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粛清の魔女  作者: 白上鴻
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2.リシー

 衛兵たちの行き交う足音と、聞こえてくるざわめきでリシーは目を覚ました。


 何事かと部屋から顔を覗かせるとちょうど前を通りかかった侍女があっという顔をしてこちらに気づいた。


「お嬢様、おはようございます。朝から騒がしくてすみません。町の方で問題があったようでして、少しばかり──」


 謝る侍女に首を振って尋ねる。

 

「大丈夫、それよりも何があったの」

「派兵の応援要請がありました。私たちは携帯する食料などの準備をしております」

「指示は」

「旦那様の代わりに一階の大広間でレイマン様が臨時で指揮を取っておられます」


 レイマンはパチェード家の当主であるリシーの父ノスマンの兄である。


 策謀渦巻く宮中に仕える者としては実直すぎると噂されることもある人物だが、リシーにとっては遠征で屋敷を留守にしがちな父の代わりにことあるごとにいち早く駆けつけてくれる気立てのいい叔父だ。

 ただその気立ての良さ故か、姪に負担をかけまいと有事の際に関わらせないようにする傾向があった。


「ありがとう。引き止めて悪かったね」

「いえ、ご配慮痛み入ります。失礼致します」


 腰を落として一礼し、足早に去っていく侍女を見送りながら、リシーは叔父のところに行くことを決めた。




「叔父様」


 リシーの声に叔父のレイマンはすぐに振り向いた。


「おはよう、リシー。今日は冷えるね」


 外は曇り空のせいかまだまだ暗く、今にも雨が降り出しそうだ。


「おはようございます。状況はどうなっていますか」


 急くリシーに叔父は苦笑いを浮かべる。


「今日は非番だろう。家でぐらいドレスでも着たらいいのに。昔はもっと可愛げがあって──」


 リシーは自分の軍服姿に物申すのを遮った。


「着慣れたものを選んだまでです。あと私ももう大人なので、可愛げなんて必要ないでしょう。それよりも、何があったのか教えていただけませんか」


 やれやれといった様子で叔父は首を振った。


「わかった、わかった。とりあえずそこの椅子に掛けなさい。知る限りのことは教えよう」

「ありがとうございます」


 広間にいた兵を下がらせ、向かい合って座ると叔父はゆっくりと話を切り出した。


「死人が出た。それも事故や、ただの諍いじゃない」

「殺人ですか」

「そうだ」


 難しい表情を浮かべて叔父は続ける。


「被害者はおそらく六名」

「おそらくとは……?」

「町外れの廃屋でバラバラになって発見されたんだ。詳しくはまだ分からないが、どうも相当無惨なやられ方だったらしい。何人死んでいるのか確認が困難になるほどにね」


 リシーは息を飲みこんだ。


 不覚にも恐ろしいと思った。どういった理由でそんなことが出来るのか、理解が及ばない。しかし同時に事の大きさは十分に理解出来た。


「犠牲になったのは町民ですか」

「いや、装備品から見て軍属の者らしい」

「生存者は」

「今のところ、なしだな」


 お互い顔を見合わせて苦い表情を浮かべた。

 

「軍属の人間を六人もバラバラにするのは並大抵の事じゃない。だから領主様は街を封鎖することにしたんだ。王都に最も近い街だし、万が一にもそちらに逃げられたら大問題だからな。兵の少ないうちまで総動員だ」


 しばらくの間、パチェード家がどこの街道の封鎖を任さられていて、今どこまで配備が進んでいるかまでを聞き、リシーは礼を言って立ち上がった。

 

「できれば、首を突っ込まないで欲しい」


 「危険な相手だ」と叔父は真剣な目をして言う。


「ええ、わかってます」

 

 打って変わって素っ気なく答えたリシーに叔父はわざとらしく肩を竦めて見せた。


 気づけば外は横殴りの雨が本格的に降り出していた。




 町のとある一角、警備隊の詰所に本来ならば非番で今日はここへ現れる予定のなかったリシーが、猛雨の中自ら馬車を繰ってやってきたのに待機していた警備隊の隊員、ダクスは驚いた。


「非番だったのでは?」


 挨拶を済ませ、濡れた髪を拭くリシーは至極もっともな問いかけを受けた。


「事件があったのにおちおち休んでられないでしょ」

「また首を突っ込むんですか」


 ダクスが呆れた顔をする。


 彼は一度レイマンに直接絞られたことがあるのだ。

 あの偉丈夫に自分の預かり知らぬことで責任を問われるのはもうごめんだったが、今回もまた止められそうにないことは、警備隊隊長であるリシーの何を言ってるんだと言わんばかりの表情を見れば明らかだった。


「私が非番でいなかった時のことを教えてよ。なんでもいいから、細かく」

「はあ──」


 不服そうにしながらも報告を始めたダクスの話を聞き終わるとリシーは腕を組んでふんふんと考え込み始める。


「ほぼいつも通りね」

「例の廃屋から結構離れてますし、ここらで事件に関する情報はあまり得られないかと」


 警備隊にはそれぞれ担当地区がある。リシーたちの担当する地区は事件の起きた場所とほぼ正反対の位置と言ってもいい場所にあった。


「とりあえずロサ婆さんの倉庫裏の物音と、ギルさんのとこの物盗りに入られたのはちょっと気になるかな。特にギルさんのとこは魔具店だしね。人をバラバラにするほどのものは売ってなかったと思うけど念入りに調べましょう」

「了解です」


 書き留めたメモを懐に仕舞い、リシーはダクスに向き直る。


「そう言えばあの二人は見回り?」

「ええ、そうですよ。そろそろ帰ってくる頃だと思いますが」


 壁に掛かった時計を見るともう十時を回っていた。街道封鎖の影響で詰所にたどり着くのに時間がかかったのもあるが、事件発生からは更に経っていると考えるとなんとも言えない嫌な感じがした。一向に降り止まない雨もそれを後押ししているようだ。


「戻ってきたら労わないとね」

「ですね」



 窓を叩く激しい雨音を聞きながらここ数日の近況などの情報を洗い直していると、程なくして詰所の扉が勢いよく開いた。


「大変だ!」


 ものすごい剣幕で入ってきたのは軍服を着た大男だ。そこそこ身長のあるダクスと比べても一回り以上全てが大きい。


 その大男とリシーの目が合った。


「あれ、なんで隊長が」

「ちょっとね、それよりもどうしたの」


 怪訝な顔をしながらもああと声を上げて大男は当初の用件を急ぎまくし立てた。


「水路で溺れそうになっている奴を見つけてな。デティが縄を掴ませて何とか保ってるんだが、流れも早くなってるし引き上げるのに人手が足りないから呼びに戻ってきたんだ」

「どこの水路?」

「そんな遠くない──」


 大男から場所を聞きながらもリシーとダクスは必要な道具の準備を始めていた。



「ありがとう、よく呼びに戻ってきたね」


 準備を終えたリシーは二人を見る。


「持ち物確認はできた?」

「出来ました」

「出来たぞ」


 その返事を聞いて「よし」と頷く。


 リシーはフード付きの外套を荷物の上から被り詰所の扉を開けた。

 

 激しい雨音が室内にどっと流れ込んでくる。それはまるで弱まる気配がない。それでも躊躇することなく、三人は勢いよく飛び出した。

誤字脱字はご報告ください。

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