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「お父様!勝手に私の結婚を決めないでって言っているのに!知らない間に婚約者がいるってどういうことなの?」
イザベラはノックも無しに父親の書斎へと入ると大声で言った。
大きな机に書類を並べて仕事をしてるイザベラの父バルダン・ザントライユはちらりと怒りながら入ってきた娘の姿を見た。
「なんだ騒々しいな」
「騒々しいって!酷いわ!可愛い一人娘の結婚を勝手に決めないでよ」
イザベラは青い瞳で父親を睨みつけた。
「お前も22歳。いい加減、婚約ぐらいしないと我が家のメンツがたもてないからな。それに我が家に婿入りしてくれる男だよ。いい話じゃないか」
口ひげを撫でながら言う父にイザベラは腰に手を当てて声を上げる。
「ありえません!私はお父様とお母さまと同じように恋愛結婚を望んでいるの!恋愛もしないで結婚なんて考えられないわ」
「イザベラよ、男の知り合いすらいないではないか・・・どうやって恋愛をするつもりなんだい」
まっとうな意見を言われてイザベラは言葉に詰まる。
たしかに、男の知り合いどころか世間話をするような相手もない。
金色の髪の毛に、青い瞳、顔だって不細工なわけではない。
伯爵という家柄も悪くない。
それなのに誰も男性が近寄ってこないイザベラが恋愛結婚を望むのは不可能に近かった。
「偶然の出会いとか、舞踏会で出会うとかあるわよ」
「無いな。舞踏会に行ったところでお前は文句ばかり付けて、あの男性は乱暴だとか顔が気に入らないとか、そんなことばかり言っていたら恋愛結婚なんぞ無理だ!」
「そんなことないもの!優しく顔のいい男性が、私を助けてくれるの」
夢を見る少女の顔をしているイザベラにバルダンはため息を付いた。
「何からお前を助けるんだ。バカバカしい。この結婚は決定事項だ。お前もその覚悟をしておくように。結婚してから恋愛でもすればいいだろう」
「酷い!お父様のデブ、禿頭!」
「わしはまだ禿とらんわ!」
もう話は聞かないと書類に目を通し始めた父にイザベラはもう一度睨みつけて部屋を出た。
父に言っても無駄なら母親だ。
リビングルームで刺繍をしている母ステラの前にイザベラは怒りながら座った。
「言葉遣いが悪いわよ。イザベラ」
刺繍を刺す手を止めずに言うステラにイザベラは頬を膨らます。
「だって、お父様酷いんだもの。私の話を聞いてくれないの」
「お父様は心配なのよ。親が決めた結婚でも幸せに暮らしている人は沢山居るわよ」
イザベラは自分とよく似た母を見てため息を付いた。
「私、お母さまたちみたいに恋愛結婚がしたいの」
イザベラの父と母は貴族では珍しく恋愛結婚だ。
舞踏会で母親のステラに一目ぼれした父バルダンが結婚をその日に申し込んだ話は有名だ。ステラは許嫁が居たが、そこまでお互いが思い合っているのならとステラの相手が身を引いたと言う話を生まれてからずっと聞かされていたイザベラはいつか自分もそんな恋愛をして結婚をするのだと信じていた。
恋愛小説で読んだような恋愛を夢見たっていいではないか。
それだけの願いなのに、なぜ自分は叶わないのだろうか。
イザベラは考えているうちに悲しくなり、みるみる目に涙が溜まっていく。
「泣くことは無いでしょうに」
ポロポロと涙を流す娘に、ステラはハンカチを出して顔を拭いてやる。
イザベラは泣きながら母に訴えた。
「お相手はどんな方なのですか」
「相手の方も知らなかったの?」
ステラは呆れながらもまだ泣いているイザベラの涙を拭いてハンカチを渡した。
「だって、結婚が決まったって執事のジョゼフが言うからあわててお父様に確認をしたの」
「まったく、お相手の方は魔法騎士の隊長をしているシド・ロードリゲン様よ。あなたの好きな顔が整った25歳の方よ」
「名前は聞いたことがあるわ」
ピタリと涙を止めてイザベラは記憶を辿る。
魔法騎士とは城に努める魔法を使う騎士でエリートしかなれないと言う噂だ。
それも隊長ということはかなりのエリートだ。
「ロードリゲン家ってあの魔法で有名な一家じゃない!」
「そうよ」
驚くイザベラにステラは頷いた。
「私たち一家は魔法なんて使えないし、私は魔法どころか何もできないわよ。何かの間違いではないかしら」
魔法を使うことができるのは適正があり一部の人間しか使うことができない。
その中でも切磋琢磨し、攻撃や防御ができるものが魔法使いとして世に出ているのだ。
かなりの修業と適正がないと魔法騎士にはなれないのだ。
イザベラは魔法を使うことはおろか、魔法を打ち消してしまう謎の能力があった。
幼少期に魔法が使えるか調べるために城や教会で検査をするのだが、イザベラは魔力が全く無く、そんな人は居ないと大騒ぎになり検査をして魔法を打ち消してしまう特異体質が判明したのだ。
「お相手の方は、魔力の影響を受けない人を探していたらしいのよ。あちらはお兄様が家を継ぐから我が家に婿入りしてもいいと言ってくださったのよ。家柄も問題ないし、年頃もちょうどいいし、いい縁談だとおもうけれどもねぇ」
母親の呟きに、イザベラは涙を拭いていたハンカチを握りしめた。
「だって、恋愛したいもの」
「結婚してから恋愛もできるかもしれないわよ」
父親と同じことを言われてイザベラはムッとしたが、急に思いついて立ち上がった。
「どんな人か見に行けばいいんだわ!気に入らなければお断りするから!そうと決まれば、カーラーに話をしてくるわ。あの子魔法騎士の侍女をしているもの!」
部屋を飛び出していくイザベラを見送ってステラは刺繍をしている布を広げて呟いた。
「見事に予想と同じ行動をすること。可愛いわね、我が娘は」
後ろで見守っていた執事のジョゼフが頷いた。
「さようでございますな」