21ちく話「ちくわグッドバイ」
思ったより早く起きて、二度寝する気も起きず、ベッドから抜け出した。二日酔いの頭は少し重かったが、別段支障はない。気持ちのいい目覚めだった。
窓の外を見ると、遠方の山際が白くなりかけている。この世界にきてはじめての黎明だ。
「ふう……」
この世界も同様に、太陽があるのかと思えばこそ、なんだか安堵してしまい、ため息が漏れた。
ノスタルジックな気分に浸っていると、戸が叩かれた。アイリスだろう。
「リンタロー、起きてるかー」
「起きてるよー」
キィという音を立て、扉が開かれた。
アイリスは昨日の冒険者っぽい革の装備の他に、倉庫で見た、あのアタッシュケースを持っていた。持ち物はあれで全部なのだろうか。
「ようし、じゃあ出発しよう」
「早いな」
「見られたら引き止められるかもしれないじゃないか」
「そっか」
そうして、俺たちは城を後にした。
まだ夜ともいえる時間帯の城内は穏やかに暗く、時折聞こえてくる鳥の囀りに耳を傾けては、新しい旅立ちの先行きを案じた。
正門から堂々と出ると、そこには城下町が一望できた。城は高い丘の上に建っていたようだ。
「おぉ……」
美しい街並みだった。白い石造りの街、赤いレンガ、潮風の香り、紫色の雲。こんなに美しい場所からもう去ってしまうというのは少し残念だったが、早く行かないと、誰かに気づかれてしまうかもしれない。
後ろ髪を引かれる思いで、城下町とは反対方向へ行くアイリスを追った。
「なあアイリス」
「ん?」
「これからどうする?」
「そうだな……とりあえず、お金を稼がないとな。冒険者ギルドというものがある。私たちのような冒険者たちに、仕事を斡旋してくれる所なんだ。まずは隣の国へ行こう。そこで冒険者登録をするんだ」
「ギルド……いい響きだな」
「そうか? リンタローは変わってるな」
「そうかなぁ。まあ、アイリスには分からないかな」
「な、どういう意味だ?」
「フフッ」
誰にも分からないだろう、こんなにワクワクする気持ちは。俺以外には、分からないだろう。
俺の目の前には、無限に広がる冒険が待っているのだ。死んで感謝とはおかしいものだが、文字通り生まれ変わったような気分だった。
「……い……」
「ん? おいリンタロー。なにか聞こえないか」
「……ほんとだ」
それは、後方にある城から聞こえてきた。
「おーい……!」
振り返った俺たちは、もうすっかり小さくなった城を見て、目を丸くした。
城の屋上にたくさんの人がいた。それは、今まで戦ってきた仲間だった。手を振ったり、いつ作ったのやら、ちくわの絵を描いた旗を振り回したりしているようだ。
その中には、姫と、その隣にいる背の高い男も。
「リンタロー! アイリス! ありがとな!」
「……マサヲなのか」
遠目で見ても分かるくらいイケメンだった。戻すんじゃなかったかな。まあ、いいか。
「ありがとうございましたー! わたし、このことは忘れませんわー!」
「大将! おめえらいくぞ!」
「「「おう!」」」
ちくわ軍が、一斉に横に広がった。
「ちッ! くッ! わッ! ちッ! くッ! わッ!」
「「「ちッ! くッ! わッ! ちッ! くッ! わッ!」」」
「おまえら……」
そう、俺たちに別れの言葉はいらない。必要なのは、ちくわなのだ。
ちくわ。それは神からの贈り物。
ちくわ。それは天からの授かり物。
ちくわ、それは人に与えられし物。
「リンタロー!」
「アイリス!」
俺たちは顔を見合わせ、頷いた。お互いやることは分かっていた。
大きく息を吸い込む。
「ちッ! くッ! わッ! ちッ! くッ! わッ!」
「ちッ! くッ! わッ! ちッ! くッ! わッ!」
「ちッ! くッ! わッ! ちッ! くッ! わッ!」
「ちッ! くッ! わッ! ちッ! くッ! わッ!」
「ちッ! くッ! わッ! ちッ! くッ! わッ!」
「ちッ! くッ! わッ! ちッ! くッ! わッ!」
「ちッ! くッ! わッ! ちッ! くッ! わッ!」
「ちッ! くッ! わッ! ちッ! くッ! わッ!」
ちくわなのだ。俺はようやく理解した。城からなにか、赤い球が打ちあがり、薄暗い空に、轟音を伴って光の花を咲かせた。
赤、青、緑、黄、白、何発も、何発も打ちあがっては消えていった。
俺たちはいつまでも叫んだ。
そのはかない軌跡が人生を模るものだったように、死んでいった光に鎮魂歌をささげるように。
白紙にインクで絵を描くのだ。そう生きていきたい。
「みんなありがとう!」
アイリスはもう行ってしまう気らしかったが、俺は未だ吸い込まれたままだった。もう花火は打ち止めのようだ。そう思っていると、最期に一つ、橙色の、一番大きな花火が弾けた。
「あ……」
その巨大なオレンジは太陽にも似ていたが、丁度、黒点と表面の色を足して二で割った程度の色調だ。
それが空中に自分を固辞して死んでいく。
時が立つ次第に、中心から光が失われていき、天上に照準を合わせた大艦の主砲のようにも見えた。だが、ちがう。
「綺麗だ……」
優しく握るように、右手を添え、消えないうちに覗き込む。真実が見えるだろうか。
思いとは裏腹に、何も見えなかった。ただ、茜色に染まりゆく空が見えただけだった。
「太陽が、上がっていたのか……」
少なくとも、この世界は嘘ではないらしい。冗談のような話だが、これは本当なのだ。
俺はちくわに感謝した。
「行こう」
俺を待っていたアイリスと共に歩みだす。
この世界は無限に広がっている。それは妄想でも嘘でもない。
自分の意志でどこへでも行けるのだ。
「ちくわも、悪くないかな……」
「フフッ……だろう?」
俺たちには足がある。俺たちには、明日がある!
全身全霊をもって、昨日から逃げようじゃないか。
──そう。
俺たちの冒険は、ここからだ!
「……ってなるかー! なんだよこのオチ! ひぃ~ん! ちくわなんて、コリゴリだ~い!」
黒い丸が輪太郎の周りを取り囲んで暗転。




