20ちく話「ちくわの旅」
普段とは違うアイリスに、俺の心臓は早鐘を打っていた。
おいおいどういうことだよ。確かにアイリスは可愛いけど、可愛いけど魔法少女なんだ。それでいいのか俺。それでいいのか俺の心臓。
「なあ、いいだろう……?」
「な、なにが!?」
「なにってそれは……」
ちょ、それは早くないスか。色々すっ飛ばしすぎだろ。それともエルフって人種はみんなこうなのか? これ以上はマズい。小説家になろうの規約的にもマズい。
「なあ、『やりたい』って言ってたじゃないか……」
「言ってねーよ!」
え? 言ってないよな。もしかしたら言っていたかもしれない。どっちだ?
彼女の顔が徐々に近づいてくる。言っていた、ということにした方がいいんじゃないかな。
いや、言っていた可能性に賭けるか? いやいや、やはりだめか? いや、いいんじゃないか?
一秒で宇宙レベルのスケールの膨大な情報量が脳内に雪崩れ込む。処理能力が追い付かない。
「言ってた、か? 言ってた、ような気も」
俺は今、なんと言ったのだ。しかし、耳から入った音声で認識できた。
言ってしまった。言ってしまったのだ。もう後には引けない。
お父さんお母さん、今まで隠しててゴメン。俺、童貞なんだ。だから、どうしたらいいのか教えてほしいんだ。
するとアイリスは満足げに笑って、俺から離れてしまった。
「え?」
「うん! なら、明日出発しよう!」
「え?」
「呼びに来るからな! 部屋で待っていてくれ!」
「え?」
え?
「ちょちょちょちょちょっと待ちなんし」
「どうした?」
「その、俺の……いや、え? なにに?」
「なにって、旅だよ。今日の朝、旅の話をしたら『俺もやりたい』って言っていたじゃないか」
「旅……」
そういえば言ってたわ。え、じゃあなにか? 別にエロいことは起こらないのか。そっか。
──そっか~。
「ハァ~……」
「ど、どうした! 旅、イヤだったのか……」
しょげるアイリス。そんな顔されたら何も言えなくなる。こういうとき、美人は卑怯だ。というか、旅自体はしたい。せっかくの二度目の人生、楽しまなきゃ損だろう。代わり映えのない日々から、一気に冒険活劇へ。それは、なんというか。
「……旅、いいじゃないか!」
「そ、そうか!」
まったくもって不可解だ。コロコロと表情を変えるアイリスも不可解だし、それを見て感情を揺り動かされる俺も不可解だ。なにより、それがどこか嬉しくあるのも、不可解だった。
でも、それがいいじゃないか。
「よし! 明日だぞ! 絶対だぞ!」
「あ、待った」
「ん?」
そういえばアイリスに聞きたいことがあった。それは、アイリスが忘れ物と言って探していたものであった。今まですっかり忘れていたが、唐突に思い出した。王の間で気絶したのち、行方が知れない。
「あの、忘れ物って言ってたやつ、どうなった?」
「あぁアレか。取り戻したぞ。部屋にある」
「そうなんだ。旅の荷物かなんか?」
「それもあるが……うん。まあ、魔術道具がな。大事なものなんだ」
魔術道具か。すごく気になる。
「ちょっと見せてほしいんだけど」
「えっとぉ……ダメだ」
「なんで」
「なんでも」
これは。こういうときのアイリスは何かを隠している。聞くのが早いが、秘密にしている以上、聞かないほうがいいのだろうか。というか、頑なだ。
そういう態度を取られれば取られるほど、暴きたくなるのが人間というものだ。
なんとしてでも見るぞ。
「アイリス。俺たちはもう旅の仲間だ。旅をしている最中、色々分かってくるものがあるだろう。だけど、その時に価値観の相違で仲たがいする場合もあるかもしれない」
「え、そんな……」
「だけど、それを防ぐために、あらかじめお互いのことを知っておく必要がある。そうだろう?」
「たしかに……」
「そう。つまり、その魔術道具を見せる、というのは必要な行為なんだ!」
「むぅ……ん」
よし、いけそうだ。魔術道具、見させてもらうぜ!
「でも、これはなぁ」
「くっ」
あと一押し足りないか。なにかないだろうか。アイリスが食いつきそうなもの。
探せ。記憶の海にダイブしろ。ニューロンの連なりを意識的に操作しろ。探せ、探せ。
──今の俺を超えろ。
「ちくわいっぱい食べてもいいよ」
「わかった」
やはり食い物だ。ちょろい。
アイリスは革のウエストポーチを開けて、それを取り出した。
それは赤色のステッキで、先端にハート形のオブジェクトが付いていた。そのハートの横からは羽ばたくように翼が生えている。
「あー。魔法少女のステッキなんだ」
「そうだ! これはエルフの森のすぐ傍でのみ採取できる鉱石で……」
「あ、もういいです」
「え」
俺は、魔法少女のステッキのために命を賭していたのか。いや、アイリスにとっては、大切なものなのだろうけど。
そうなんだけど、そのために爪に針ぶっ刺されて、吹っ飛ばされたりしたのか。いや、いいんだけどね。国救えたし。
でも、なんというか……。もう。
「寝る」
「あ、うん」
「明日起こして」
「わ、わかった……」
もうだめだ。何も考えられない。
寝たらまた、ちくわの夢をみるのだろうか。
そうと思えば、なんだか寝たくないなぁという感じだったが、疲れが押し寄せてきたのか、泥のように眠った。




