしたいんだけれど」
シドが言うと、騎士は頷いて中へと案内してくれる。
石造りの町の騎士詰め所は商店が集まっている中にあった。
2階建ての建物の一階が詰め所で、二階は宿直室と緊急時の宿泊施設になっている。
イザベラは初めて入る町の騎士の詰め所が珍しくあたりを見回す。
城に居る騎士達よりは少し簡素な制服だ。
「どう?」
案内されながら、横を歩くシドに囁かれてイザベラは騎士達の顔を見て頷いた。
入隊した時の顔写真が張られた資料を読み込んできている。
「写真と違う人は今のところはいないわ」
小声で言うイザベラにシドは頷いた。
「最悪な事態を想定していたけれど、顔かくしの魔法を使ってまでは我が国に侵入している者は居ないっていうことだね。少し安心した」
ホッとして息を吐くシドを見上げると青い目と目が合った。
「意外だわ」
魔法騎士の隊長でいつも自信があるシドの弱気な言葉は珍しい。
「そりゃね、もしかしたら知らない間に僕の国の騎士達が入れ替わっているなんてこともあるかもしれないって気づいたら怖いだろ?それを僕は気づけないんだから」
「そういうものかしらね」
荷物と馬を預けて、イザベラとシドは町へと出た。
シドはマントに付いていたフードを被って顔が見えないようにしている。
「顔かくしの魔法を使えばいいじゃない」
「結構魔力を使うんだよ。繊細な魔法だからね。いろいろあって疲れているからできればやりたくはないね。まさか、ヨルマンがまだこの町に居るとは思えないし」
「確かに、とっくに隣の国に行っているでしょうね。そこまでバカではないと思うわ」
魔法使いとは厄介なものだと思いつつ、町のメイン通路を歩きながらも周りの人の顔を見て歩く。
「イザベラは何食べたい?そろそろ夕食にしよう」
町は活気づいており、メイン通りは人通りが多い。
美味しそうな食堂も並んでいて、どこに入ろうか悩んでしまう。
「裏通りはどうかしら?隠れた名店があるかもしれないわ」
シドと一緒ならば裏通りも怖くないとイザベラは裏通りを指さした。
普段なら行かないような少しディープな店に入ろうかとワクワクしているイザベラに腕を引かれながらシドは頷いた。
「そうだね」
「ほら、店がたくさんあるわ」
裏通りは人通りが少ないが、食堂が並んでいた。
おいしそうな匂いを頼りに歩くイザベラの背を見ながらシドはふと視線を感じて立ち止まって振り返った。
「どうしたの?」
「いや、なにか視線を感じて・・・」
鋭い目をしてそれとなくあたりを見回しているシドに、イザベラもさりげなくシドを見上げるふりをして周りを見た。
2階建ての建物が続く裏通りは、ほとんどが一階は店舗になっており二階は宿屋か住居になっている。
窓から洗濯物を取り込んでいる人などがいるが、一人の男が窓からじっとこちらを見ているのが見えた。
イザベラはシドの肩越しに目を細めて男の姿をよく見ると一瞬知らない男の顔がぶれて見えたがすぐにヨルマンの顔が見えた。
叫びそうな声を押さえつつ、息を吸い込んで小さくシドに告げる。
「ヨルマンが居る!二階の窓からこっちを見ているわ」
シドは驚いて目を見開いて静かにイザベラの肩を抱いて歩き出した。
「気づかれないように歩いて。ここから離れよう」
イザベラは軽く頷いて、シドの影に隠れるように歩いた。
ヨルマンから見えないように路地に入るとシドはイザベラの肩を抱いたまま小走りに通りを抜ける。
「表通りから、あの部屋へ行こう」
人通りの多い道へと戻り、シドはイザベラの手を引いて走り出した。
途中、見回りをしていた騎士を見つけてシドは魔法騎士である証のバッヂを掲げた。
「王都から派遣された魔法騎士隊長 シド・ロードリゲンだ。参考人を見つけたので保護をしたい。協力してくれ」
バッチを見せつつ、魔法騎士しか持てない剣を掲げて見せた。
騎士達は驚きながらも敬礼をする。
「一人は詰め所に戻り人を連れてきてくれ、残りの二人は僕に付いてきて。裏通りの宿屋に居る男だ。彼女は僕の婚約者イザベラ。協力者だから何かあったら守ってね」
「ハッ!」
早口に言うシドに、町の騎士達はまた敬礼をした。
「君たち魔法は使える?」
走りながらシドが訪ねると、騎士達は後を付いてきながら顔を見合わせた。
「いえ、戦闘に使えるほどの魔法は使えません」
「わかった。相手は魔法騎士だから気を付けてね」
「あっ、あの逃亡しているヨルマンですか?」
青ざめる町の騎士にシドは頷いた。
「そう、気を付けてね」
不安な表情をしている騎士を連れて宿屋の一階の裏側へとたどり着く。
「この店は裏通りと通じています。二階が宿屋ですのでそのまま二階へあがれます」
町の騎士の言葉に、シドは頷いて被っていたフードを脱ぎながら表通りから店へと入る。
お酒と食事を出す店は、食事時ということもありかなり賑わっている。
突然入ってきた騎士に、何かあったのかと視線を向ける客もいるが殆ど気にせず酒をのんでいるため、人をかき分けて町の騎士が店主へと向かった。
「店長、すいません。二階の宿に泊まっている人に少し話を聞きたいのですが」
町の騎士が店主と呼んだのは、ナイスミドルの女性だ。
綺麗にお化粧をして、ビールジョッキを両手に持っている。
「いいわよー。二階に居るあのインキ臭い男でしょ?ちょっと異様だったから逆に助かるわ。顔色は悪いし、なにか病気か薬でもやってんの?」
「何日前から泊っています?一人ですか?」
シドが進み出て言うと、店主は顔を赤くした。
「まー!あんた、綺麗な顔しているわねぇ。この町では見かけないほどの美形ね!」
「それはどうも」
「男2人よ。今日ふらっと来たわ。201号室を使っているよ」
「なるほど、どうもありがとう」
シドは軽くお礼を言って、店の奥へと向かう。
「もう一人の男は、ヨルマンの恋人の可能性があるな」
シドの言葉に、イザベラは頷いた。
「絶対にそうよ!でも、魔法で顔だけ男になっても体は女って見た目が可笑しいわよね?」
「その話はまた今度しよう」
二階に続く階段を登り、イザベラを後ろに下がらせてシドは騎士に手で指示を出す。
騎士達は頷いて、202号室のドアの前に立った。
シドが静かに剣を抜いて構えてからドアの前に居る騎士達に頷く。
騎士達は合図をしてドアを開けて突入をした。
シドもすぐに部屋の中へと入る。
戦闘が起こるかと思い廊下で身を潜めていたが、とくに何も起こっている音が聞こえないのでイザベラはそっと部屋の中を覗いた。
部屋の中にはベッドに腰を掛けているヨルマンと窓の傍で両手を上げている綺麗な女性が立っていた。
女性は、長く黒い髪の毛は綺麗にカールされており、目が冴えるような美女だ。
シドは二人の間に立って鋭い視線を二人に向けている。
町の騎士も剣を抜いて二人の後ろに回り剣を突きつけていた。
妙な沈黙の中で、両手を上げたまま女性がシドに言う。
「降参するわ」
「お前はエオノラ・ケフィアで間違いないか?」
シドが問うと女性は頷く。
「そうよ」
「そして、ヨルマンの恋人で間違いないな。お前の命が危ないからヨルマンは魔法球を盗んだと言っていたが、なぜここに居る?」
「さぁ?なぜかしらね」
女性が微笑むと、騎士二人が顔を赤らめたがシドは興味がないとばかりにポケットから手錠を取り出して騎士に投げる。
「その女を捕らえろ」
「はっ」
緊張感がある室内にシドは廊下に居るイザベラに視線を向けた。
「イザベラ、ヨルマンで間違いない?」
邪魔にならないように室内に入って、ベッドに座っているヨルマンの顔を見る。
ヨルマンはうつろな表情で力なくベッドに座ったままだ。
顔色は悪いがヨルマンに間違いないのを確認してイザベラが頷いた。
「ちなみに、その女性もすごい美人で黒い髪の毛よ」
そっと隣に立って囁くイザベラにシドは頷いた。
「美人のままならエオノラで間違いないな。イザベラ、これを持ってて」
シドが小さく囁きながらそっとイザベラに手錠を渡した。
嫌な予感がしつつ、イザベラは受け取ってどういうことかと目で訴えるとシドは軽く口元をゆがめた。
「多分、あの女は逃げる。一回目の魔法攻撃を乗り切ったら次は物理攻撃してくるだろうから、イザベラは隙をみて彼女に手錠をかけて」
「無理よ」
「大丈夫」
手錠を掛けようと、騎士が近づきエオノラの手を取ろうとすすると手から緑色の光が発せられて騎士が部屋の隅まで吹っ飛んだ。
「イザベラ!」
シドがイザベラに声を掛けながら剣を構えてエオノラに突っ込んでいく。
「えぇぇ」
無理だと思いつつ、イザベラは勢いをつけてシドの横に飛び出してエオノラに手錠を掛けようと手を伸ばした。
「捕まるものか!」
美女から出たとは思えないほどのドスの効いた声に一瞬怯むイザベラにエオノラが手に集めた緑色の光を向けた。
飛んでくる緑色の光にイザベラは一瞬目を瞑るが体に当たる前に光が消える。
「魔法が効かない?」
驚いているエオノラの左手を掴んでイザベラは手錠を付けることに成功した。
もう片方に手錠を付けようと手を伸ばすが、エオノラが剣を抜いてイザベラに向ける。
エオノラの剣を一瞬でシドが弾いて部屋の隅に飛ばした。
剣をエオノラの喉元に構えてシドが言う。
「イザベラ、手錠をかけて」
イザベラは頷いて、剣を突きつけられて身動きが取れないエオノラに手錠をかけた。
かけられた手錠にシドが手を当てると白い光が輝いて消えた。
「魔法を構築しなおした。これで、魔法は使えない」
「クソッ」
醜く顔を歪ませて悪態をつくエオノラに驚いてイザベラは彼女から距離を取ってシドの後ろに隠れた。
美女とは思えない口の利き方と態度に、ヨルマンはかなり趣味が悪いとイザベラは一人頷く。
「その女を見張ってて」
シドは騎士二人に告げると、ベッドの上に座ったままのヨルマンへと向かう。
ヨルマン顔は、生気がなく頬が窪んでおり目も虚ろだ。
隈が出来ている生気のない瞳をシドは覗き込んだ。
「ヨルマン・デンブルク。お前も逮捕状が出ている」
ポケットから手錠を出してヨルマンの目の前で振って見せるシドをヨルマンはゆっくりと見上げた。
「ヨルマン?見えてる?生きている?そして魔法球はどうしたの?魔力と体力をだいぶ持っていかれているみたいだけれど、死にそうかな?」
あまりにも反応が薄いヨルマンにシドはまた目の前で手錠を振る。
生気のない目でシドを見上げるヨルマンが口をゆっくりと開いてかすれた声で呟いた。
「そんなつもりじゃなかったんだ・・・・」
「ん?」
意味が解らずシドは首をかしげてヨルマンを見つめた。
「ただ、エオノラを救いたかったんだ・・・。それなのに、あんなことになるなんて・・」
掠れたヨルマンの言葉に、シドとイザベラの声が重なった。
「あんな事って?」
「モロト国に大地震が・・・竜が・・。そんなつもりじゃなかったんだ・・・」
頭を抱えてブツブツ呟くヨルマンの肩をシドは揺すった。
「大地震ってどういうこと?何があった?しかも竜って何?」
「・・・うっうっ・・・」
大きな両手で顔を覆って泣き出してしまったヨルマンにシドはため息を付いてイザベラを振り返った。
「もう、答えてくれそうにないな」
肩をすくめて、ヨルマンの両手に手錠をかけてまた魔法をかけた。
「これで、ヨルマンも魔法が仕えないはずだ。さて、エオノラ・ケフィア、大地震の詳細を聞こうか」
シドが鋭い視線を向けると、エオノラは魅惑的な笑みを浮かべる。
「ふふっ、全部無駄だったのよ。この男を騙して魔法球を盗ませたところまでは良かったのよ。国に持って帰ったら大地震で町はめちゃくちゃよ。良かったわね、この国に攻め込むほどの兵力は今、モロト国にはないわよ」
「男を騙した?」
イザベラは驚いて声を上げる。
「それだけの大地震が?タイミングが良すぎるな・・・」
呟くシドはヨルマンが騙されたことは気にならないようだ。
「そうでしょうね。その魔法球のせいだってあっちの長老に言われて追い出されたわよ!
人生がめちゃくちゃよ」
手錠をされたままエオノラはシドを睨みつけた。
「人を騙して泥棒するから、自業自得だね。それで、魔法球はどこ?お前の国が魔法球のせいだって言うなら置いてきては無いよね」
シドは部屋を見回す。
イザベラもさほど広くない部屋を見回した。
ヨルマンが座っているベッドの枕元に置いてある布に包まれた球体らしきものを見つけて指さした。
「あれじゃない?」
「・・・傍にいて全く魔力を感じない・・・。魔力を放出しているから近づけば感じるはずなんだけれど」
シドは訝しみながら枕元に置かれている布を手に取ったがグラリとベッドに倒れた。
「シド?」
イザベラは慌ててシドに駆け寄って手を貸す。
「魔力を吸い取られた。凄い吸い取られ方だ・・・」
頭を軽く振りながらイザベラの手に掴まってシドは立ち上がった。
「イザベラなら大丈夫だと思うから、ちょっと取ってくれない?」
「えー・・・」
シドに大丈夫と言われても、目の前で力を吸い取られて倒れる人を見た後に触るのは嫌だとイザベラは顔をしかめる。
それでもシドのお願いだから仕方なくイザベラは包みに手を伸ばした。
布ごとベッドから持ち上げるが異変は何もなく、そのまま両手で持ち上げて布を開く。
黒い丸い玉が出てきてイザベラはシドを見上げた。
「これが、あの魔法球?」
「大きさは間違いなく魔法球だね。輝きが無い」
シドもイザベラが両手で持っている玉を見て首を傾げた。
「盗んだ魔法球に間違いないわ。光が無くなったと思ったら大地震よ。この国も気を付けた方がいいわよ」
騎士に剣を突きつけられながら、エオノラは馬鹿にしたように言った。
「・・・地震起きないよね」
不安になって聞くイザベラにシドは首をかしげる。
「さぁ、どうだろう」
シドの心もとない返答にイザベラが肩を落とすと、開いたままのドアから町の騎士達が入ってきた。
「とりあえず、騎士の詰め所に移動して援軍が来るのをまとう。不明なことが多すぎる」




