8ちく話『ちくわチキン』
夜の城内は暗かった。廊下には灯り(マサヲが発光する鉱物によるものだと教えてくれた)があるものの弱く、元いた世界とは違い、外は真っ暗なので、月と星がキラキラとよく見えた。
俺たちはまず、倉庫に入り、アイリスの荷物とやらを探した。
「ちょっと待ってろ」
マサヲはそう言って、空中に火を浮かべた。倉庫内は明るく照らされる。棚があり、囚人の荷物らしきモノが並べられていた。しかし、数が多い。
めぼしいものから先に調べていくとしよう。
「どれかな?」
「うーん……アイリスは確か、冒険者だと聞いた。冒険者っぽいものあるか?」
「ずいぶんフンワリしてるな」
日用品や衣服が必要なことを考えると、それなりに大きいはずだ。まず革でできたアタッシュケースを手に取る。
札がついていた。なにか書いてあるようだ。読むと『アイリス・グレヴィレア』とあった。
「あ、これだわ」
あの子いい歳して名札に名前書いてるぞ。別にいいんだけど。
左手に持つ。ちなみに右手にはちくわが握られている。
「見つけたか。じゃあ、姫を探しに行こう」
「分かった」
姫がいるとおぼしき場所は、本館の五階だそうだ。本館の四階は、王の間があり、そこから上は王族の生活スペースらしい。パフォーマンスのために、姫を国民の前に出すこともあるそうなので、そこに軟禁されている可能性はかなり高い。
マサヲを肩に乗せ、すぐさま本館に向かった。
「夜中は警備が薄い。巡回兵もボンクラばかりで、兵舎でサボってトランプとかやってんだ」
この城大丈夫なのか? まぁ助かるけど。
「だが、王の間の番人だけは別だ。アイツらは常に目を光らせている。簡単に中に入ることはできねぇ」
「魔法でなんとかならないのか?」
「魔法は使えない。シンのヤロウに気づかれちまう。ま、俺に考えがある。まずそこまで移動しろ」
話している間に、本館に着いた。巡回兵は見当たらなかったので、そのまま上の階へ昇っていく。 結果、あっさりと王の間の入口に着いてしまった。四階の、長い廊下の、ちょうど真ん中辺りに、それはあった。
いかめしい木製の扉の前に、槍を持った二人の兵士が立っている。
壁に隠れて様子を見る。
「しりとりしようぜ」
「いいよ」
「りんご」
「ごま」
「まいご」
「ごま」
「ハイお前の負け」
「そうだな」
「……うん」
暇そうだ。
「マサヲ、どうする?」
「俺が気を引く。ニワトリになったことは、この城で大臣とシンしか知らねぇはずだからな。
お前はその隙に中に入れ」
「了解」
マサヲは俺の肩から飛び降り、ゆったりとした足取りで兵士たちに向かっていった。そのさまはまるで本物のニワトリにしか見えない。なるほど、あれならいけるだろう。
「クルッポー」
「あ、ニワトリだ」
「ホントだ」
そりゃハトだろ!
「どうしたのかな? 鶏舎から抜けだしちゃったのか?」
「え、戻してこなきゃマズいなぁ」
「お前行って来いよ」
「やだよ」
「は? じゃんけんな」
「わかったよ」
「じゃーんけーんポン。ハイお前な」
「めんど……」
左に立っていた兵士がマサヲを抱えようとする。するとマサヲはその手を羽で強く叩いた。
「触んじゃねえええええ! 俺は牛肉主義者なんだよ!」
「「ええええええ⁉」」
「うおおおおおおおお! クルッポー! クルッポー!」
「うるさ!」
彼は激しく暴れた。騒ぎになると考えたのか、二人の兵士は、槍を放り出してマサヲを捕まえようと躍起になっている。彼らは、そのまま俺の反対側の廊下へと逃げてゆくマサヲを追って、その場を離れた。
今なら入れるだろう。俺は扉を開け、中に入った。
王の間は広い空間になっており、足元に赤い絨毯が敷かれていた。絨毯の先をたどると、高い敷居の上に椅子がひとつ置かれていて、それがちくわ大明神の椅子とそっくりで、これもおそらく玉座なのだろうと思った。
その右奥と左奥には、それぞれらせん階段があった。どちらかが姫の部屋へと通じるはずだ。迷っている時間ももったいない。
俺は持っていたちくわを手の平に置いて回し、止まった方を選ぶことにした。右だ。階段を歩いて昇った。
階段を出ると、また廊下があり、扉がひとつあった。これが姫の部屋だろうか。
深く考えずに開けようとすると、その瞬間、中から笑い声が聞こえてきた。男の声だった。
姫はここではないのか。いや、一応、中の様子を確認してみよう。扉に耳を当てる。
「シンよ、お前が来てから、全てが上手くいっている。これもお前のおかげだ」
「フフ、それはお互い様ですよ、大臣様。いや、王様と呼ぶべきかな?」
「ハハハハ!」
──この中に例の二人がいるのか⁉ 引き続き、耳を澄ます。
「王の最後は笑えたな。あれが毒とも知らずに、最期まで信じ切っていた。バカで無能なヤツらしい最期よ」
「薬が身体を蝕んで、まったく滑稽でしたよ」
「ところで、姫の様子はどうだ?」
「部屋で臥せっています。まあ大丈夫でしょう」
「アレに死んでもらっては困るからな。死んだら死んだでやりようはあるが、少々面倒だ。飼殺すのが得策だろう」
「いずれ殺すのでしょう?」
「いやいや、精神を病んで死ぬのだよ」
いかにも明るい、楽しそうな声色で、談笑している。聞いてるだけで吐き気を催した。怒りで腹の底から冷えていくようだった。
これが、この会話こそが、彼らの本質を如実に表している。邪悪。とてつもなく。
「民の憎しみはすべてあの女に向いている。仮に今、命を絶ったとしても、喜ぶものはいれど、悲しむものはいないだろう。ところでシン。あの脱獄者はどうした?」
「牢獄に入れてあります。どうやって脱出したのか、ついぞ分かりませんでしたが、次はありません。両手両足に枷をかけ、一歩も動けないでしょう」
「いつ殺す?」
「明日の午前」
「フフッ。私にも立ち会わせてくれ」
三日どころではない。アイリスは明日殺される。その事実に全身が緊張と怒りで汗ばんできた。生唾を飲む。すぐにでもこの中に入って、この二人を衝動に任せて殴ってしまいたかったが、それはできない。俺はゆっくりと立ち去った。
階段を降りながら考える。階段を一段降りる度、気分が沈んでいく。姫は助ける、アイリスも助ける。これは絶対だ。
姫はさっきの分かれ目の、左側にいるのだろう。元々の算段では、まず姫を、遠い、安全な場所へ移す。それから城に戻り、アイリスを助け出す、というものだった。
しかしアイリスは明日の午前殺されるのだ。そうなると、時間の問題が発生する。間に合うのだろうか。
いや、だが、しかし。思考の悪循環と共に、らせん階段を降りてゆく。
残るは一番最後の段だ。迷いは隙を生じさせる。振り切るために。
「やるしかない」
そう呟いて、己を鼓舞した。