6ちく話『ちくわ探し』
そんなこんなで北館にたどり着いた。
「それで、倉庫はどこに?」
「それがな……わからん」
「わからないんだ……」
肝心な情報は知らないのか。ぶっちゃけそんな予感はしていた。今までのアイリスのポンコツぶりを目の当たりにしていた俺に隙はなかった。まぁ牢の中にいて、狙った情報を全て得る、なんて都合のいいことはないか。
「仕方ないか。シラミ潰しだな」
「よし! 近場からいこう」
まず、一番近くにあった扉を少しだけ開け、覗き見る。
暗くてよく見えないが、中に人の気配はなかったので、とりあえず入ってみることになった。
「うーん、よく見えないな」
「……ちょっと待ってくれリンタロー。なにか聞こえないか? それにこの異臭……」
彼女の言うとおりだった。部屋中が生臭い。そして、なにか、液状のものが垂れて、地面に落ちるような音が聞こえた。ここにいるだけで、気分が悪くなる。
しかし、ここが倉庫かもしれないので、出るわけにはいかない。
俺はポケットからスマホを取り出した。
「アイリス。明かりをつけるぞ」
「う、うん……」
スマホのライトをオンにし、目の前を照らす。
そこには──。
「「【ビーフの間♡】」」
と立て看板に書かれていた。
上を見ると、おびただしい量のビーフジャーキーが天井から吊り下げられている。むせ返るような、肉と香料の混じった匂い。
先ほどまでの恐怖とはまた違った恐怖を味わった。
「これ違うな」
「そうだな」
廊下に出た。
「よし、今度はここだ」
アイリスはその隣にある部屋の扉を指さした。ドアプレートに『マサヲの部屋』って書いてあるけど。俺はこれ絶対違うだろ、と思いつつも、一応さっきと同様にして覗き込む。
普通の部屋だ。ベッドや、私物らしきものも置いてある。誰か(多分マサヲ)の生活スペースなのだろうか。
「リンタロー、あれを見ろ」
「ニワトリ……?」
一羽のニワトリが部屋の中央に、微動だにせず佇んでいる。なぜニワトリが……?
ニワトリはごく小さな声で、何かを呟くように鳴いている。
俺とアイリスは耳を澄ました。
「……ケーエ・フ・シーチ・キンウマ・イ・キンチキンチ・カラー・ゲ・クニト・リ……」
「「こわっ⁉」」
この世界のニワトリの鳴き声こわっ!
「誰だ!」
「ヒエッ! ニワトリがしゃべった!」
「リンタロー、逃げるぞ!」
急いで、隣の部屋に逃げ込んだ。ここは幸い、空きスペースのようだ。何も置いていない。
「はぁ、はぁ……」
「リ、リンタロー。ニワトリがしゃべったぞ!」
「こっちの世界でもニワトリはしゃべらないのか……それを聞いて安心した」
俺たちは息を整えた。
「なぁ、私はこのままじゃラチが明かない気がする」
「そうだな……それに、部屋を一つ一つ回る時間もないかもしれない」
実際、いつ追手が来るともしれないのだ。脱出してから二十分は経っているが、気絶した兵士が目を覚ましている可能性もある。そう考えると、一刻の猶予もない。
「二手に分かれよう」
「それしかないか……」
本当はやりたくないけど、荷物取り戻さないと動いてくれなさそうだし。
「私は二階に行く。リンタローはそのまま一階を頼む。兵士が来たらまず身を隠せ」
「了解。倉庫っぽいものがあったらお互い知らせよう」
「よし」
廊下に出て、アイリスは走って階段へ向かった。
俺は引き続き、一階を捜索した。
キノコ栽培の部屋とか、食肉植物の部屋だとか、怪しげな薬品が大量に置いてある部屋だとかがあった。なんだか不気味だ……。しかし、それでも、囚人の荷物など影も形もなかった。
そして、とうとう最後の部屋に着いた。中を覗くが、ここは特に使われていないらしかった。これで一階は全て調べたことになる。
アイリスは見つけたのだろうか。一階にはなかったと知らせに行った方がいいかもしれない。
「おい」
「ッ⁉」
そう思っていると、背後から声がした。足音は聞こえなかったはず。だが声がしたのは確かだ。これは、詰んだのかもしれない。非常にマズい。
「ハハッ。ボク、悪い人間じゃないよ! 迷い込んでしまった旅人さ!」
「んなわけねーだろ。侵入者だろ明らかに」
終わった。何もかも。俺の完璧な演技も通用しなかったようだ。
諦めて、振り向いた。
「さっきのニワトリ⁉」
「あ? ニワトリって呼ぶんじゃねーよ」
そこに立っていたのは『マサヲの部屋』にいたニワトリだった。ニワトリと呼ばれることを拒否しているが、彼はニワトリ以外の何者でもない。
「じゃあなんて呼べばいいんだ」
「俺にはマサヲっていう立派な名前があんだよ」
『マサヲの部屋』は文字通り、彼の部屋だったようだ。
「それで、俺をどうするつもりなんだ……? というか、どうにかできるのか?」
「はん。別にどうもしねーよ。おめーらが北館嗅ぎまわってたから見に来ただけだ」
このニワトリ……何しに来たんだろう。
「なんか探してんのか?」
「え、あぁ……まあ」
え、結構グイグイくるじゃん。こわいね。
「手伝ってやろうか?」
「あの……結構です」
「あ?」
俺は手拍子で断った。だってニワトリだもん。信用できるかどうかわからないし。
「……お前、名前は?」
「輪太郎だけど」
「じゃあリンタロー、お前のツレ、金髪の女だが、アイツは囚人だな?」
「!」
しまった。この反応では「はいそうです」と言っているようなもんじゃないか。
「カマかけたわけじゃねーよ。あの襤褸着てるってことはそういうことだろ」
「くっ。ニワトリのくせに大した洞察力を……」
「だからニワトリって言うなって! ったく。確か、アイリス・グレヴィレアとかいうエルフだったか? 三百歳越えてんのに食い逃げで捕まった」
「な、なぜ……」
「おっ、食いついたな。俺はな、この北館を任されてる。城内の噂は入ってくるんだよ。囚人に女は四人。そん中に金髪は一人しかいなかったからな。簡単なこった」
相手の方がうわ手だ。このマサヲ、厄介すぎる。ニワトリに任せる北館ってなんだよ。
「さて、状況を整理するか? え? 必要ねえよな。ようはおめーらは詰んでんだよ。俺がチクれば終わりだ」
「しまったァ……」
「だから手伝うって言ってんだろ。チクらねぇって。で、なに探してんだ?」
訳が分からない。マサヲは何が望みなんだろうか。だが、彼の提案に乗るほかなさそうだ。
「囚人の、荷物が置いてある倉庫を」
「当然っちゃ当然だな。そらこっちだ」
マサヲは来た道を引き返した。そして【ビーフの間♡】の前まで来た。
「ちょっと待ってくれ。そこには牛肉しかなかったぞ」
「まぁ見てな。『森羅万象に宿る真なる力よ、我が御名の下に顕現せよ。牛肉って美味いですよね? 時の静寂に地の揺らぎ。たわみにたわみ、幻想を拭え』」
こ、これは魔法の『詠唱』ってやつか! アイリスが魔法を使ったときには見られなかったので、素直に感動している。
しかし、何が起こったのだろうか。
「これでよし」
マサヲが部屋の中に入っていき、俺も続く。するとそこには俺の見た【ビーフの間】はなかった。 その代わりに、マトモな倉庫に見える部屋があった。
「これは……!」
「ここにアイツの探してるものがあるはずだぜ」
「よし、アイリスに……」
「待て。兵士が来る」
扉の向こう側から、ガヤガヤと声が聞こえてくる。
「マジかよ」
「お前、戦えるのか?」
「いや、無理だよ」
兵士たちは、話の内容から、脱獄者を探しているようだ。このままでは、アイリスが危ない。いや、普通になんとかするかもしれないが。
それでも何もせずに放っておくわけにはいかなかった。
「行く」
「待てよ。やられちまうのがオチだぞ」
「っそれでも!」
「ダメだ」
マサヲは俺を止めた。俺たちはにらみ合う。
分かってるさ、そんなこと。ノコノコ出ていっても、なにも解決しないなんてこと。
それでも、何かしたかった。
「クソッ!」
拳を固く握る。彼女を信じることしかできない。俺に力があれば。
彼女を救うまでといかなくてもいい。せめて彼女の隣に立てるくらいの力があれば。俺はなぜ……。
ふてくされるようにして、壁を背もたれに座った。
「まぁ、あの女なら大丈夫だ。多分」
「……そうだな」
十五分ほど経ち、ほとぼりが冷めただろう頃、急いで二階に向かった。
そこにアイリスの姿はなかった。
「……ヤツの仕業か」
マサヲは苦々しそうに、そう呟いた。